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第三章 実はリサーナは魔王を倒すために作られた

 大都市ルナリアの朝は、活気にあふれた市場の熱気と、どこか香ばしい焼きたてパンの匂いで満ちていた。だが、勇者一行が滞在する高級宿屋の一室には、どんよりとした重苦しい空気が漂っていた。「うぅ……頭が割れるように痛ぇ……。おいチョロ勇者……水をくれ……キンキンに冷えた水を……」ふかふかのベッドの上で、銀髪の少女リサーナが頭を押さえながら悶絶していた。ダボついたポンチョははだけ、獣耳はへにょりと力なく垂れ下がっている。昨夜、大都市の高級ワインを樽ごと空けたツケが、二日酔いとなって十二歳の幼い(?)身体を直撃していた。「ほら、お水だよリサーナ。だから言ったじゃないか、いくら強固な体質でもお酒の飲み過ぎは体に毒だって」金髪の勇者アルスが、困り顔で木製のコップを差し出す。リサーナはコップを奪い取るように飲み干すと、「プハァッ!」と豪快に息を吐き捨てた。「ハァ……生き返った。だが能力が一〇パーセントくらいまで落ち込んでる気がするぞ。酒ってのは恐ろしいな、能力がガクンと下がりやがる」「自業自得でしょうが、この呑兵衛小娘!」バン!と音を立ててドアを開けて入ってきたのは、黒髪ショートの魔法使いルナだった。ルナの手には、湯気が立つ特製のハーブティーと、何やら重々しい皮袋が握られている。「言っておくけれど、今日の依頼は街の近郊に出没した『魔王軍の斥候部隊』の調査と撃退よ。二日酔いの足手まといを抱えて行けるほど甘い任務じゃないわ」「はッ、何が足手まといだ。私のこの指一本で」言いかけて強がろうとしたリサーナだったが、急に「ウプッ」と口を押さえて青ざめた。「ちょっと! ベッドの上で戻さないで頂戴ね!?」「だ、大丈夫かいリサーナ!?重戦士さん、気付け薬を持ってきて!」「お、俺に振るなよ!昨日あの小娘に飲み比べで殺されかけたんだからトラウマなんだよ!」朝から大騒ぎの室内。リサーナはうめき声を上げながら、心の中で固く誓っていた。(チッ……酒を飲むと能力が暴落するこの体質、どうにかならんのか。まあいい、今日の作戦も『完全放置』だ。チョロ勇者たちに勝手に戦わせて、私は街の酒場で迎え酒でも)



ガタガタガタッ!!



 その時、客室の窓ガラスが突如として激しく振動した。「――リ~サ~ナ~様ぁ~〜〜ッ!!!」突如として響き渡ったのは、涙と怒りと過保護さが交錯する、凄まじい叫び声であった。バアアアン!!二階の窓ガラスを叩き割り、一人の女性が室内へと躍り込んできた。 黒と白のシスター服に身を包み、手には聖書と特大の清掃用デッキブラシを握りしめた美貌の修道女。教団の残党であり、リサーナの育ての親であるシスター・エリアであった。「な、何だ!?敵襲か!?」アルスが即座に聖剣を構え、ルナも杖を構える。しかし、侵入したシスターは勇者たちなど目に入っていない様子で、号泣しながらリサーナへと突進した。「リサーナ様ぁあああ!またこんな昼間から酒を飲んで、二日酔いで寝込んでいるのですか!?それに何ですかそのはだけた服は!女の子が男の人と同じ部屋でそんな姿をさらすなんて、お母さんは……お母さんは許しませんわよぉおお!」「げぇええええッ!? エリア!!?なんでお前がここにいやがるんだよ!!」リサーナは二日酔いの頭を抱えながら、ベッドの上で飛び起きた。シスター・エリア。教団の残党勢力において「最重要回収部隊長」の肩書きを持つ凄腕の修道女でありながら、その実態は、赤ん坊の頃のリサーナのおむつを替え、離乳食を食べさせ、絵本を読み聞かせた「超が付く過保護な保護者」であった。「知り合いかい、リサーナ!?」アルスが驚いて尋ねると、リサーナは冷や汗を流しながら激しく首を振った。「知らん!完全に知らんヤツだ!誰だお前は!帰れ!」「『知らん』とは何ですか『知らん』とはぁあ!一千年の結晶であるあなた様を、十二年間毎日お風呂に入れて背中を流して差し上げたのは誰だと思っているのですかぁあ!育てたでしょう!!」「部屋で風呂の話をするな恥ずかしいだろッ!!」ポンチョのフードをかぶって真っ赤になるリサーナ。そのやり取りを見ていたルナが、眼鏡の位置を直しながら呆れ果てた声を出す。「……ねぇアルス。敵というより、ただの反抗期に悩む母親と娘の喧嘩に見えるんだけど」「う、うん……僕もそう思う……」「違いますわ勇者様方!」エリアはすっと立ち上がると、涙を拭い、聖書を胸に抱いて真顔になった。その瞳には、一千年の重圧と、深い哀しみが宿っていた。「私は教団の残党……シスター・エリア。そしてこのリサーナ様こそが、我が教団『聖創教団』が一千年の歳月と全種族の血を注ぎ込んで完成させた、魔王討伐のための絶対最終兵器『完成体キメラ・オリジン』なのです!」静寂が、部屋を支配した。



「……完成体……?」



 アルスが呟く。エリアは静かに語り始めた。「一千年前、魔王が世界を滅ぼしかけた時、人類は神に祈りました。しかし神は救ってくれなかった。だからこそ、我が教団は決断したのです。『神が救わぬなら、人間が神を造ればいい』と。ドラゴン、エルフ、ドワーフ、魔族、獣人……あらゆる種族の強靭な遺伝子を掛け合わせ、一千年かけて生み出された奇跡の個体。それがリサーナ様なのです」エリアの言葉に、ルナは息を呑んだ。「全種族の血の融合……だから、あの常識外れの強さ……!」「そうです。リサーナ様は、世界の希望となるべくして生まれた『魔王を殺すための兵器』。しかし……」エリアは再びボロボロと大粒の涙をこぼした。「外の世界に出た途端、酒と飯の味を覚えてすっかりおっさんじみた呑兵衛になってしまわれたのですぅうう!帰ってくださいリサーナ様!教団に戻って規則正しい生活をし、魔王を倒すお勉強をしてくださいぃいい!」「嫌だね!!」リサーナは即座にべーっと舌を出した。「誰がそんな面倒くせぇ運命に縛られるかよ!私はなぁ、美味しいエールを飲んで、極厚のステーキを食って、昼間から温泉に入るために生きてんだよ!教団の地下牢なんて二度とごめんだね!」「リサーナ様ぁああ!酒は一日一合までと決めましたでしょうぉお!」「うるせぇ! 酒をやめるくらいなら世界なんて滅びちまえ!」「なんて極端な言いぐさですかぁあ!」部屋の中で始まる、壮絶(?)な親子喧嘩。ルナはハァと大きな溜息をつき、アルスを見た。「……どうするの、アルス?彼女の正体は、教団が作った人造の兵器だったみたいだけど」アルスはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと歩み寄り、リサーナの頭の上に優しく手を置いた。「え……?」ケンカを中断し、見上げるリサーナ。アルスは、いつもの温かく爽やかな笑顔を浮かべていた。「へぇ……一千年かけて作られた兵器、か。すごい背景があったんだね。でも……僕にとっては関係ないよ」「……何?」「教団が何のために君を作ったとしても、君がどんな血を引いていたとしても、僕にとっては大切な仲間だ。酒好きで、口が悪くて、強くて、ちょっぴり打算的な……十二歳のリサーナちゃんだよ」アルスのサファイアブルーの瞳には、一切の恐怖も疑念もなかった。ただ純粋な包容力と信頼だけが宿っていた。リサーナの胸が、ドクンと小さく跳ねた。オパール色の瞳が揺れる。(な、なんだこいつ……『兵器』だって聞いて気味悪がらねぇのかよ……。教団のヤツらはみんな、私を『道具』としてしか見てなかったのに……)顔が急激に熱くなるのを気付かれないよう、リサーナは慌ててそっぽを向いた。



「べ、別に感動なんてしてねぇし! チョロ勇者が調子に乗るなよ!」



「あはは、顔が真っ赤だよリサーナ」



「うるせぇ! 酒のせいだ! 二日酔いのせいだッ!」



 顔を赤くして暴れるリサーナ。それを見ていたシスター・エリアは、ハンカチをギュッと噛み締めながら、血涙を流さんばかりの顔で叫んだ。「な、なんという包容力……!これが勇者のチョロさ……ううん、光の力ですか!?リサーナ様が、年相応の女の子の顔をなさっている……!?悔しい……!育ての親として、嫉妬で狂いそうですわぁああ!」「勝手に狂ってろエリア!ほら、追いかけてこないで帰れ!」「帰りません!リサーナ様が正しい生活習慣を取り戻し、変な男(勇者)に騙されないよう、保護者としてストーカー……いいえ、追跡を続けますわ!」エリアは窓から再び飛び降り、街の雑踏へと消えていった。「なんなんだあいつは……」疲れ果ててへたり込むリサーナ。ルナは冷ややかな目でアルスを見つめた。「アルス。あなた、さらっと彼女の心格ドメインを攻略したわね」「え? 僕は本当のことを言っただけだけど……」「無自覚な人たらしね、本当に……」ルナは呆れ果てて首を振るのだった。



 その日の午後。シスター・エリアの騒動も落ち着き、二日酔いも(ハーブティーのおかげで)多少和らいだリサーナは、勇者一行とともに街の近郊にある古びた遺跡へとやってきていた。目的は、魔王軍の斥候部隊の撃退である。「気をつけて、アルス。この遺跡からは凄まじい魔族の気配が感じるわ」ルナが杖を構え、慎重に足を進める。遺跡の最深部に到達すると、そこには禍々しい黒いオーラを纏った巨大な魔族『魔王軍・第三軍団将・暗黒騎士ガルヴァ』が待ち構えていた。「クハハハ!来たな勇者アルス!そして……教団の出来損ない『完成体』め!」ガルヴァが巨大な魔剣を掲げ、嘲笑う。「知っているぞ!我らが魔王様はお前の存在を大いに警戒しておられた!しかし、噂によれば酒に溺れ、能力が著しく低下しているとか! 哀れなものだな、一千年の結晶がただの酔っ払い幼女とは!」ガルヴァの言葉に、アルスが聖剣を構えて前に出る。「リサーナを馬鹿にするな!彼女は僕たちの仲間だ!」「ハハハ! チョロい勇者め!死ねぇええ!」ガルヴァが放った暗黒の衝撃波が、アルスたちへと襲いかかる。通常であれば、勇者パーティ全員で連携して戦うべき強敵。だが、後ろに立っていたリサーナは、ハァと大きな溜息をついた。「あー……面倒くせぇ」リサーナは気怠げに前に出ると、アルスの肩をぽんと叩いて横に退けた。



「リサーナ!?」



 「チョロ勇者、お前は下がってろ。昨日の二日酔いの頭痛が、こいつの鬱陶しい高笑いのせいで悪化しそうなんだよ」リサーナはオパール色の瞳を冷たく光らせ、ガルヴァを見上げた。酒を飲んだせいで、能力は普段の三〇パーセント程度まで低下している。だが「三〇パーセントもあれば十分だろ。ゴミ掃除にはな」「ほざくな小娘ぇええ!『暗黒絶命剣』!!」ガルヴァが全魔力を込めた絶大の一撃を振り下ろす。山をも切り裂く暗黒の刃。リサーナは、小さく「ふん」と息を吐くと、だぼついたポンチョの袖から小さな手を出した。パチン。指パッチン(デコピン)。ただそれだけの動作。ズゴォオオオン!!指先から放たれた衝撃波は、ガルヴァの暗黒の刃を紙くずのように粉砕し、そのままガルヴァの巨体を穿ち、遺跡の壁ごと遥か彼方の空へと吹き飛ばしていった。「ガハァアアッ!??ぜ、能力が下がっているのに……この破壊力だとぉおおおッ!???ぎゃあああああーッ!!」天空の星となって消えていく魔王軍の幹部。静寂。一秒。二秒。ルナと重戦士が、白目を剥いて固まっていた。「……ねぇアルス」「なにかな……ルナ……」「能力が下がって指パッチン一撃なら、本気を出したらどうなるのかしら……?」「考えない方がいいと思うよ……夜眠れなくなるから……」一撃粉砕。 正体がバレようが、出生の秘密が明かされようが、彼女が『世界最強』である事実には何一つ変わりがなかったのである。



 その夜。ルナリアの最高級居酒屋。「わっはっはっは!今日の酒も美味いなぁ!店主、おかわりだ!特大ジョッキで持ってこい!」昼間のシリアスな出生の秘密などどこへやら、リサーナは大口を開けて豪快に笑い、特大ステーキにかぶりついていた。その向かいで、アルスは苦笑いを浮かべながらコーラを飲んでいる。「本当に君は……たくましいね、リサーナ」「おうよ! くだらん運命なんぞに縛られてたまるか!私は私の好きなように生きて、好きなように酒を飲むんだ!」リサーナはジョッキを掲げ、ドヤ顔で胸を張った。 そして、いつものようにアルスの胸板をバシバシと叩く。「だからよ、チョロ勇者!お前も私と一緒に、一生美味い酒と飯を食う覚悟を決めろ!魔王なんてさっさと一砲でぶっ潰してやるからな!」「あはは……魔王を一砲で潰すのは頼もしいけど、結婚はやっぱりまだ早いです……」「照れるな照れるな!わっはっは!」打算で始まった関係。「兵器」として生み出された少女と、「勇者」として立つ少年。 だが、重苦しい宿命など吹き飛ばすほどの笑い声とともに、二人の絆(?)は確実に、けれどコミカルに深まっていくのだった。コメディ八割、無双二割。人生初心者の最強少女による打算だらけの英雄譚は、さらなる怒涛の決戦(と大食い宴会)に向けて、加速していく!


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