D-B-終 火薬骨髄まで
「聖女様、死んでくださる?」
ドン! と今までに感じたことの無いような衝撃がアタシのお腹を突き抜けて行く。
遅れて感じたのは、焼け付く様な痛み。そして今更ながらに湧いてきた恐怖。
「と言うより、死んでくださる?」
グチュりと嫌な音を立ててアタシに突き立てられた刃が、時計回りに捻じられる。アタシに剣をぶっ刺した奴の後方で、何代か前の教皇様だかの肖像画が焼け落ちるのをどこかぼんやりと他人事のようにアタシは眺めていた。
「が……ぁっ……!」
アタシはこれでも神に愛された身ってことになっているから、アタシの身体には無数の祝福が掛けられている。
例えば、今まさにアタシは剣が垂直にお腹に刺さっているのだけれど、その傷口は気持ち悪い音を立てながらも癒えようと蠢いている。それに先程まで最早何に攻撃されたのか分からないままに吹き飛んだアタシの右脚は、既に再生が終わっている。
この辺の祝福は元から掛かっているのもそうだけど、アタシの後方で額の中心から血を垂れ流して絶命している教皇とも相談して増やした物だった。お陰で簡単には死ねなくなってしまった。
死なないことには時間が戻らない。時間が戻らないことには、苦痛が続く。あのクソキモ親父ほんとマジで最期までカス過ぎる。余計なアドバイスしやがってマジで殺したい。
「頭を撃ち抜いても死なない、血をこれでもかと流しても死なない、そしてお腹を毒を塗った剣で刺し貫いても死なない。貴方はわたくしがかつて屠った、我が国の聖女よりかは聖女適性は高そうですわね?」
そう言って、アタシをいたぶる狂人──デトルーロ王国の女王アルマが妖艶に笑った。
「な、んで……」
「わたくし、いつかこの教会を火の海に沈める事が夢でしたの」
なんでこの壮年のおばさん、こんなに強いの。
アタシが割と本気で力を込めて作ったこの教会を護る結界は、夜を切り裂くような盛大な爆発と共に一撃で砕け散った。
何が起きたか理解できずに見回せば、そこにあったのは巨大な砲台付きの馬車のような物だった。
そこから放たれた巨大な鉄の球が、アタシの結界を砕くついでに教会の天文塔を破壊し、落下した塔がその直下にあった司祭たちの居所を踏み潰した事で寝ていた司祭たちは全滅。
多少生き残っていた夜回り勢とかはことごとく額や胸に血の花を咲かせながら神のもとへと旅立った。
「か……はっ!」
「もうあの聖女を廃してから何十年と経ちましたが……この銃火器の撃鉄を落とす時のこの感触と、このキリキリとした音……そしてこの引き金を引くそのエクスタシーと来たら……滾りますわァ……!」
もうこの建物の中で生きて動いている神職は恐らくアタシだけだろう。あまりにも、あんまりすぎる。
なんなのよこのババア。
見たことの無い武器でアタシの駒とアタシの財産とアタシの家を一方的に全て火の海に沈めて行くこのバケモノは何なの!?
大体なんで女王なのに戦場の最前線で切り込んでくるの!? なんで聖騎士たちが何もできずに死んでいくの? あの手に握られている武器は何なの!!?
「久々に嗅ぐこの火薬の匂い……嗚呼、やはり火薬は良いものだわ……」
何もかも、狂っている。
「アルマ様、王宮の制圧が完了したとの連絡が入りました。王太子はまだ見つかっていませんが、国王夫妻は仕留められたとの事です」
「まあ……呆気なかったわね……」
「所詮は紛い物の神を崇め自ら発展する機会を放棄した者共です」
「あらバステア、貴方にしては辛辣なのね」
燃え盛る絨毯の音に混じる軍靴の音と共に現れた男に、狂人が微笑む。
あれが王配バステア・デトルーロか。
侯爵家の執事から王配まで成り上がった、凄腕の殺し屋。
「して……その聖女はどうするおつもりで?」
「名残惜しいけれども、約束通り引導はあの子に譲るわ。久方ぶりに聖女の『ケツをハジく』事が出来ないのは残念ですが……まあ、教会を潰せたのと、個人的に楽しめましたのでよいでしょう」
最早アタシへの関心を失ったかのように彼女は優しく微笑む。
あろうことか彼女はアタシを突き刺していた剣を手放すと、自らの手袋に付いた返り血を水魔法で洗い流していく。
それをアタシはただ眺めることしか出来ない。剣がお腹を貫通して床に深々と刺さっており、アタシが縫い止められているためだ。
「なん……っで……こん、な……こと……」
なぜこんな理不尽がアタシを襲っているのか、わけがわからずそう呟くと、彼女はコテンと首を傾げてみせた。
そして次の瞬間、彼女は衝撃的な事を口走った。
「なぜって、そんなの……貴女が魅了持ちの聖女だからに決まっているではないですか」
その言葉に、思わずアタシは痛みを忘れた。
「え……」
「魅了持ちの聖女が何をするかなんて、わたくし自身が誰よりも深く存じ上げております。そんな大量破壊兵器を保有し隠蔽するカルト教団、並びにそれを支援するテロ支援国家などこの世界には必要無いではありませんか」
アタシは完全に固まった。
なぜアタシが魅了持ちと知っている。
「だから、殺すまでのことです」
「まっ、まって……みりょ……なんて……」
「兵器開発するばかりで最近は使う場面もなかったですし、お陰で良質な実験データが取れましたわ。そこだけは感謝ですわね」
「アルマ様の仰る通りです」
「何かの……間違……──」
「でもここの方たち、魅了避けの護符を持っていないにもかかわらず魔道具を使っても魅了されませんでしたよ? どう考えても魅了されているか魅了持ちではありませんか」
そう言って、彼女がアタシに見せたのは黒真珠の指輪だ。
魅了と同じ効果を持つ指輪。ずっと、ずっと前の周回でサマラが持っていたのを見たことがある。
そこで、アタシは思い至った。
「まさ……か……」
「ええ! その通りでございますわ」
そう言って、女王様が一歩身を引く。
そこに佇んでいたのは、アタシの宿敵そのもの。
サマラ・バガリーその人だった。
「ではわたくしたちはこの辺でお暇しますわ。ごきげんよう」
「このご恩は忘れません、デトルーロ陛下」
女王とその王配が去り行くのと入れ替わりに、サマラがアタシの前に佇む。
ここのところずっと絶望に満ちていた彼女の目は、今日ばかりは別の色が映し出されていた。
「アンタ……国を、売ったの……?」
「国を売る……? そのような事はしていませんわ」
煤で黒ずんている肌の裏は、病的なまでに蒼白だった。
しかしその目はいつもと違い、爛々と輝く焔に揺らめくようにどす黒い憎悪を漲らせていた。
「こんな事して、何になるの……!」
「何にもなりませんわ」
は?
「なにを、言って──」
「ですから、何にもなりませんわ。これは私の自己満足です」
「自己、満……?」
周回を重ねる毎におかしくなって行ってるなとは思ってたけど。
こいつ、遂に壊れたか。
「ええ。両親の時間を、共に乳飲み子に戻るまで巻き戻された恨みです」
「……は? 巻き、戻……?」
「初めのうちはただただ絶望していました。私の何がいけなかったのか、と。ですが翌々考えてみれば、そもそも私は何も後ろめたい事などしていませんわ。向こうが勝手に貴女に引っかかっただけ……」
ブツブツと、まるで自分にでも言い聞かせるかのように彼女は呟く。
「サマラ? さっきから、訳が分からない」
「だから、一度本気でこの国を滅ぼすのも有りかと思ったのです。父も母も死にましたが……どうせすぐに全て無かったことになるのだと思えば、別にもうそれもどうでも良いと気付いてしまって。そこからは早かったですわ」
だから手始めに貴女が魅了使いの聖女であることをデトルーロ王国に密告した。
そして敢えて国内で宰相の変死と両親の失踪という混乱に乗じてきな臭い動きがあると言う噂を流し、陛下に対策本部を設立させるように働きかけ、そしてその中枢に潜入し情報を横流しした。
何度か不思議とまるで直接見聞きでもしたのかと思うくらい完璧に先回りされた事もあったが、嘘探知機として諜報に必要不可欠な私が対策本部から抜かれることはついぞ無かったから、結果はこの通りである。と……
そう彼女は、無感情に淡々と語った。
「な、ぜ……」
「私も、父母に手を出されなければこんな事はしませんでした。ですがもう、最早この国のことなどどうでもいいのです。破滅するなら破滅すればいい。だって──」
──どうせ時間が巻き戻され、全てが無かった事になる。
そう言われた瞬間、アタシは目を見開いた。
「時間が……!?」
「ええ。もう何十回と私たちは殺し殺され、それらが全て無為になって行った。こんなくだらない戦争ごっこも、私と貴女との醜い争いも、全て何の意味も無かったのです」
全てを諦め、自暴自棄になっていた彼女とは真反対に、アタシの頭は冴えていく。
「まさか……」
そうか。
そうだったのか。
「はい?」
今まで同じことをしても結果が変わることが何故こんなにも多かったのか。
なぜアタシが魅了使いなのかがデトルーロ王国に漏れたのか、なぜアタシが行動を変えなくとも展開が変わることがあったのか。
全てが繋がっていく。
「まさか貴方も……」
──貴方も、全部覚えているの?
そう言った瞬間、サマラの目が大きく見開かれる。
そしてそれとほぼ同時に、世界が紫に塗りつぶされて行く。
時間が強制的に巻き戻っていき、自分の身体すら紫に塗り潰され何も見えなくなっていく。
そうして紫色が世界から消えていくと、眩い朝日がアタシの顔を照らし出した。
「……、……」
心臓が今までにない速度で鳴動する。
教会のベッドの上で横になっているのに、胸が苦しくて倒れそうなまでに脈打ち、アタシの頭に血流を届けて行く。
なんて事だ。
時間が戻っている事を知っていたのは、アタシだけじゃなかったなんて。




