T-B-1 裏切りの魔窟
まさか。
まさかまさかまさか。
私とヴィシャル様以外にも記憶を保持したまま、逆行していた者がいたとは。
そしてそれが、よりにもよってあの女だっただなんて。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
何故あの悍ましい生き物も記憶を保持しているの。
ここは、ヴィシャル様が私を嬲るためだけに作られた永遠の牢獄。そうずっと思っていたのに。
その牢獄に、どういう訳かあの魔なる者も共に囚われているのだ。
何故。
「お嬢様??」
しかしなるほど、あの魔界を具現化した様な女もまた時間の巻き戻りを経験していたのであれば、これまでの疑問点も色々と説明がつくようになる。
私があの女に勝ったり負けたりすることがあるのは蝶の羽ばたきなどではなく、単純に周回が進んで前回起きたことを反省し対策をされていたという訳だ。
例えば私が毒杯を口に含み、敢えて彼女に向けて噴き出す大変マナーのなってないことをした翌周に同じようなことを向こうもしてきて私が偶然扇でそれを防いだ時とかも、要はやられたことをやり返してやるという算段だったわけだ。
ミノール家との事業提携も同じ。
銀鉱山を見つけた次の周回から、向こうが先手で事業提携したためにあの者の家を締め上げることは出来なくなった。そこで私が更なる手としてその鉱山で落盤事故を起こして……と、我々は手札を切りあっていたということになる。
そして私たちはそれをお互いに、お互いが逆行者であると気づかないまま延々と続けていたと。なんとバカバカしいことだろう。
文字通りあの男の掌の上で、私たちは踊らされていたという事になる。
「お嬢様!!」
「はっ! ごめんなさいターナ、私としたことが……」
「一瞬お加減でも悪いのかと思いました」
「ごめんなさいね。さあ、行きましょうか」
「はいお嬢様。今年も多くの学びに恵まれると良いですね、サマラ様」
「ええ」
しかし何故だ。
理屈が合わない。
ヴィシャル様はたしかにあの時、私に対する罰だと言っていた。
ならば、私以外の者が逆行することはヴィシャル様の意向では無いはず。
……まさかそれこそが神の奇跡であるとか?
しかし一時は神のみわざとも思えていた時の逆行は、蓋を開けてみればヴィシャル様によるものだった。
ならばあの邪悪なる者も記憶を保持している事に合理的な理由が無い保証も無い、とも取れる。
色々と考えを巡らせている内に、いつの間にか学園に到着していた私は馬車から降りようとすると、そこにはいつものようにヴィシャル様が待ち構えていた。
「ああ、サマラ。会いたかったよ」
「……」
到着した学園で、花のような笑みを浮かべてくれるこの男。かつては愛していたことがあったかもしれない。しかしもうそれもとうに色褪せていた所へ、彼が黒幕であると知らされたのは正に青天の霹靂だった。
「やれやれ。前回は流石に参ったよ」
そうあっけらかんと言ってのけたヴィシャル様の……いや、ヴィシャルの顔はなんとも涼しげだった。
「まさかデトルーロ王国に我が国が滅ぼされる事になるとは……結局ここまで時間を巻き戻すことでしか解決の道は無さそうだ」
前回の周回では、時間が巻き戻るやいなやヴィシャルは我が家の玄関口に唐突に現れた。
そして慌てる父上と母上に、彼は無表情のままに時を巻き戻すスキルを行使し、2人は私の目の前で赤子にされた。
『なんだそのこの世の終わりのようなふざけた表情は。ずっとそんな顔をされていたら要らん噂が経つじゃないか。これは追加の『罰』だ』
そう言って、学期末の試験の数日前に両親を最初に赤子に戻されたのはその更に前の周回だった。
突然現れた2人の赤子に、どう対応すればいいか分からなかった私はそのまま領の業務などにも押し潰され、その周回は休学を余儀なくされた。そしてその次のタイミングでは時間が巻き戻ったら今度は最初から両親を赤子にされた時の絶望感ときたらなかった。
「デトルーロ王国の様子はいかがですか?」
「今はまだ特には。こちらから先に叩くべきだろうか?」
恐らくあの時、既に壊されていた私は更に何か大切なところが壊れてしまったのだろう。
全てがどうでも良くなり、だったらいっそこの世界ごと破滅してやるとヤケを起こした私は、手始めに聖女の魅了スキルを隣国デトルーロ王国に密告したのだった。
あわよくばヴィシャルも戦火に巻き込まれて儚くなれば、私も漸く永遠の眠りにつけると。そう期待していたのだけれども。
「……あそこの軍事力は世界一。下手に刺激するとまたあの未知なる砲台馬車やらが走り回ることになりかねません。いざとなればまた時間を戻せばいいのですから、御身を最優先に情報収集に徹するべきかと」
デトルーロ王国と言えば、言わずと知れた『毒蜘蛛聖女と傀儡王』の舞台というか、その話の元になった国だ。
昔はクリーニ王国という名前だったあの国で、当時王太子だった国王ピュトロを魅了で完全に支配下に置いたその時代の聖女レン・ヴェルシーグは、物語にでもありそうな断罪劇で現在の女王アルマとピュトロ王太子に電撃的な婚約破棄をさせ、当時の国王を暗殺することで妃殿下へと一気に成り上がった恐ろしいモンスターであった。
最終的にその事変によって聖女と国王となったピュトロ王およびレン妃殿下は、反乱軍を率いたアルマ女王に滅ぼされ、現在のデトルーロ王国の君主として即位したのが大元の話だ。
その時にレン王女が開発した『ジュー』を始めとした数々の未知なる武具がずば抜けた性能であることから、彼女は焦土の覇王などと言う異名を持つ。
「そうか……それもそうだな。いざとなれば、また時間を戻せばいいだけの事……」
そんな反乱軍を率いるような女傑に、魅了持ち聖女が新たに湧いてきたなんて話をしたらそれはもう本当に効果てきめんであったと言わざるを得ない。
なんでも戦闘狂の節があると私はかつて旧クリーニ王国から逃げ延びたあの国の貴族からそんな話を聞いたことがあったので、さてどうするかなと思っていたら文字通りすっ飛んで来た時には、数周回振りに思わず笑ったものだ。
「ええ。前回も情報収集は私たちの仕事でした。情報は武器であり、防具です。先ずは情報でしっかりと武装してから向き合いましょう。言葉は悪いですが、最悪この時間軸を最初から捨てる前提で、限界まで探るのも手かと」
「そうだな……ふむ。なるほど『この時間軸は捨てる』と最初から切り捨てることは今まで考えたことがなかったな……」
周回と言えば。あの時国王陛下が来園し集めたチームも私の隠れ蓑としては最適であった。
まさかベッコウ男爵家が少なくとも父親と娘、二代続けて王国の影の一員だった事には驚いたが……
いや、それよりも国王陛下のスキルを知ることができたのも運が向いていたとも思える。ヴィシャルが何食わぬ顔であの後、私に耳打ちしたのだ。
国王陛下のスキルは時を止めることが出来るというものだ。そして曰く死にそうになった所で上手いこと時間逆行で逃げおおせ、それを察した陛下が時間を止めてその間にヴィシャルが陛下にご説明をされた、と。
やはりと言うか、ヴィシャルのスキルは父親たる国王陛下から一部遺伝していたというわけで、私の仮説は完全に正しかったわけになる。
個人的に、国王陛下に恨みはない。
だがこの男。
コイツは許せない。絶対に。
「さあ、ヴィシャル様。久しぶりにこの発言をさせて下さいませ」
「ん?」
私をコケにしたツケは、絶対に支払わせる。そのためならば私は手段を選ばない。
「『さ、ヴィシャル様はこの後生徒代表挨拶でしょう? 行ってらっしゃいませ』」
そう言うと、彼は僅かに目を見開いて見せた。
「ああ……ああ。本当に久しぶりにその言葉を聞けたよ」
「……」
どことなく日常感まで感じるようなこの発言に、彼の緊張感が僅かに緩むのを感じ内心でほくそ笑む。
さあ、先ずはあの女と接触をしなくてはならない。私と同じ、もうひとりの時間遡行者。
ベティ・トレイソン。
お前は何を知っている。




