B-G-EP 田舎者
貴族の在るべき姿とは何か。
我ら貴族とは、この国を照らす灯台であるべきなのだ。
灯台とは古くより夜は光で、日中はその佇まいで船を見守ると共に、その街のランドマークとしても機能する物見櫓……
ただ佇んでいるだけでも民を照らし、民を導く道標なのだ。
そして、灯台とは光を放つもの。
夜の海で光を放てば、それは大いなる目印として機能するだろう。
照らされるところもある一方で、光があると影も出来る。灯台もと暗しとはよく言ったもので、灯台の足元などは正にその影に飲まれ、闇夜に溶けてしまう。
しかし人の目にグズグズに溶けた闇が入ることはない。何故なら、上で燦然と輝く光が視界も興味も奪うからだ。
灯台とは光を見せるもの。そして、見せたくない物を影の底に隠し、人々の目から逸らさせる物。
そう言った光と影を上手く使い分けてこそ、貴族と言えるだろう。
「────!!?!?」
声にならない声と共に、私は勢いよく飛び起きた。
「お、お嬢様、いかがなさいましたか!?」
何が起きた。
なぜ今私は動けている。
私の悲鳴のようなものを聞きつけたのか、ターナが私の部屋に駆け込んできた。
私の部屋。屋敷の中の、私の部屋だ。あの医務室の私の部屋ではなく。
時間が、戻っている。
私もあの女も死んでいないのに。
「……お嬢様?」
直前にあった出来事を高速で頭の中で思い返し、そして現在の状況を確認する。
この後私は学園に行くはずだ。
「……な、何でもないわ、ターナ。さ、行きましょ」
心臓が割れんばかりに鳴動する。
冷や汗なのかなんなのかよく分からないものがこめかみを伝う。お陰でメイクにやや時間がかかってしまった。
そうして侍女に心配されつつも、私は馬車に乗った。
「今年も多くの学びに恵まれると良いですね、サマラ様」
「……」
馬車の中ではターナがいつも帯同してくれているが、今回の私は終始無言だった。
やがて学園に到着し、馬車を降りると、いつものようにそこには彼が待ち構えていた。
「ああ、サマラ。会いたかったよ」
「……」
到着した学園で、花のような笑みを浮かべてくれるこの男。ルトゥール王朝ヴィシャル王太子。
当然のようにエスコートのために伸ばされる手。これを掴んでもいいものかどうか一瞬悩んだが、結局私はエスコートされながら馬車を降りた。
「今日は随分としおらしいな。かわいげがあっていいと思うぞ?」
その言葉を聞いて、弾かれた様に私は彼の顔を見上げた。
いつも通りの笑顔。
「ヴィシャル、様……」
「どうした、サマラ」
学園の入口を通り、講堂へ。
始業式の準備がこれから始まるが、準備を始めるのももう少し時間を置いてからだったはずだ。
講堂の壇上には、美しいシャンデリアと演台が置いてある。彼は私の手を離すと、ゆっくりと独り、壇上へと登っていく
「……」
「さすがの君でも聞きにくいか。では私から水を送るとしよう……」
演台の前に、彼が立つ。
「──おめでとう、サマラ。君はようやく『正解』へと辿り着いた」
「っ……!」
その言葉に、今まで高速回転を続けていた心臓が一気に止まった。
「ああ、その顔……実にいい……! いつかこんな日が来たら良いなと、ずっと思っていた! 君が時間が巻き戻る原因を突き止め、こうして私の前に相対してくれる事を、ずっと夢想していた……!」
早口で捲し立てるヴィシャル様の表情は、恍惚としていた。
今まで何十周とこの男を見てきているはずなのに今更初めて見る、これまでに見た事のない悍ましい顔。
「っ……何故……このような事を……!」
「何故……? そんなの今まで散々言ってきているじゃないか。『何故、だと? サマラよ、貴様が行ってきた数々の非道な行いを、私が知らないとでも思ったか。その行いが、王太子妃として相応しい物であったと本当に思っているのか?』って、ね?」
そう言って彼は無邪気に笑った。
その言葉に私は耳を疑った。
「な、ぜっ、て……そんなの、あの女がヴィシャル様を誑かしているからに他ならな──」
「違う違う。話の論点が違うよ、サマラ。あんな芋令嬢が魅了使いとか、そんな事はどうでもいい」
「なっ……!?」
再び私は耳を疑った。
殿下は知っていたのだ。あの女が魅了使いであることを。それも最初から。
「簡潔に言おう。このままでは王太子妃として不適格なんだよ、サマラは」
「ふ、不適格!?」
次から次へと、理解の範疇を超える言葉がヴィシャル様の口から紡がれる。
「そうだ。この上なく不適格だ。だからサマラには何度でもやり直してもらう。適格であると私が判断するその時まで、ね」
彼が口にする言葉の意味がまるで分からなかった。
私が王太子妃不適格!? なぜ!?
「私のどこが不適格だと言うのですか!? 王太子妃教育も全て終了して、陛下の御墨付きも頂いているというのにこの私よりも王太子妃として相応しい者が他にどこにいるのです!!」
「……はあ。サマラは相変わらず自分のことを客観的に見れない時があるね。では言葉を変えるとするか」
やれやれと彼は首を竦める。
そして冷ややかな目付きで、私にこう告げた。
「君はただの、王太子妃になれるかも知れない女であるだけで、その正体はそこら辺に生えている、泥臭い貴族だ。己の立場を弁えろ、田舎者」
「は、はあっ!?」
「貴族と平民に隔たりがあるのと同じように、王族と貴族如きには天と地ほどの差がある。どうも勘違いしているようだから聞くが、君は一体いつから王族になったんだ? 私と結婚どころか、既に王妃にでもなったかのようなその厚顔無恥な立ち居振る舞いは実に醜い。私から見たら、君なんてあの薄ぼんやりと非現実的な髪色をしただけのあのしょうもない芋男爵令嬢と大差ないんだよ。どちらも所詮は同じ貴族でしかない分際で」
あの卑劣で無教養な蛮族のような女と、この私が同列であるとヴィシャル様が平然とした様子で口にする。
その事が信じられなかった。
「私はずっと、君たちの醜い争いを傍観していた。何回も何回も、何十回も。だからこそ言うが、君のその吐き気を催す思い上がりは増長こそすれど、収まったことなどただの一度たりともなかった。だから君はいつまでも『不適格』なんだ」
そう言って彼は演台を離れ、壇上を降りていく。私の元へ。
最早その顔を私は直視することが出来ずにいた。
「そん、な……」
何もかもが信じられない。
こんな事に、なっていただなんて。
「だから私はその罰として、今まで何度も時間を巻き戻してきたんだ。そしてこれからも、何度だってやり直すのだろう。君が心から反省し、その反省が骨芯に染み入るまでね」
「……、……」
私の反省。
……何を反省すればいいと言うのか。
私は何を間違ったと言うのか。
「まあ、無いとは思うが……人様に助けを乞うなんて夢にも思わないことだ。私は何度でも時間を巻き戻すことができるし、特に加減さえしなければ君に取って大切な人々を、産まれる前の状態まで巻き戻す事も私には児戯も同然だ……──付け上がるなよ、サマラ」
私は……私は……
「もちろんいきなり変われとは言わないさ。これから徐々に変わっていけばいい。普段は今まで通りにしていて構わないさ」
「……」
今までの永遠にも等しいこの時間の中で、私に取っての唯一の道標だと思っていた物が、まさか全ての元凶だったなんて。
「ふふふ、ほらサマラ、もうここからはいつも通りの生活さ。いつもならこの時間に君はこういうじゃないか。『ヴィシャル様はこの後生徒代表挨拶でしょう? 行ってらっしゃいませ』って」
「……、……」
「言えないのかい?」
私の心はこの瞬間、折れた。
「ヴィシャル様は……この後……生徒代表挨拶でしょう……行って、らっしゃいませ……」
「よく出来ました。ではまた会おう」
子をあやすようにヴィシャル様の手が私の肩に置かれる。
最早自らを支えることの出来なくなった膝が床をつき、私はそのまま1人取り残されて彼はそのまま講堂を去っていった。




