C-G-2 頼りにしてる
デボラは実は超噂好きだ。
もう一人噂好きのナンシーがいて、よく二人で色んな噂話を広めている。
そんな彼女たちの仕入れた最新の噂はこうだった。
『バガリー侯爵令嬢サマラは薬物を摂取している』
んな訳あるかい! とアタシは内心突っ込んだ。
サマラは女の嫌なところの詰め合わせギフトパックだけど、少なくともパキったりするような奴じゃない。
そもそもサマラが薬物なんかに手を出すようなタマなら、とっくの昔に何かしらの騒ぎを起こしているはずだ。
まあ、あの女なら別の意味で危ない薬を持ってそうではあるけど。
もっとちゃんと調べてねとデボラにやんわりと言って、教室の外にアタシが出た瞬間だった。
「あ……っ」
ゾンビが目の前にいた。
「お……おはようサマラ〜!」
「……」
サマラがアタシの事を嫌っているのは知っている。
だから今までであれば顔を合わせただけでも彼女は眉間に皺を寄せていたのだけど、最早それすらも無くなっていた。
これは明らかに異常だった。
顔色は死人みたいに青白いし、髪もいつものように綺麗に整えられているとは言い難い。
服装だって乱れているわけじゃないのに、何故か全体的に生気がない。
いつもなら廊下を歩くだけで周囲の人間を威圧しているような女なのに、今はただそこに立っているだけだった。
だからわざと本人が心の底から嫌がるのを承知の上で、アタシは大声で挨拶しわざと抱きついてみたのだが。
「どうしたの? サマラぁ。元気ないじゃ〜ん!」
ゾッとする程にその身体は冷え込んでいた。まるで本当にゾンビにでもなってしまったかのような。
いつものサマラなら、ここでアタシを突き飛ばすか、少なくとも『触るな!』くらいは言ってくるはずなのに、それすらない。
そしてその目を改めて覗き込んで見ると、メイクで隠しているとはいえ目の下の隈が大変なことになっているにアタシは更に気付く。
いやこれ寝てないでしょ。絶対寝てない顔でしょこれ。なんで?
しかもこれもしかしなくても何日も寝てないみたいな顔なんですけど。怖すぎでしょ。
何があったらこんな状態になるわけ?
「ああ……聖女……」
そこでようやく、サマラが反応を示した。
今までの高圧的な声ではなく、まるで井戸の底から湧き上がるうめき声のような声に、流石のアタシも顔が引き攣った。
その割には人の呼び方聖女様じゃなくて聖女なのな……とは流石に言わなかったけど。
「ちょっとマジで調子狂うんだけど……サマラマジでどーしたん……」
「……」
サマラはブツブツとなんか聞こえない程度に口をモゴモゴさせて終わりだった。
んだよそれだっっりぃな〜。マジでほんとキショいんだけど。
何を言っているのか聞き取ろうとして耳を近づけてみたけど、やっぱりよく分からない。
ただ、時々『どうして』とか『違う』とか、そんな言葉だけが聞こえてくる。
……ほんと何があったわけ?
正直、サマラの不幸なんてアタシにとっては大歓迎だ。勝手に自滅してくれるならこれ以上有難い話ないしね。
でも、これはちょっと異常すぎる。
アタシの知っているサマラは、どれだけ追い詰められてもこんな風にはならないはず。
むしろ追い詰められれば追い詰められるほど、人を睨みつける目だけは鋭くなっていくような女だった。
そんなことを考えていると彼女はトボトボとどっかへと消えていく。何なら背中まで死人みたいだった。
「あ、トレイソン嬢!」
内心唸っていたところに、アタシの名前を呼ぶ声。
「あっ、ピエス! もう、ベティって呼んでって言ってるでしょお?」
振り返れば、そこにはいかにも育ちの良さそうな青年が立っていた。
サマラの後に見ると、健康そうな顔色をしているだけでちょっと安心する。
ピエスはミノール伯爵家の長男だ。
アタシの領との取引を始めた途端に銀鉱山が見つかって、最近ウハウハだって話。
まあ、銀鉱山が見つかったのはアタシのおかげなんだけどね。
もちろん本人にはそんなこと教えてない。世の中、知らない方が幸せなことっていっぱいあるから。
「し、しかし……」
「アタシとピエスの仲でしょう? それともピエスはアタシの事が嫌い……?」
コイツはガードが固くて魅了出来ていない。まだ。
ただ事業提携の話が出た時に、上手いこといかにも新米っぽそうな若い侍女を1人アタシのスキルで魅了することができた。
あの侍女には、アタシがちょっと笑いかけてあげただけ。
本人はすっかり自分から忠誠を誓ったつもりになっている。
魅了ってホント便利。
「そっ……そういう事は婚約者でも無い相手に言うものじゃないぞ!」
1人でも引っ掛けることができれば、後はもうこっちのモンよ。
平時は普段通りを装って貰って、休みの日とかにアタシに状況を報告して貰って、ついでに同僚とかを連れ出して貰っていれば魅了避けを2人がかりで取り上げて無防備なそいつを魅了してやるだけ。
ま、地道な作業だけど、アタシの肉体はひとつしかないから仕方ないってわけ。
でもこれが連鎖していけば別に休みの日じゃなくても外でばったり出くわすのを装って数人がかりで本丸を落とすとかできるんで、そこまで行けばもう勝ち確なんだよね。
だから今は焦る必要なんてない。
人間関係っていうのは、一人ずつ丁寧に崩していけばいい。
最初の一人を落とすまでが一番面倒で、そこから先は芋づる式だ。
「酷い……アタシはただ、気楽に語り合えるお友達として仲良く接して欲しいだけなのに……」
そう言って涙腺に力を込めて、目を潤していく。
涙には魅了効果は無いけど、どうせ男なんて女の涙には弱いからね。チョロいもんだわほんと。
もちろん本当に泣いているわけじゃない。
泣いたら化粧が崩れるし。
「あっ、いやそのっ、嫌いじゃないんだが──」
「アタシなんて、所詮妾の子ですら無い、ガワだけ貴族だから……ううん、ごめんね、ピエス、もう関わらないようにするね……」
アタシは聖女である。聖女はこの国の宗教の中核にして国防の要。だからアタシを蔑ろにすることは教会を蔑ろにすることにも直結する。
でも同時に、アタシは幾ら貴族とはいえ共所詮はお手つきで生まれただけの、妾の子にすら劣る存在。
だからこそこの立場をアタシは利用する。
聖女という肩書きだけを見れば、誰もアタシを弱者だとは思わない。
だけど、そこに生まれや血筋を持ち出せば話は別だ。
その微妙な立場が、むしろクソ便利だった。
「そ、そんなことは無い!」
弱者には弱者の戦い方がある。アタシはほぼ平民だし、女だし、立場的にはとても弱い。
そこをさもコンプレックスであるかのように振る舞い、無知な生娘を演じるだけでバカな男共はニタニタとキッショい笑みを浮かべながらアタシに群がる。これで見た目通り骨の髄までキッショいんだから笑えるよね。
「ピエスくん……」
「君は我が一族にとっても大切なパートナーだ。そんな君を蔑ろにするなんて、有り得ない」
吐き気のするようなフレーズだ。
でもアタシは僅かに上目遣いをして彼を見つめる。
「ありがとう! アタシ嬉しい!」
そう言って抱きついてやれば彼は硬直してみせる。女の子に触れられたこともない、生娘ならぬ生息子か? ほんとバカな男。
魅了スキルを使うまでもなくアタシに落ちる、単純で操りやすいおぼっちゃま。
その顔がみるみる赤くなっていくのを見て、アタシは内心でニヤニヤする。
ほんと分かりやすい。
こういうタイプは、一度こちらに好意を持たせてしまえば後は簡単だ。
本人が『自分は自分の意思で動いている』と思い込んでいるうちは、なおさら扱いやすい。
とはいえ、魅了スキルをしっかりと掛けてからじゃないとこいつを手駒にするのはやっぱ不安。
だからアタシはそっと抱擁を解いて、その後彼の手をそっと包み込むように握って見せた。
「ピエスもこれから忙しくなるんだから、頼りにしてるね!」
「あ、ああ」
こいつの方からなんか情報とかくれないかなー。難しそうかなーやっぱり。
ま、今すぐじゃなくてもいいんだけどね。
むしろ今は『頼りにされている』と思わせておく方が重要だもん。
人間って、一度誰かに必要とされたと思うと、その期待に応えたくなるものだから。
ま、手駒は多ければ多いほどいいから、どこかで暇を見つけて魅了掛けとこ。
サマラのことも気になるけど、それはそれ。
あのゾンビみたいな顔が何を意味しているのかは、そのうち勝手に分かるでしょ。
アタシはアタシで、自分のやることをやればいい。そう思いながら、アタシはピエスに笑いかけた。
もちろん、とびっきり可愛らしく。
──さて。
次は誰を落とそうかな。




