C-G-1 愛
なぁんかおかしい。
「きゃっ!」
アイツが目の前になんか居たから、とりあえず転んだフリでもしてやろうとか思ってたら、転ぼうとした瞬間にアイツがアタシの腕を掴む。
お陰でアタシは転び損ねてしまった。
「だい、丈夫ですか……」
「いっ、たたた……すみま──」
思ってたよりも握力マシマシだったアイツと目が合う。
その瞬間、今までに感じたことの無い違和感がアタシの身体を駆け巡った。
そしてまるで全てに絶望したような深い闇色の目になっていたアイツがあまりにもキモすぎて、思わずアタシは飛び退いていた。
「ギャーッ!!」
「……」
なんっだアレ。
幾らなんでもキショ過ぎでしょ!? 妖怪かと思ったわ!
虚ろな目をしたまま去って行くサマラの後を心配そうに見ているのはネールちゃんだ。確か侯爵家だっけ。
アタシぶっちゃけ貴族って言っても下位貴族だし、そもそもアタシはそん中でも庶子ってか要するに浮気して生まれた子がなんか今更引き取られたってだけだから、正直侯爵と公爵の違いも分かんないってか、覚える気すらないんだけど、それでもネールちゃんがなんかやたらと偉い家の娘ってことぐらいはわかる。
そしてそれと同等か、それ以上に偉い家がサマラん家。理由は知らないけど。
「い、今までのサマラなら絶対キレてたのに……何あれ……」
サマラはなんて言うか、女の嫌なところばっか濃縮したモンスターって感じの人だ。
ハイスペックイケメンみたいなの以外は等しくゴミだと思ってるし、めっちゃ差別主義者だし。そして自分より下だと頭の中で格付けをひとたび終えたら延々と一生ネチネチネチネチ嫌味とか嫌がらせとかしてるタイプ。
そのくせ自分では愛嬌すら出し渋る激マズ料理みたいな奴なんだよね。
ヤバみヤバ過ぎてマジヤバい。
しかもマジでヤバいのが、そんなヤバ沢ヤバ美な奴が何故かヴィシャル様の婚約者とかいうポジにいること。
いやほんと意味わかんない。あんなのが将来の王妃とかどんな政治だよキショすぎる。無理みが無理過ぎて一瞬で無理ってなるぐらい無理なんだが。
で、そこで気づいたのが、だったらアタシが王妃になればいいじゃんって作戦だった。
それにヴィシャル様イケメンだし頭いいし運動できるし。多分イケる。
ヴィシャル様と結婚してアタシが聖女と王妃としてこの国導けば良くね? ってなったのが事の始まりだった。
──そう、アタシはベティ・トレイソン。
この国の聖女様だ。
「トレイソン様! 次の授業が始まりますわよ!」
この後同じ授業を受けるデボラが教室から首だけを出してアタシを呼ぶ。
「ベティでいいって言ってるでしょ〜!」
「そういう訳には参りません。私はただの下等貴族ですが貴方様はこの国の聖女……」
「も〜っ、学園内ではみんな平等でしょ〜? 大体聖女とか言ったって、神様信じてない人からしたらただの人だしアタシ元平民だよ? そんなこと言ったら生まれながらのデボラの方がアタシより偉いの?」
ベッコウ男爵家とかいう変な名前の出のデボラは、どういう訳かバチクソネガティブだ。
パパのおばあちゃんの実家がベッコウ家とか聞いたことがあるけど、どうせアタシはこないだなんか繰り上げ当選したみたいな微妙な貴族だしそんな親戚筋になんて会ったこと無いし、多分向こうもアタシを親戚と認識していない。
「ですが事実として貴方は聖女という、貴族とはまた違う巨大勢力の中心人物です。トレイソン様を敵に回すことは教会を敵に回すことと同じ」
「ちょっと、デボラ! 聞いてる!? ベティって言ったでしょ?」
「……でも」
「でももだっても無いでしょ! アタシの目をちゃんと見て名前を言って?」
ちょうど良かったので、早速アタシはスキルを発動させた。
その状態で向き合えば、デボラの目が蕩けていくのが分かる。
「ベティ……様……」
「うふふ! よく出来ました」
アタシはそう言って、デボラの頭をなでなでしてみた。
「ねえデボラ。アタシの事、好き?」
「ベティ様……す、好きだなんてそんな畏れ多いことを……」
チョロっ。
「うっふふ。ねぇデボラ、アタシちょっと気になっていることがあって、調べて欲しいんだけど……」
アタシガキになっているのは、なぜサマラは突然あんなにキモくなってしまったのか?
元からキモいけど、だからってあんなサマラは未だかつて見たことがない。いきなりキモさのベクトル違いすぎでしょ。
それが強烈にアタシの興味を掻き立てていた。
アタシはただの聖女ではない。
そう、アタシは聖女スキルの他に魅了スキルをも保有する、正に神童とも呼ばれる存在。
この世界に生まれる貴族の血を引くものは、基本的にスキルをひとつ持ってこの地に降り立つ。
しかし稀にアタシみたいな才能のある子には、スキルがふたつ降りてくることがある。アタシの場合、それが魅了だった。
ま、聖女なんてしてるんだから神に愛されてるのは当然だし、皆がアタシを愛するのも当然って思えばまあアタシに備わっていて当然のスキルだよね。
だからアタシは掛かりそうな相手がいれば、魅了を積極的に振りまいて行く。
例えば今日のデボラ。
馬術の訓練で転んで泥まみれになっていたから、確か服を変えに行っていたはず。
だからデボラは魅了避けを今は付けていない……
「べ、ベティ様のためなら……」
魅了避けを付けてないおマヌケさんなんて、どう見てもアタシの事を愛したい人以外、有り得ない。
だからアタシはそんな人たちを愛してあげるのだ。
アタシが愛してあげれるかどうかは分からないけど、少なくともアタシのことを愛してくれない人をアタシが愛するなんて、無理じゃない?
だからアタシは皆を愛するの。
神は皆を愛している。だからアタシも皆に愛を与える。
さて、アイツには何があったのかしら。
あれだけ普段から傲慢に振舞っているのに、突然ゾンビみたいな顔になるのは落差がエグ過ぎて気にするなと言うほうが無理だ。
だからアタシは情報を集める。
そしてあわよくばサマラを愛し、そしてサマラを通して、ヴィシャル様の事も愛してあげるんだから……!




