T-B-2 答え合わせと行きましょう
「見つけた」
互いに互いの事を認識したのはほぼ同時だった。
かつて私が暗愚令嬢などと内心で罵ったこの策謀家──ベティ・トレイソン男爵令嬢。
髪の色は何をどうしたらそうなるのか理解に苦しむ桃色で、平民共と比べたら見る事が出来ない事も無いが。
コイツは私と同じく、過去の記憶を保持している。
「まあ、ごきげんよう聖女様」
「おはようございます、侯爵令嬢様」
お互いに威嚇するように廊下のど真ん中で挨拶を交わす。
よく見れば彼女の眼光には見えるべきでない、薄いピンク色の光が混ざっている。
魅了の光だ。しかし今この場にいる者共は通りすがりの生徒たちを含め、誰も魅了などされていない。それを分かってて彼女はそれを敢えて私に見せている。
これはすなわち、挑発である。
「以前より是非お話をしてみたいと思っておりましたの」
「まあ、素敵! アタシも一度お目にかかりたいなぁって、思ってたんです!」
ザワりとにわかに周囲がさざめくが、私たちの間に生まれた世界に、外野が入り込む余地は何処にも無い。
「宜しければこの後カフェテリアでお茶でも如何ですか?」
「いいんですか? 嬉しいっ!」
今のところ嘘をついている様子はない。本当に私に誘われて嬉しいなんて事あるのかと思っていたけれど。
コイツ思ってたよりも肝が据わっている。
「ああ、そうですわ。遅ればせながら私、バガリー家が長子、サマラと申しますわ」
「ベティ・トレイソンです。ベティって呼んで?」
そこで、私の嘘探知にひとつの嘘が反応した。名前のところでだ。
僅かに私の眉間が反応してしまったのか、彼女はニタリと笑って見せた。
「うふふ、だから言ってるじゃないですかぁ。ベティと呼んでくださいって、ね?」
トレイソン家の者ではない? そんな馬鹿な。
もしかしてあの妙に馴れ馴れしい呼び方を強要していたのは、本当にトレイソン家の者ではないためということ?
だがそれはおかしい。貴族名鑑には隠し子であろうともトレイソン家として乗っていたはず……
「では、ベティ様と呼ばせていただきますわ。これから募る話もあることですし、ねえ?」
「本当にそうね? うふふ!」
「ふふふ……!」
「何だあれ……」
「怖すぎるだろ……」
「ひぃっ!」
周囲がどういう訳か怯えているけれど、それは無視だ。
私たちは仲良くカフェテリアへと向かっていく。
先回りさせたターナが私たちのために個室を用意してくれていたので、私たちは席に腰を降ろし、その後で私は短くターナに指示をした。
「人払いを。貴方たちも含めて何人足りともこの部屋に入れてはならないわ」
「お嬢様?」
「お飲み物とケーキの用意を出来たらノックは4回。不測の事態が起きているならノックは3回すること。私がベルを鳴らしたらその時に来なさい。いいわね」
「……承知しました」
そう言って、彼女は下がった。そうして部屋に残されたのは私たち時間遡行者二人だけとなった。
「はてさて、一体何からお話をしたものかしら……」
「じゃあ雑談がてらに……あの反教会の激ヤバクソババア、あれマジで何なの? まさか教会が全滅するとは思ってなかったんですけど」
2人きりになるや否や砕けた話口調となった聖女に、私は思わず瞬きをした。
「私の想像を些か超えてはいましたが……共通の知人がいたもので、ちょろっと口が滑りましたわ」
かの国から逃げてきた知人がいたので、その知人が国に帰れるような手土産を持たせただけの事……
「ふうん。クソキモおぢを殺して貰ったのは個人的にラッキーだったけど、もうあの剣を腹に受けるのだけはマジ勘弁だわ。だから言っておくけどもう同じ手を使うならそれはもう通用しないよ?」
「事情が事情ですものね。私ももう貴方にその手は使いませんわ」
ところでクソキモ……おぢ……とは? と首を傾げると、あ〜……なんて言いながら彼女は僅かに目を泳がせた。言い出すか悩むような素振りだ。無理もない。ついこの間まで私たちは互いを時間遡行者と認識していない敵同士だったのだから。
まあいいか、と彼女は小さく呟くと、私に嘘偽りの無い言葉を投げかける。
「教皇おぢ」
「猊下? ああ、なるほど。確かあの者はなんというか、その……病的な性的倒錯をお持ちでしたわね……」
以前闇ギルドで洗った時に出た話を思い出し、その話に相槌を打つ。
「ですが何故? 教皇猊下と言えば貴方にとって最大の協力者では?」
「アタシの癒しの力を処女膜再生のために使わせるおっさんだよ? 幾らこっちが雑にほぼ無限に近い癒しの力をぶん回せるからって、勘弁して欲しいわ。あんなのいない方がマシなんですけど」
えっ? と流石に眉を顰めるが、彼女の言葉に嘘は無い。
処女が好きなのは知っていたが、流石に処女膜を癒すとかいう、訳の分からないことをよりにもよって聖女を立ち合わせ、その力を無駄遣いしていたという事実までは知らなかった。
前に目の前の女を好きになるやつなんて変態度の偏差値とんでもないわねなどと思っていた事も有ったけど、流石にそれを超越している。神だけに変態度偏差値90オーバーの神童かよ。
彼女は両手を挙げる。
「アタシだけが時間を巻き戻っていたならまだしも、アンタもその記憶を持ってるって話ならもうアタシに勝ち目は無いわ。ヴィシャル様の事は諦める」
白旗を上げる彼女の言葉にも嘘は無い。
クスクス、うふふと互いに互いを嗤う。これも最早無意味な儀式なのだろう。
「殊勝ですのね」
「だってまさか2回もあのババア召喚してくるとは思わないじゃん。アレ反則でしょ」
……ん?
「2回?」
「前回と前々回。前々回はアタシが女子寮にいた時に──」
「私、かの国に密告したのは一度きりですわ」
私が投げやりになってもうどうにでもなれ! とかの国に密告をしたのは一回きりだ。その前の周回ではテスト期間が近づいた頃に、赤子に戻された父と母を……
「じゃあなんで前々回、空の色が変わるほどの火の手が王都に上がっていたの?」
「……はい??」
話が噛み合わない。
前回はそんなことはなかった。しかし彼女は嘘をついていない。
話が噛み合わない事に向こうも気付いたのか、彼女が私に質問を投げかけた。
「前回、時間が戻る時何があった?」
「何って、私は父と母が……テスト期間前に伏せっていたので、休学を──」
「それってその更に一個前の周回じゃん。その次は更に次の周回と同じように、最初からアンタ学園に来てなかったよ」
だから魅了の噂とかも流れなくて都合良かったんだよね、と彼女はあっけらかんと言うが、こちらは心中穏やかではない。
私と聖女の間で、周回の認識にズレが起きている。
これは何事か。
「……前々回の最後、何か変わった事はありましたか?」
「何って……あー、そう言えばクレイが……って言うか、そうじゃん。アタシクレイから何もその後聞かされてないんですけど」
ハッとした様子で彼女は声を張り上げる。
相も変わらず通る声でうるさい。
「パリエ様?」
「クレイが慌てた様子で来たんだよね。その直後に時間が戻ったっていうか」
パリエ様が、何故?
そう思っていたところで、雷に撃たれたような気付きが私を襲った。
そうか。
そうだったのか。
「なるほどなるほど……」
私の中の憎悪が、臨界点を超え滾っていく。
視界が真っ黒に塗りつぶされ、余計な情報を遮断した私は頭の中で高速であらゆるシミュレーションを行い、この周回で成すべきことを組み立てて行く。
そして閃いた。
「聖女様」
「なあに?」
私は大きく深呼吸をし、ベルを鳴らす。
その音を聞きつけ、ターナが入室してきた。
「貴方の事情は、よく理解しました。今までのことは、互いに水に流しませんか??」
「は?」
「そうですわ、折角ですから私の屋敷まで来て親睦を深めましょう。私、未だかつて無いほど貴方に対して興味を抱いておりますわ」
私がそこまで言えば、ベティもハッとした様子でこちらを一瞬眺めると、醜悪な笑みを浮かべて見せた。
「素敵! 一度バガリー邸って見てみたかったんだ」
「と言うわけでターナ、馬車の準備を」
「承知しました」
ギョッとした様子でターナが私を見つめるが、渋々下がっていく。
「ここのお代は私が持ちますわ」
「ラッキー」
お会計を支払い、カフェテリアを出る。
そのまま私たちは学園の玄関口へとゆっくりと歩いていく。
「私達、もっともっと親睦を深めるべきだわ」
「今まで色んな誤解があったもんね?」
なるほどなるほど。
腐っても私と張り合っていただけはある。
コイツは、使える。




