D-X-1 マジでクソでございますわ
時間の巻き戻り。
いつからかと言われると、多分もう何十回と同じ時間をアタシは過ごしている。
まともに数えたことは無いけど、少なくとも両手両足では足りないぐらいには何回もこの一年をアタシは繰り返していた。
『ベティ、学園では高位貴族とできるだけ仲良くしておくんだぞ』
教会の私室でパパにそう言われた時、アタシは素直に頷いたものだ。
時間の巻き戻りに永久に閉じ込められる前日の事だった。
『はぁい』
方や、アタシとママのことを棄てた癖に、アタシが聖女のスキルに目覚めるや否や突然湧いてきたクズ男。
方や、ヤり捨てられた癖に娘が突然祭り上げられると満更でもない様子でノコノコと元鞘に収まろうとするママ。
ぶっちゃけどっちも有り得ない。
だからアタシはその日の晩のうちにこっそりと出家する手続きを取り、アタシの人生を教会に捧げることにしたのだ。
教会もぶっちゃけカスだ。
でもコイツらはまだ有効価値がある。じゃあ、トレイソン家は? 正直虫唾が走る。
それでもアタシは、棄てられた時にアタシを抱えて育ててくれた恩だけはママにあるので、家が潰れるような事だけは避けたいと思っていた。
だからアタシは時間が巻き戻ると必ずいの一番にすることがある。
「この手紙、何がなんでも明日にはトレイソン家に届けて」
「へい、分かりやした」
教会でこれから巡礼の旅に出るという青年──当然魅了済──を使って、実家に手紙を送るのだ。
手紙の内容はミノール家との事業提携をするようにと念を押す話だ。
アタシん家の領にたまたま女神を祀るなんかよくわかんない遺跡みたいなのがあるお陰で、時が巻き戻った初日に手紙を出せば彼は喜んでアタシのパパにその手紙を届けてくれる。
そしてミノール家と基本契約を結んだ直後に、あそこの領に銀鉱山が見つかるのだ。
「は〜やっと学園着いた〜。まずはデボラ魅了しとかないと……」
手切れ金というか、なんというか。
弱い弱者女性であるママが、アタシが居なくても生きていけるようにと最低限の事はしてやるつもりでやっていたのだが、前々回は奇妙なことに落盤事故が鉱山で起きて大変なことになっていた。前回はしかしそんな事は発生しなかった。
なんで巻き戻った時によって違う出来事が起きるのか、アタシには分からない。
だから目の前で起こっていることについても、アタシにはまるでわけが分からない。
「えーっと……ネール、さん……?」
「私の懺悔と言うか、愚痴を聞いて欲しいのです」
学園のカフェテリアにて。
アタシと、魅了したてホヤホヤのデボラと、魅了が掛かってないナンシーとでお茶をしていたら、パルテ侯爵家令嬢のネールがなんとも難しい顔をしてアタシの真正面に座っていた。
「アタシに懺悔すると高いですよ」
デボラを魅了するのは、いつもは学園に戻ってきた初日にすると決めている。
初日は大体デボラが魅了避けの護符を教室から学内カフェへの移動中に落とすのだ。
たまに落とさないこともあるけど、この辺なんで違いがあるのかは気になるところだ。
そして少なくともネールがアタシの前にいるのは、今までの周回には無かった出来事だ。
「構いませんわ。最近少し根が詰まっていると言いますか、その……」
盛大にため息をついたところで、全く訳わかんないと思っていた私を察したのかネールが話を振ってくれた。
「もしかして、バガリー家の……」
「ええ……そうですの……」
ちなみにネールとナンシーは魅了出来ていない。また適当なタイミングでまずはナンシー蹴っ飛ばして横にして護符剥ぎ取らなきゃ。
いつもコルセットの後ろ側の表面に貼ってるから追い剥ぎしなきゃいけないのまあまあダルいんだよね。
ちなみにネールはどこに隠しているのか分からないので、いつも魅了できそうな時は付いている侍女から魅了している。
「サマラんち? そういえば今日見てないけど何かあったんですかぁ?」
そう。
実は今回、何故か最初から学園にサマラが居ない。
これは前に一度だけあったけど、前回はサマラが失踪したんだった。
初日だけ居ないとかは今までもたまにあったんだけど、ずっと居ないのはその時以来の出来事だ。これもなんで時と場合によってどうなるか変わるのかは気になるところである。
「まあ、聖女様。噂は聞いていないんですか?」
「噂?」
「バガリー家の当主に隠し子が発覚したんですよ」
……ん?
「ええ、それに怒ったご夫人が出ていったせいで、当主が意気消沈して失踪されたそうでしてよ」
「は?」
いやいやいやいや。待って。
それついこないだ聞いたぞ。
「隠し子だけが家に残されて、サマラ様はてんやわんやで、もはや学園どころでは無いとか……」
その噂が、今、出てくるのは明らかにおかしいでしょ。
前回は卒業記念式典の数日前とかに出てきた話でしょ。今まだこの周回始まってまだ1週間経つかどうかなんですけど。
「いや、そんなことある?」
ねえだろ。
「しかも隠し子は双子だとか」
「男の子と女の子の双子だそうですわ」
「ウソでしょ?」
「しかも乳飲み子だとか」
「サマラ様が自ら乳をあげているとか」
流石に最後のは嘘だろう。
「あのさ、いくらなんでも展開がアクロバティックすぎるでしょ。4回転アクセルからトリプルフリップ、トリプルトウループのコンビネーションスピンをキメてるレベルでとんでもない超展開じゃん」
前々からあることないこと言いまくるオウムだとは思ってたけど。
流石に、その噂はやっちまってんなーと思っていたのだけれど。
「最後の以外は、事実です」
ネールが頭を抱え、目を苦しげに瞑りながらそう言った。
「マジか」
パルテ侯爵家令嬢、ネール。
今まではたま〜に魅了することができる、ガードの硬い女と言うイメージだったけど。今回ばかりは疲労困憊と言った様子だった。
「ええ……お陰で派閥が今この空前のスキャンダルで揺らいでいますもの……」
パルテ侯爵家の所属している派閥。
バガリー家の派閥だ。そしてそれはナンシーも同じ。
「まあうちとしては正直ありがたい話ですけどね〜」
「ベッコウ家は対立派閥だもんね」
「でも初めて聞いた時は流石の私も度肝を抜かれました……」
だろうね!? とアタシも内心で突っ込んでいると、ネールが更に口を開く。
「殿下曰く、サマラは休学したそうですわ。本当に忙しいみたいで、私も今年度に入ってから姿を全く見ていません……」
そう言って、ネールは盛大にため息をついた。
侯爵家、それもサマラとバチくそ近い奴がそう言うってことは、この噂は本当にリアルマジでガチな奴か。
そこでふと気になって、アタシはソロリと手を挙げてみることにした。
「あのー」
「はい、トレイソン様」
「一つ質問なんだけど、そんな超展開で休学してガキの世話してるのはいいんだけどさ、その場合その派閥の運営ってどーすんですか? ってか、サマラってヴィシャル様の婚約者だよね? そこもどうすんの? みたいな……」
敢えてアタシも相当にぶっ込んだ質問を投げてみると、ネールは何とも言い難い、難しそうな顔をしてみせた。
「そうですね……、……。派閥は……恐らくですが、当家が引き継いでそのまま運営するしかないかと私は考えています。婚約者の件は……どうなんでしょうね……正直皆目見当もつきません……」
「めっちゃヤバいじゃん」
「ええ……貴族言語をかなぐり捨てた表現をするなら、あまりにも訳分からなすぎてマジでクソでございますわ。やってらんねーし意味わからなすぎてヤバ過ぎて無理すぎるですわ……」
ネールの突然の俗世間語に、アタシとデボラは思わずお互いを見合わせた。
コイツ平民語喋れたんか。マジ意外すぎ。
「ふう、懺悔したら少しだけ気分が良くなりました。聖女様、この度は御礼申し上げます」
「いや、なんかアタシほんとに雑談してただけなんで……」
「御礼にここの代金は私が持ちますわ」
おっ、奢ってくれるんだ。ラッキー。
そういう行いって神マジで見てるんだよねー。とか言ってアタシ言うほど神いると思ってないけど。
っていうか、今回随分とアタシに擦り寄ってくんじゃん。ワンチャンネール魅了できるかなこれ?




