D-X-2 捨てゲー
長年って言い方が正しいのかは分からないけど、今までず〜っと争っていた天敵が居ない学園というのは、予想外に静かでチョロいものだった。
「……」
なんだろう、こんなことってあるのかな。
「あっ、聖女様。どうされたんですか?」
「だから何度も言ってるけどベティでしょ〜?」
学園の教室で、アタシが難しい顔してるのを察してかデボラが近寄ってくる。
「あっ、失礼しました。私ってグズでノロマだから……」
「そんな事ないよぉ……はぁ。てかもうデボラを一々励ますのも疲れてきた……」
なんせもう何十年と続けている。飽きもする。
「ところで聞きましたか? ベティ様」
「ん〜? 何を〜?」
「この国の政情混乱に乗じて、隣国がきな臭い動きを見せているそうです」
ほ〜ん? 隣国って言うと帝国だっけ。
「そうなんだ。全然知らな〜い」
「ただでさえ絶対記憶持ちの宰相がお亡くなりになってまだ日が浅いのに、件の侯爵家事案まであって国の屋台骨が色々傾いてますからね……」
そう言えばクレイん家のパパ死んでたんだっけ。大昔に──いや正確には学園が始まる少し前なんだけど、アタシ何回も時間巻き戻ってるから実際の体感時間としてははるか大昔になんか家で変死してたのが見つかったんだっけ。
宰相変死とかマジやばみな事起こってる時にサマラん家の様子がおかしくなったらそりゃ確かにヤバいのかも。知らんけど。
ってか教会の総本山のある王国に対してきな臭い動きってマジならくそダルじゃん。
ただでさえ結界維持すんのダルくてたまにサボってるのに、アタシの聖女としての仕事爆増しそうなのマジやめて欲しいんですけど。
「ところでベティ様、何かお悩みですか? 先程ため息をつかれてましたが」
「あー、うん。贅沢な悩みなのは、わかってるんだけど……」
そこでアタシは無言で自分の机の上を指さす。そこにあるのはアタシに対しての献上品の山だった。
大体魅了した男子がくれた奴だ。中には女子もいたけど。
「わあ……凄い量ですね……」
「うん……普通に一人では持って帰れない」
あの名前覚えてない准男爵ん家の子とかもそうだけど、今回は普段の倍以上の人間を魅了出来ている。
理由については大まかに察している。
「流石は聖女様……」
今回、アタシが魅了持ちであるという噂が一切流れていない。
いつもは大体どこかの時点でアタシが魅了使いかもしれないと言う根も葉もある噂がまことしやかに囁かれ始め、みんなのガードが固くなるタイミングがあるのだ。
それが今回、無い。だから色んな人達がアタシの事を愛してくれるワケだ。
「そうだ、デボラ。これアタシの部屋までこの後運んでくれない?」
「もちろんです、聖女様」
「ベティでしょ?」
「べ……ベティ様」
ということは今までのその噂の出処はサマラだったという可能性が高い。
まあいいや。どうせ居ないんだし。そんなことより魅了しておいたお陰でデボラをこき使えるの流石アタシって感じだ。
何を売って何をアタシが使うかは後で選別すればいいから、とりま全部アタシとデボラで手分けして貢物を運ぶことにした。
そんな事をしている最中だった。
「くそっ! 一体どうなっている……!」
聞き覚えのある声。
どこから聞こえてくるのかと思って辺りに視線を巡らせると、空き教室の一角に、声の主が居た。
「恐ら──、ガリ───当─を──逆行さ──のが──に出───と…─」
「くっ! まさか──な所で問──吹き出────は……」
よく見ると誰かと会話している。
誰であるかまでは見えないが、声の物腰から言ってクレイ様だろう。
聞こえしまったと万が一バレたらマズいと思ったので、アタシはそそくさと貢物を運ぶ作業に戻ることにした。
まさかその時、その見えなかった相手がこちらに気づいているとは夢にも思っていなかったんだけどね。
◇
夜。
寮の自室でアタシは貢がれた物の選別をしていた。
これは名前忘れ──あ、思い出した。モーヴ準男爵のとこから貰ったパライバトルマリンのネックレスだ。
毎度の事ながらアタシの趣味には合わないし、これ安いしアタシが安物付けてるとナメられそうなのでこれは即刻売る。
次はピエス・ミノールから貰った銀とダイヤのピアスだ。
正直要らない気はするけど、ミノール家とうちん家は提携しているから付けてあげないといけないタイミング有りそう。少なくとも直ちに売るリストからは除外。
次は騎士科の子から貰った丸盾。
いやこれ要る? 何をどうしたら女の子に盾をプレゼントするって発想に至るの? 意味分かんないんだけど。ってかこれクソ重いし。とりま売るけど、こんなのまずどこに行けば売れるのか分かんないんですけど。ったくこれだから筋肉バカは。
さて、気を取り直して次は先生から貰った黒真珠のゆ──
「聖女様」
ドアを優しくノックする音。
扉を開けて見ると、外にいるのはネールだった。
「……ネール??」
こんなことも今までは無かった。
思わず訝しんでいると、ネールもやや居心地が悪そうな様子でチラリと廊下の先に目線を送った。
「お客様が見えておりますわ」
「……客? 女子寮にこんな遅い時間に?」
「ええ……実は……」
──パリエ様がお見えになってます。
そう、彼女は囁いた。
「えっ?」
「女子寮の中に男性は立ち入れないので、玄関前に待たせていますわ」
「えっ……まあ、分かったけど……」
ちなみにネールはうちの寮の寮監でもある。だから面識自体はあるのだ。
そんな訳でネグリジェの上からとりあえず上蓑だけ羽織り、クレイが待ってるとされる玄関先にまでアタシはやってきた。
道中、窓からチラリと玄関先を覗くとクレイは辺りを警戒しているのか、キョロキョロと不安そうに眺めていた。
寮の玄関から顔だけ出して見ると、クレイも上蓑を深く被っており、何とも憔悴した顔をしていた。
「おまた〜。こんな時間にどうしたの?」
「おま……っ!? 聖女がそんなはしたない言葉を……!」
いや何妄想してるんだよ。童貞か。
「ゆーてアタシ半平民だし聖女とか崇め奉られてもね。顔真っ赤にしてかわいい〜」
「くっ! それになんだそのはしたない格好は!」
いやちゃんと上蓑羽織ってるんだが。
「それはだってこの時間にまさか男の人が来るとは思ってないし〜。っていうか、どうしたんですか?」
「あ……そうだった。申し訳ないが一瞬でいいので……建物の中に入れて貰えないだろうか」
そう言って、彼は再度辺りを見回した。
それはまるでなにかに怯えているような……
「え……女子寮って男子禁制なんですけど……」
「30秒でいい。頼む」
「ん〜……」
あまりにも鬼気迫る様子だったので、アタシも悩んだ所で一瞬自分の背後をチラリと確認した。
ネールは既に去っていて、廊下には少なくとも誰もいない。
誰も居ないなら問題ないか。
「もぉ〜、しょうがないなぁ。これは貸しだよ」
クレイを素早く中に入れると、彼は大きく息を吐いて見せた。
「何から逃げてるの」
「逃げているというか、隠れているんだ。影が見ていないとも限らない」
「影?」
「とりあえず手短に済ませる」
そう言うと、彼は突然アタシに向けて手を翳した。
その瞬間、緑色の六芒星が描かれた魔法陣がその手のひらに出現し、光り輝く。
「えっ、ちょっ──」
「今は説明している時間が無い。間もなく全てが無かったことにされる」
「は?」
いや意味分かんないんだけど。アタシは今何をされた?
何をしたのか聞こうとした瞬間、女子寮が一瞬、グラリと揺れた。
「え?」
「くっ!」
いやマジで何が起きているの?
なんか窓の外が夜なのに明るいんですけど??
「ちょっ、は? 今なんか悲鳴が聞こえたんだけど」
「次に会う時に全てを話す。だから頼む……」
──バガリー嬢を救ってくれ。
いや、なんでそこでアイツの名前が出てくんの?
そう問いかける暇もなく、突然世界が紫色の濁流に呑まれる。
燃えるように赤い夜空も、なんかしょうもない調度品の並べられた玄関口も、目の前のクレイも、全てが紫色に染まり、そして湧いてきたのと同じぐらいの突然さで紫色が辺りから消えていき、世界がその輪郭を取り戻す。
「え……何、今の……?」
世界が元の姿に戻った瞬間、アタシはいつのまにか自分が女子寮とは異なるところにいる事に気づいた。
ここは教会総本山の、アタシに割り当てられた自室だ。
アタシは、再び時を巻き戻って始まりの日まで戻ってきていた。




