B-G-4 ゆるふわ
「これは、一体……」
周囲の生徒たちが試験結果に一喜一憂している中、傍に居たパリエ様は動揺したように呟いた。
「いつもと変わらない風景で──」
「バガリー嬢。君の名前が無いじゃないか」
「ええ?」
今までであれば必ず満点を取っていたこの試験。
私の成績は全くと言っていいほど奮って居なかった。
「君は今までずっと満点だったじゃないか」
「ええ? ああ、まあ、そうですわね……」
張り出された成績表には、ヴィシャル様とパリエ様が全教科満点で男子首位に燦然と輝いている。女子はあの凡骨女が満点で首位。
そして私の成績は遥か下……100位前後にあった。
ちなみに性知識だけならカンニングや枕営業ナシでも満場一致で満点取ってそうな女も怪訝な顔でこちらを見ている。
……ん? 枕営業ナシで性知識満点ってなんだか微妙に矛盾してる……? まあいいわ。
それにしても人の顔をジロジロ見ていて本当に失礼だ。男爵家では一体どんな教育をしているのやら。
「まあそんな事もありますわ、大して気にしていません。前回の試験も満点は逃していましたし……」
「そ、それは、そうだが……」
「そんな事よりもちょっと気掛かりなことがございまして。失礼いたしますわ」
ループが始まる前の試験で、一点だけ逃したことがある。だから別に私が満点を取れないのは不自然なことでは無い。いやまあ確かに今回みたいに何十回と解いてきた問題を落とすことは今までなかったが、そんな事はどうでもいい。
「ちょっ、バガリー嬢!」
今回私が大きく成績を落としたのは、イグアスがもたらした情報に気が動転していたからだ。
そりゃあ、貴族の世界に絶対なんて物は存在しないが……まさか、こんな所で繋がってくるとは思いもしなかったので、さすがに試験なんてどうでもよかったというか。
「見て、あのバガリー様が試験結果を見ても意に介さないあの様を」
「まさか噂は本当なのか……?」
「でも、仮にもヴィシャル殿下の婚約者でしょう? そんなことあっていいのかしら……」
目当ての人物を人だかりの中で見つけ、その方向に歩き出すと、いつかのオウムたちがまたヒソヒソとざわめき出す。
「でも、真実の愛って物語では殿方がよく見つける物でしょう?」
「だからって、こんなにバガリー様の成績が下がってるのって、もう『色ボケ』以外に説明付く?」
──今回流れている噂は『サマラ・バガリーには密かに慕う真実の愛がいる』だ。実に馬鹿馬鹿しい。
お陰で正気に戻った。
「でも何を言われても上の空って言うじゃない」
「ああ、あれは確かに異常だったな」
私が慕うのは殿下ただ一人。他の男なんてどうでもいい。
……最近ではその想いすら褪せつつあるのは、痛いところではあるが。
いやそんなことよりなんだ色ボケって。実に不愉快だ。私をあの闊歩する性接待と一緒にするな。
「あら、サマラ。成績はいかがでした?」
目当ての人物の前に到着すると、私に気付いたのかそんな声を掛けられた。
「そんな事はどうでもいいわ。ちょっと話したいことがございますの」
私が試験結果をどうでもいいと言ったことでまた周囲がざわめくが、それこそそんな物はどうでもいい。
「相談……ですか?」
私の動揺の元凶。
「ええ。貴方に聞いてみようかと思って。今からお時間はあるかしら──ネール」
ネール・パルテ。
彼女のご先祖さまに『メーガン・パルテ』と言う方がいる。その彼女が創り出したワインは、私が以前呑んだ毒杯に使用されていた。
そう。『メーガン』だ。しかも嫁ぐ前の姓はなんと『メカリフ』……
「ええ、もちろんですわ」
そう言って、彼女はニコリと笑った。特に裏の意図は無さそうな笑み。
だけれど、私はもうその笑みを信用することが出来なくなっていた。
「では学園のカフェテリアの個室席にでも行きましょうか」
「あら、個室席ですか?」
侍女のターナに視線を向けると、彼女は早足でカフェテリアに先行し席を抑えに行った。
「ええ、あまり人には聞かれたくないものですから」
「あらまあ。そういう事でしたら」
私たちもその後をゆったりと歩き、他愛もない話をしつつ、私自身はネールに様子に細心の注意を払って観察を続けた。
「そう言えばミノール領の銀鉱山ですけど、なんでも先日落盤事故があったとか」
「聞きましたわ。鉱山奴隷がかなり行方不明になったそうね」
ちなみにこの落盤事故だが、私が介入して起こしている。
具体的にはうちの家の暗部だが、前回の周回であろうことかミノール家がトレイソン家と提携するなどしたので、その罰として爆薬を使い落盤事故を誘発させた。
浮かれていた時であっても私はやるべき事はちゃんとやっているのよ、これでも。
「鉱山奴隷は刑罰故に国有財産ですからねえ……ミノール家はこれから王家への賠償で大変でしょうね……」
ちなみに落盤は銀鉱山の入口から程近い所で発生させて潰しておいたので、当分鉱山自体に入ることができないだろう。連鎖崩落されたらたまったものではないし、国とミノール家も落盤事故の後片付けを慎重にやっている。
数百人の受刑者と現場責任者という名目の国の監視員が数百名生き埋めになっているのだが、はてさて最終的にどれほどが助かるのやら。
全然全滅も有り得るから、見ものですわね。
「援助していた家々も大変でしょうね」
「ええ、本当にね。さ、到着しましたわ」
ちなみに念の為に実行犯はこちらの手の者で消して置いたので証拠は残っていない。実にいい気分だ。
「さて、ネール。相談したいのは他でもない、貴方のことなんだけれど」
「……私?」
個室で着席したところで部屋の中を確認すると、私側の陣営にいるのは私とターナ、そしてイグアス。
非常に運がいいことに、私の最も信頼できる側近のみが揃っている。こんな機会は今までの周回でも片手で数える程度しか無かった。この2人だけは完全にシロであると私は知っているからだ。
対するネールは侍女を一人だけ連れている。
「まず一つ目。これは本当に知りたいことと言うよりも確認事項なのだけれども……」
人数優位だ。
何かがあっても、ネールを制圧できる。
「貴方、最後にトレイソン家のあの浮かれぽんちに会ったのはいつ?」
これは本当にただの確認。
魅了されていないかのチェック。
「聖女様のことですか? 特に直接会話した覚えは無いですが……」
……嘘では無い。ならば大丈夫か。
その言葉を確認して、私は深く息をついた。
「ならまずは大丈夫ね……ごめんなさい、貴方を試すような事をして」
「え、ええ、まあ……それは別に構いませんが……」
「実はあの脳内お花畑女はスキルを二つ持っているので、そのスキルの影響下に居ないかどうかの確認だったのよ」
「え、二つ!?」
万が一あのゴミが時を巻き戻す事に介入なんてしていたら、私としてはお手上げだった。
とはいえ大事なのはそこではない。
「次になんだけど、こっちが本題」
紅茶を手に取り、ダージリンの香りを楽しみながらチラリとイグアスに目配せをしたところ、彼はそっと個室の入口近くに移動した。
「貴方、時に干渉するようなスキルは持っていたかしら?」
「……時、ですか?」
私がこの牢獄へと叩き落とされる前、遠い昔と錯覚するような記憶が正しければ、彼女のスキルは『物を修復することが出来る』という物だった。
そこもまた、私を悩ませるものだった。
「ええ。例えば時間を加速させることができるとか、時間の流れを緩やかにするとか……──あるいは、時間そのものを巻き戻すことが出来る、とか」
例えば、そう……『物を直す』ではなく、正確には『物の時間を巻き戻して元の状態にする』という、スキルの応用だったら……?
「私のスキルって、以前お伝えしたことがありませんでしたっけ」
「ええ。でもできれば改めて『はい』か『いいえ』で答えて欲しいわね」
「……」
彼女もまた、私のスキルを知っている。だから私のこの質問の意味も、よく理解しているはずだ。
はいかいいえで応えろなんて、私がスキルを使って真偽を確かめますと言っているような物。
さて、どう出る。
「なぜそんな質問をされるのか分かりませんが……答えは『いいえ』ですわ」
……。
嘘は無い。
つまりネールは『シロ』だ。
「……イグアス、ターナ。もう大丈夫よ。武装解除して」
「はっ!」
「承知致しました、お嬢様」
「え、ええ!? 武装……!?」
私の指示を受け、ターナはメイド服の先を摘んでカーテシーのような物をして見せた。するとその裾から、ボロボロと幾つもの暗器が床のカーペットに落ちていく。
またイグアスもネクタイの裏にワイヤーを隠しており、それを引き抜くと同じように床に置いて見せた。
「なっ、なっ……!?」
「本当にごめんなさい、ネール。最悪を想定して動いていたものだから念の為に武器を携行させていたわ。本当に申し訳ないわ」
「でっ、ですがっ、何故っ!?」
バッと慌てて彼女の侍女がネールの椅子に飛びかかり主を守れる位置に移動するが、個人的にはちょっと遅い。
本当に殺す気ならもう今頃死んでいた。
「聖女が危険な未認可魅了スキル保有者だからよ」
「……へっ!?」
この情報は彼女の侍女に漏れても差し支えない物なので、それっぽい理由として口にすると、やはりというか彼女は目を点にしてみせた。
「聖女ベティ・トレイソンは聖女スキルだけではなく、魅了スキルも持っているのよ。だから万が一に備えて武器を携行していたのよ」
「それは、本当なの……?」
「間違いなく」
前の周回では貴方彼女に直接魅了されていたのよとは流石に言えないが、私が彼女に対してそう易々と嘘をつく女では無いこともネールは知っているはず。
「信じる信じないはネールに任せるけれど。私があの女を毛嫌いしている理由はね、彼女が危険な魅了使いでありヴィシャル殿下の妻の立場……つまり私の立場を狙っているからなのよ」
「そ、そんな事って……」
「出来るわよ、彼女なら。生来は大馬鹿者だけれども、卑劣で姑息な手なら抜かりないもの。ターゲット本人を魅了で落とす前に周りから魅了していくという手段を使っているはずよ。私が彼女の立場でも同じことをするわ」
ここは私の実体験があるから説得力もあるはずだが、ほんとあの頭ゆるふわ女は魅了の使い所に対しては天賦の才を持っている。手放しで評価していい。あれは生まれながらの魅了使い。どちらかと言うと聖女の方が二つ目のスキルなのではないかと個人的には疑っている。
「でも、それがどうして時間に関わるスキルの話に……?」
「ここ最近、あまりにも彼女に都合のいい展開が続いていたから、もしかしたら彼女の陣営にそういう力を持つ方がいないとも限らなくて。そこで時を戻すという力を色々と拡大解釈してみたら、貴方のスキルの事をもしかしたらと思い至ったから。念の為に聞いてみたのよ」
「そ、そういう……?」
……あんまり納得してないわね。
まあ前半部分はパッと思いついた口から出まかせだから仕方ない。後半は完全に真実だから疑ったのだけれども。
「重ねてごめんなさいね。あと、ここで私が明かした事は申し訳ないけど内密にしておいてね。私も正直、殿下にあの女が魅了も持っているという話をするタイミングを図りかねている所なのよ……」
「ああ……教会との仲に響きますからね……」
そこまで追加で言うことで、ネールは何とか納得してくれたようだった。
「さあ、そろそろお開きにしましょうか」
「ええ。そうしましょう」
「今回は私が明らかに無礼を働きましたのですから、当然にお代はこちらで持ちますわ。こちらも抱えている内容が内容なので、正式にという訳には行きませんが、後日改めて謝罪させていただきますわ」
「まあ、そんな。いいのよサマラ」
口ではそういうが、殺傷能力の高い武器を携行していざと言う時はなんて見せていたのだから詫びの品ぐらいは当然だ。
もちろんお金は私のポケットマネーから払った。
それにしても……
ネールが犯人ではないとわかったのは、本当に良かった。もしネールが犯人だったら、どうしていただろう。
いや、どうしていたかは分かるか。八つ裂きにしていたに決まっている。だがその後、私がどうなっていたかが想像つかなかった。だからそこは本当に安堵できた。
反面、これで犯人探しはまたやり直しということになる。そこは憂鬱だ。
まあ、手がかりがまだあるだけでこんなにも気が楽なのだし、まだ急ぐ段階ではないのできっちりとあの頭どころか股もゆるふわそうな女を牽制しつつ、こちらも打てる手を打っておかないと。
……ところでゆるふわの対義語って何かしら。カッチリピシッ! になるのか? キッチリしてゴリゴリしてるからキツゴリ? キツゴリはなんか合わないわね……ガチムチ?




