A-G-3 引き際の光明
「そんな、私、そんなつもりじゃ……」
「いいんだ、受け取ってほしい。これは私の誠意だ」
そう言えば前回もこんな事がありましたわね……
下校時間となったため歩いていたら、空き教室で貢がれている羽織破落戸を目撃しそう回想する。
前回は確か、ナンシー・ヨッター伯爵令嬢と、敵対派閥のデボラ・ベッコウ男爵令嬢と私の三人で歩いていた時だったはず。そこで求愛行動をいつもの如くしていたご不浄女を目撃したのだった。っていうか、よく見れば今回も一緒にいる節穴男は同じじゃないか。
ナンシーとデボラは二人共、前回は大変優秀なオウムであった。
ただ、ここでも今回は私に逆風が吹いていた。
『バガリー嬢が聖女を目の敵にしている』
『大衆の目が向いているところでわざわざ聖女をボコボコにボコした』
『トレイソン嬢と目が合えば恫喝している』
いずれもあのオウム女たちが広めている噂だ。
まあ目の敵にしている所は事実だけれど、別にボコボコにするだなんて、そんな野蛮な事はしていない。どちらかと言うとそれはあの背教者がやりそうな事である。
それに目が合えば恫喝しているだなんて……私なんて目を合わせる事自体が最早苦痛だと言うのに、私がそのような事をするはずがない。そりゃあまあ、先日は私もアンガーマネジメントが行き届いていないばかりに少しだけ教育的指導をする羽目にはなりましたが……
とはいえ、なまじ当たらずども遠からずなので噂の払拭も現在難航している。
それに、噂と言うものはそもそもこの学園生活を彩る調味料のようなもの。完全に拭い去るには、新たな噂を立てるしかない。
しかし、今の私にはその噂を流布するだけの力が今回付いていない。
あの雌狸が化けの皮を身に纏い、私をも騙していたダメージがあまりにも大きすぎる。
今回、あのオウムたちはあの吝嗇家優位の噂を広めている。
今までであればもう少し私側にも近寄ってきていたのに今回それが全く無いのは、もしかしたら魅了されてしまっているのかもしれない。
この周回、やけにあのオカチメンコが手強い。
「イグアス」
「はい、お嬢様」
「進捗を聞かせてちょうだい」
帰りの馬車で執事のイグアスに改めて時戻しの奇跡についての情報を求める。
それに対して、彼の顔は何とも渋かった。
「教会を引き続き洗ってはいますが、特段時を戻すことに関しては情報が得られませんでした」
「そう……」
いつもなら、ここで私は烈火の如く怒っていただろう。
なんで何も情報を得られないんだ、この無能め! と。
ただ、この周回は非常に私に対しての風向きが悪い。
もし時を戻す秘術の真相を私が解き明かしたとして、何らかの形で時戻しの道具が破損などしてその機能を永久に喪失してしまったら? または時戻しがスキルの賜物だったとして、そのスキルの保有者を確保することができずに、何らかの要因で死亡させてしまうなどして時戻しが発動出来ない状況に追い込まれてしまったら?
現状の状態で歴史が確定してしまったら。
それだけは許容できない。
「状況は理解しました。恐らくこれ以上の詮索は危険でしょう。手を引きなさい」
「よ、よろしいのですか?」
「仕方ないわ。元より、有るかどうか分からないものですもの。手間をかけさせたわね」
危険だ。
もし教会にあったとして、あのひとでなしがそれを手にしたら?
ろくでなしに時戻しが渡ってしまったら、そうなればその時点で私は詰みだ。そのリスクだけは絶対に取れない。取る訳には行かない。
そうでなくとも聖女なんて、教会とは密接な繋がりがある。切っても切れない、一蓮托生というか、一心同体の関係なのだ。
だからそれだけは、絶対に避けなければならない。
「ただ……一つだけ、手がかりとなるかは分かりませんが、小さな情報がありました」
「……なんですって?」
情報。
今まで何度時を重ねても、得ることの出来なかった情報。
「今から約400年ほど前の話ですが、当時の助祭のうちの一人が時を加速させる固有スキルを保有していたとされる文献が、教会の名簿に載っていました」
「時の、加速」
時戻しではない。
ただし、時を操るスキルだ。その点ではとても似ていると言える。
今まで、そんな情報が出てきたことはただの一度としてなかった。どんな小さな情報であれ、時に関わる物であるのは間違いない。
スキルか。スキルの方なのか!
つまり時戻しは物ではなく、人に紐づいている可能性が高い!
助祭では教会内での位階も半端だから、今まで浮上して来なかったのかも知れない。
これがもし司祭クラスとかであれば、闇ギルドとかを使わずとも私でも今までそこまで至ることが出来ていたかもしれない。
リスクを取った甲斐があった!
「その助祭の名前は?」
「セレリタ・セカンダ助祭。女性です」
「女性……」
女性ということは、独身のまま神にその純潔を捧げている可能性があるか。それとも、どこかでお役御免となり、どこかの家に輿入れしている可能性もあるか。
後者であれば、その血がどこかに今も存在しているかもしれない。その血があれば、遺伝している可能性がある。その400年だかの歴史の中で変質し、時を進めるのではなく時を戻す方向に変わっている可能性がある。
あるいは輿入れこそしていたとしても、親兄弟などの親族からそのスキルが彼女に遺伝していた、と言うケースも有り得る。その場合は彼女ではなく彼女自身の血筋を追うべきだ。親兄弟が時に関わるスキルを持っていた可能性がある。
調べてみる価値は極めて高い。
「でかしたわ、イグアス」
セカンダ家。聞いた事の無い家だ。
苗字があるということは平民ではないということ。つまり貴族の出。
しかしその家の名前を私が知らないということは、諸外国の貴族か、それともどこかで断絶したお家か。
平民であれば追跡は困難を極めていただろう。だが貴族であれば、貴族名鑑等に記録が必ず残っている。つまり辿れる。
「ようやく、手がかりを見つけた……」
ここまで、本当に長かった。
やはり神の御業は、神のお膝元にあったのだ!
もっと早く気付いていれば、この負のループを早く断ち切れたかもしれないというのに。
まあいい。
教会を調べること自体は危険だったが、貴族名鑑程度であれば調べることは容易い上に、安全だ。
もし私が万が一あの賤民に負ける様な事があったとしても、その情報を持ち越せる。
次はその女の事を重点的に調べられる。
この一年、ずっと鬱々としていたが、ようやく私にも光が差し始めた。
私はこのチャンスを逃したりはしない。絶対に。




