B-G-終 スキルの応用
「サマラ!!」
目を開く。
何事かと思い身体を起こそうとしたら、身体が動かない。
「おお、サマラ!! 目が覚めたか!!」
「おと……様……?」
口を開こうとすると、口の中がグズグズになっているのが分かる。
まるで口の中は網状に割いたかのようにボコボコになっていて、そして、多分、歯が幾つかない。
首が動かないのでなんとか目を動かそうとして、片目が見えなくなっていることにそこで初めて私は気が付いた。
何がどうなっている。
「い、医官を呼んできます!!」
誰かが私の視界の外で走り去っていく音がする。
「サマラ……ああ、良かった……!」
「お、母、様……これ、は……一体……」
私は死んで、あの瞬間に戻ったのではなかったのか。
だとしたらこれは。
「あなたが学園のホールで転倒し大階段を転げ落ちたと聞いた時は、生きた心地がしなかったわ……」
そう言って既にグズグズに濡れきったハンカチで目頭を拭くお母様。せっかくのメイクがぐちゃぐちゃだ。
「ごめ……なさ……」
「いいのよ、生きていてくれれば、私はそれで……」
「サマラ!!」
バン! と乱暴に扉を開ける音が聞こえたので、見える方の目……右目を向けると、そこには息を切らして立っているヴィシャル様のお姿があった。
「殿下!」
慌てて臣下の礼を取ろうとするお父様とお母様に対し、ヴィシャル様はそっと手でそれを静止した。
「やめてください。私はただ婚約者に会いに来ただけです。ああ、サマラ……無事でよかった……!」
そう言って、彼はそっと私の手に自身の手を重ねた。
触れられると痛むが、耐えられない程のものではなかった。
「まさか、私と聖女が居ない間に事件があったとは思いもせず、戻ってくるのが遅くなって申し訳なかった……」
「そん、な……こちら、こそ……申し……訳、ありま……せん……」
「私の回復では未熟で、君の体表面の怪我を元に戻すぐらいのことしか出来なかった……私は無力だ……」
その言葉を聞いた瞬間、凄まじい違和感が走った。
「今回は私が早馬で先に戻ってきたが、あとは聖女が戻るまでの辛抱だ。本当に申し訳ないが、もう少しだけ待っていてくれ」
「……」
そう、今回運が悪いことにヴィシャル様と聖女双方が学園外に出ている時に私はこんな大怪我をすることとなった。
誰かに突き落とされて、こうして聖女に借りを作ることになってしまったのだ。一体誰が、この私にそんなことを……
「また、見舞いに来る。クレイもかなり憔悴しているし、申し訳ないが会ってやってくれ」
「は……い……」
そう言うと殿下はニコリと笑い、我が両親に短く挨拶をし、出ていった。
まもなく入れ替わりに医官が私のいる部屋に入ってくると、そこから問診が始まった。
どうして殿下は今、私に嘘をついたのだろう。
殿下は私を癒してなどいない。
回復と言うところで、私のスキルが嘘だと反応したからだ。
◇
その答えを知ることができたのは、あくる日のことであった。
医官の助手を務める衛生侍女が私の部屋に入ってきてこう告げた。
「ルトゥール殿下、及びパリエ伯爵令息様がご面会に来られました」
「……お通……し、下……さい……」
数刻後に現れたヴィシャル様とパリエ様の表情は対照的だった。
満面の笑みを浮かべるヴィシャル様に対して、パリエ様は何日も寝ていないかのような見た目をしていた。
「び、シャル、様……それ、に、パいエ、様……」
「バガリー嬢……」
その彼の目にあったのは大きい安堵と、不安感。
「クレイに聞けば、モーヴ准男爵令息に突き落とされたとか。サマラに限って滑って転ぶなんて事は無いはずだと思って確認しておいて本当に良かった」
「……そう、ですか……」
「即刻退学処分とした上で拘束し現在取り調べ中だ」
モーヴ准男爵令息と言う言葉に、ああそういうことかとピンと来た。
彼はいつぞやの空き教室で普段転んでる人にものを貢いでいた男だ。
恐らくは魅了の影響下にあったのだろう。全く油断ならないやつだ。
「び、シャル、様……」
「どうした?」
「なぜ、先日は……わたひを……回、復した……などと、嘘を……」
「嘘? いや、嘘はついて──ああ、そういう事か……」
しまった、と言った様子で彼は額を押えた。
「私も気が動転していたから、妙な所をもしかしたら言い間違えたのかもしれない。私が君の体表面の状態を戻したのは間違いない。どうだ、嘘判定は出るか?」
「……いい、え……」
ヴィシャル様が私の体表面だけを直したということか。その他に嘘はなかったので、未熟だと思っている所や申し訳ないと思っている所に嘘偽りはないということになる。
……何故?
「ところでクレイ、見たところ、どうだった?」
回復したのは嘘なのに、ヴィシャル様が私の表面的な怪我を直したのは事実。これはどう考えてもおかしい。癒しのスキルを使わないで私の怪我を治すとなると医官ではないか。ヴィシャル様には癒しの力はあるが、スキルの力を使わない、物理的な医療術の心得は持ち合わせていないはず。
そうすると魔道具ということになるか? でも魔道具であればそれは魔道具を使った広義の医療術と言う扱いになる。ヴィシャル様にはそれが出来ない。
いやに鼓動が早い。
「……問題ありません。術式に影響はないです」
取るに足らない言い間違いだが、同じ事柄を言い直して嘘が本当になるということなどあるだろうか?
貴族的な言葉遊びか? しかしここは今私がほとんど身動きも取れないような状況だ。そんな事をすること自体が不適切なはず。よってそれも無い。本当に純粋に言い間違えただけなのだろう。
……回復したを言い間違えることなんて、ある?
「ああ、良かった。では問題なく続けられるな」
よくよく考えてみれば、今まで回復させたという言葉を私はヴィシャル様の口から聞いたことが無いかもしれない。
思えば以前の周回でも──
『で、殿下……これは──』
『とりあえず元の状態に戻して置いたから、これで問題ないだろう。あまり無茶をするな』
『い、今のは……』
『知っての通り、私も君ほどでは無いがスキルを応用し人を癒すことが出来る。君の鼻が傷付く前の状態に戻しただけだ』
元に戻したとか、前の状態に戻したと言う、わざわざ迂遠な言い回しの仕方。
そしてスキルを応用するとも言われていた。
人を癒すという主目的に、回復スキルを直用ではなく応用するなんて事、ある?
そして、こうも言っていた。
『知っての通り、私はスキルで人を癒すことが出来る。とはいえ、本職の聖女のような効果ではないのだから、念のため今日はあまり無理をするな』
スキルで人を癒すことができる。が……別に面と向かって回復スキルだとは言われていない。
あくまでも私たちが、貴族的な曖昧な言葉遊びの中でそう解釈していただけ。
鼓動が、思考が、ますます加速していく。
時を加速させる女、メギッシュ・メカリフまたはメーガン・パルテ。
その女は生前何をしていた? どのような半生を送った? その子孫は誰だ?
この国には公爵が現状一人しか居ない上、その公爵閣下には特に子孫なども居ないのだから、我が家こそが全ての貴族の頂点に実質立っている。だからこそ私はその力を存分にふるい、全ての貴族を私は洗いざらい調べ上げてきた。それも何回も。
だが、私は貴族よりも上の家は調べたか?
「まさか……」
全ての点と線が繋がって行く。
「どうした、サマラ」
私の潰れなかった方の目が最大限に開ききったところで、二人が私の様子に気付く。
「まさか……貴方が……、……時戻しの……犯人………………!!?」
私の最愛だったはずのものが、柔らかに笑みを浮かべた。




