C-G-3 聖女の力は万能です
「そんな、私、そんなつもりじゃ……」
あー、なんだっけこの人。名前。完全に覚えてない。
「いいんだ、受け取ってほしい。これは私の誠意だ」
呼び止められて空き教室に誘われたからなんだろうと思ったら、突然渡されたのは宝石だった。
って言うかこの宝石もなんだっけ。名前出てこないんだけど。何とかトルマリンって奴。
「嬉しいっ! ありがとう!」
とは言え売ればそこそこいい値段になるのは知っているので、とりまアタシは愛想良く振る舞うように注意を払う。
コイツは確かどっかの男爵のとこだっけ? ぶっちゃけアタシんちと同格程度のところなんていちいち覚えてない。どっかの子爵だかの子飼いだったような……それで魅了したんだっけ?
って言うか、なんで魅了したかすら覚えてないとかアタシヤバすぎるでしょ。自分のおマヌケさ加減にセルフでツボりそうなんですけど。
ま、とは言ってもアタシの最終目標はヴィシャル様なんで、その子爵だかも結局の所は踏み台でしかないんだけどね〜。
「君の笑顔を見れるだけで私も嬉しいよ。付けてみてくれないか?」
「えへっ、じゃあ付けてくれる?」
あー、思い出した。モーヴ准男爵家だ。つーか准男爵ってことは格下かよ。准男爵とか最早貴族ですらねーじゃん。通りで名前出てくるのに時間かかるワケじゃん。って言うか、今も上の名前出てこないし。
家業なんだっけ。どうでも良すぎてマジで覚えてない。って言うか、そもそも准男爵の称号って相続とか出来たっけ? 授業聞いてねーから覚えてねー。
「ああ……美しい……!」
「ほんと? 嬉しい!」
つーかどうでもいいけどこいつサッサとアタシを解放してくんないかなー。
正直魅了した駒にダル絡みされ続けるのってたまに体力的にしんどい時があるんだよね。
「よく似合っているよ」
「ありがとう! あっ、アタシ用事思い出しちゃった! もう行かなきゃ!」
「あっ、待ってく──」
これなんか鑑定書とか付いてないかなー。その方が早く金になるし値段も上がること多いから助かるんだけどなー。無いよなー。はー、だる。
そんなことを考えていると、廊下の向かい側からやってくる2人組がアタシの目に入った。
デボラと、その相方のナンシーだ。
「あっ、デボラ! やっほー」
デカした。
「聖女様!」
「ねー、聖女様はやめてってばー」
またデボラがネガネガしてる。今日も絶好調だ。
でもそんな事は今はどうでもいい。今ならイケると判断したアタシはデボラに目配せをすると、彼女は無言で空き教室へと入っていく。
「え? デボラ待って、次の授業この教室じゃないわよ?」
ナンシーが頭を傾げながら追いかける。まさに狙い通りだ。今日はマジでツイてる。
と言うのも、コイツは何を隠そうアイツの派閥だ。よくデボラとニコイチで行動しているのは知っていたけど、今までなかなか3人きりになれる機会が無かった。
「デボラ」
「はい」
「取り抑えて」
「え──」
短くそう伝えると、ビタン! とイタそーな音と共にナンシーはデボラに押し倒された。
「痛! ちょっ、何をするの!?」
「確かコルセットの背中側だったはず〜……デボラちょっと避けて」
「なっ、何を──がはっ!?」
馬乗りの状態から手首を抑えたまま飛び退いたデボラを確認し、アタシは横たわっているナンシーのその腹部に蹴りを入れた。
「ごめんねー、でも横んなってるヤツうつ伏せにするには蹴るのが一番早いんだよね〜」
その衝撃で思わずお腹を抑えながら丸まったナンシーを見て、デボラがテキパキと彼女を転がしてうつ伏せにしてみせた。
そこに再度アタシはその背中を踏み蹴ると、彼女は貴族には有るまじき情けない声をあげた。
「ぎゃっ!?」
「さーてどの辺だったかなー。あ、あった」
目当てのものを見つけ、アタシはそれを彼女のドレスの内側……コルセットの外側に貼り付けられていたそれを剥ぎ取った。
魅了避けの護符だ。
「ごめんね、ナンシー。でもアタシ聖女だから、すぐ治療出来るから安心してね? ほら……」
「が……ぁ……?」
適当に癒しを掛けてあげればアタシに蹴られた痛みが直ぐに消え、彼女は一瞬戸惑うような仕草を見せた。
そこで、アタシと目が合う。
「許してくれる……?」
「あ……聖、女……さま……」
もうひとつのスキルを発動させると、瞬く間にナンシーの目が蕩けていく。
確認するまでもなく魅了は成功だった。これでナンシーはアタシのことを愛してくれる。
「もしかしてアタシのこと、嫌いになった……?」
「そん……な、事……有り得ま……せん……」
「ほんと!? 嬉しい!」
「聖女様に……癒して頂いたら、その……痛みと共に今までの悩みも、こう、スーッと……消えていくような、そんな気が……」
チョロすぎるでしょ。
まあそれを言ったらデボラなんて魅了避けうっかり落とすおマヌケさんだったからもっとチョロかったんだけどね。
何はともあれこれでサマラの様子を監視する手駒が増えた。
特に最近アイツは明らかに様子が変だ。
いつもの覇気がないしオーラが真逆だ。目のハイライトがないっつーか、なんかなにを喋ってるのかも聞こえないようなボソボソ声だし。
「悩み事とかがまた出来たら、アタシに相談してね。アタシもナンシーの力になりたいの……」
「聖女様……」
去年末まではガチで不快だったんだけど、今は別のベクトルにキモいというかなんというか。
あんなクソキモい状態なら多分ヴィシャル様普通にアタシに乗り換えてくれるとは思うんだけど、それにしてもキモ過ぎてなんか油断したら死にそうだし、アタシも保険はかけておかないといけない。
「だから……ナンシーもアタシの事はベティって、呼んで?」
「そ、そんな畏れ多いこと、出来ません!」
「ナンシーは、アタシの事キライ?」
そうでなくても相手は貴族の中でもかなり偉いところ。うかうかしてるとアタシの家が潰れかねないから妙なところで逆鱗に触れる訳にも行かないし。
だからアタシは魅了した手駒を使ってサマラを、そしてヴィシャル様を監視するのだ。
「そんな、まさか。私は聖女様のことを、心よりお慕いしておりますわ」
「じゃあ、名前で呼んでくれる?」
アタシがナンシーを愛してあげられるかは、ナンシーの働き次第。
「……ベティ、様……」
「うふふっ! よくできました」
頭を撫でてやれば、子犬のように嬉しそうに目を細める。
はー、ほんと疲れるわー。アタシ何が悲しくて女の頭とか撫でてるんだろう? 超ダルいわ。
どっかにイケメンいねーかな。むしろイケメンがアタシの頭撫でろよ。ほら諜報活動のついでに金持ったイケメン紹介しろよ全く。サッサと行け。




