D-B-1 手紙
教会の自室にて。
アタシは何が起こったのかを、必死に頭の中で咀嚼していた。
クレイがアタシに何かをした。その瞬間、地面が揺れて、外が明るくなって、悲鳴が聞こえて。そうしたらなんか世界が紫になって元に戻って、いや元に戻るというか時間が戻った。
なにこれ。
つまりクレイが、時間を一々戻していたってこと?
「……」
今までアタシは、ずっとヴィシャル様を寝取るために頑張ってきていて、その時によって成功したり失敗したりしていた。
アタシが勝てばサマラは大体毒を酒に混ぜて飲んでた。逆にサマラが勝つと、大体アタシはギロチンに掛けられたり、首を直で斬られたり、とりあえず聖女の力で自己回復が出来ないような殺され方ばかりをしてきていた。
「クレイが、時間を戻していたの?」
それが全部、クレイの仕業だったってこと? まさかクレイが時間を戻していた?
今頃あいつは、何食わぬ顔でどこかを歩いているのだろうか。それとも、アタシがこうして頭を抱えていることすら想定済みなの?
ってゆーか、仮にクレイだったとして、そもそもクレイはいつからこれをやっていた?
まさかアタシが知らないだけで、もっと前から? それとも今回が初めて?
「……いや」
それはないか。アタシ何回も死んだし。何度もサマラとヴィシャル様の妃の座を巡って争って何度も同じようなことを繰り返してきたんだし。
しかしそう考えると、今までの周回ではどう考えてもおかしなことが幾つかあった。
例えばサマラの動きが、なんか妙に正確にアタシの動きを狙い撃ちしていたことがある。
アタシがまだ何もしていない段階で、何故かこちらの行動を完璧に先回りされたことなんて幾らでもある。まあ逆に、こっちがあり得ないくらい上手くいったこともあるんだけど。
もちろん、その度にアタシは『今回は運が良かった』とか『なんか知らんけど今回サマラの反応が鈍くて助かった』とか、そんな感じで片付けていた。
だって他に考えようがなかったし……
ただ、もしこの時戻りが人為的に起きていたんだとしたら、話は変わってくる。
「……ふざけてる」
思わずベッドに身体を投げ出す。
今までアタシが積み上げてきたものの全部が、急に不確かなものになった気がした。
アタシが勝った時や負けた時。サマラが死んだ時。アタシが殺された時。
これがもし人為的な介入が起きていたんだとしたら、それはもうアタシの自由意志による結果ではない。誰かの手のひらで踊らされていたということになる。
誰かが気に入らない結末になるたびに、時間を巻き戻していたのだとしたら、今までの時間はなんだったんだと言う話になる。
その犯人が、まさかクレイ?
そう考えてみたけど、それならそれでさっきのクレイの様子の説明がつかない。アレはアタシの意志を弄ぶ人のする顔ではなかった。
「でもじゃあ、何故?」
アタシがヴィシャル様を狙うのは、そうすればあのキショ教皇を始末するだけのパワーをゲットできるため。
アイツしかもマジでキモイのは、あんなのでも貴族の端くれだったからスキルを持ってるところ。そしてそのスキルがエグい。
具体的には『死後一時間以内であれば対象を蘇生できる』という壊れスキルを本人が持っていた。
まあ壊れと言っても、正確には『死後一時間以内であれば、一時間から死んでいた時間を引いた分だけの時間、限定的に蘇生することが出来る』って厄介なスキルなんだけど。
だから死んでから20分とかでスキルを使うと、一時間から20分を引いた時間……つまり40分だけ、その人を蘇生できるのだ。それを過ぎると、その人間は急速に全身が崩れるように壊死していき2回目の死を迎える。
そして彼はそれを使って殺した女を蘇らせてはまた犯して時間経過で再度殺すのだ。
「……うざ」
だからアイツは絶対に殺す必要がある。教皇だからと言うそれだけの為にてめえがやるだけやって殺した処女を蘇らせ、魂の殺人をまたして再度時間経過で殺す下衆を野放しにする訳には行かない。
だからアタシには王妃の立場が必要なのだ。だからサマラを負かす必要があるのだ。だからアタシはこうしてどうでもいい連中を魅了するのだ。
少しでも権力を身につけるために。
とはいえ、ヴィシャル様は嫌いじゃないけど、タイプかと言われると別にってカンジだ。
どうせ最終的には裸にひん剥いたところで適当に魅了して、その後適当に外にカレシでも作って本人に公認させるつもりでいた。
でも、クレイが今までそれを邪魔してたとなると、ちょっとアプローチを変える必要があるのかもしれない。
だってクレイは未来の宰相だし。
じゃあ、クレイを殺す? それとも魅了して知ってること全部吐かせる?
アタシはクレイがどこに魅了避けの護符を隠しているのか知らない。だから複数人で囲ってひん剥く必要がある。
でもクレイは他の人たちと違って護衛とかがいる。しかもただ護衛がいるんじゃなくて、巻き戻った初日……つまり今より少し前に、パパが変死してるせいで護衛がより厚い。
だからクレイを魅了したり殺したりするのはちょっと厳しい。
じゃあどうする?
「……サマラか」
そう言えば、クレイはさっきというか未来で、アタシにサマラを助けろとか言っていた。何故?
実はクレイじゃない人が時間戻してるとか? 誰が? 何のために?
「……」
教会の外の日時計を見てみれば、間もなくアタシが学園へと向かう時間だ。
思ってたよりも時間が少ない。
「ねえ」
アタシはとりま秒でいつもの手紙をママに宛てて書く。
絶対にミノール家との事業提携に乗るようにと強く念押しした、いつもの手紙。これを教会でこれから巡礼の旅に出るという青年──当然魅了済──を使って、実家に手紙を送る。
「はい」
「この手紙、何がなんでも明日にはトレイソン家に届けて」
「へい、分かりやした」
何はともあれ、アタシはサマラと接触しないといけない。らしい。
「聖女様、お気を付けて!」
「ねーちゃん、またねー!」
「聖女様!!」
「聖女様!!」
教会の信者たちに見送られながら、アタシは教会の玄関に待たせてある馬車に乗り学園へと向かう。
クレイはいるのだろうか。
説明って、何をしてくれるのだろうか。わけのわからない言い訳だったら許さないけれども。
アタシは、先の青年にもう1枚今回手紙を託すことにしたのだ。
『それから……申し訳ないんだけど、これをバガリー侯爵家に届けてくれる?』
『勿論です! 聖女様のためなら、どこにでも行けます!!』
『ほんとぉ? 嬉しいっ!!』
バガリー領はそこまで教会の力が強くなく、特に宗教的に過去になにかめぼしいことがあった訳でもない。
だから向かわせるのは完全にアタシの魅了によるパワープレイだ。
サマラが学園にいればアタシが直接面と向かえばいいし、もしも時間が戻る前みたいにバガパパがわけのわからないことになっていれば、バガリー家から何らかのアクションがあるはずと睨んでいる。
アタシが手紙に綴って送ったのは、ミサの誘いだ。
もしよければ聖女を招いて教会で特別なミサをやりませんか? と遠回しに書いて送ったのだ。
政情が妙なことになっていればバガパパの失踪から民の目を逸らすために、そういうお祭りをやりたくなるのでは? と言う読みだ。
さて、どっちに転ぶかな〜。




