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第二章 最強すぎて隠せない

 コボルト谷の村での大騒動から数日。 晴れ渡る秋空の下、勇者パーティの一団は、次なる目的地である大都市『ルナリア』へと続く険しい山道を進んでいた。ガタゴトと揺れる馬車の荷台で、リサーナは豪快にあくびを噛み殺していた。「ふあぁあ……あー、怠い。実に怠い。山道なんて歩くもんじゃねぇな。空でも飛んで一瞬で行ければいいんだが」「ダメに決まっているでしょう、そんな目立つこと!」向かいに座る黒髪眼鏡の魔法使いルナが、即座に厳しいツッコミを飛ばす。「いい? 私たちは今、身性を隠して移動しているのよ。前の村であなたが暴れ回ったおかげで、『謎の銀髪幼女の英雄』なんて変な噂が広まりかけているんだから!あなたのその異常な強さは、普通の人々から見れば恐怖の対象にしかならないの。少しは『自分の強さを隠す』という分別を持ちなさい!」「へいへい、分かってますよ眼鏡さん……」リサーナは心底面倒くさそうに耳の穴をほじった。(ふん、言われなくても自分の強さを隠すことくらい、百も承知だっつの。私が欲しいのは『平穏な隠れ蓑』と『タダの酒と飯』なんだからな。目立ちすぎて教団の本部に居場所がバレたり、面倒な国家騎士団なんかに勧誘されたりしたら、昼間から酒を飲む自由がなくなるじゃねぇか)リサーナの頭の中で、速やかに「打算の省エネ計画」が組み立てられていく。(よし、決めたぞ。これからは徹底的に『ちょっと力のある普通の十二歳』を装ってやる。戦闘になっても勇者やあの重戦士の後ろに隠れて、『きゃー、こわいー』とか言っておけばいいんだ。面倒な戦闘は全部勇者に押し付けて、私は戦利品の金で酒を飲む!これぞ完璧な打算!)自分の完璧な打算に、リサーナは満足げに「ニヤリ」と悪代官のような笑みを浮かべた。「あのさ、リサーナ……顔がすっごく悪者っぽくなってるよ?」御者台で手綱を握る金髪勇者アルスが、冷や汗をかきながら苦笑いを浮かべる。「気のせいだチョロ勇者!ほら、前見て運転しろ!崖から落ちたら酒がこぼれるだろ!」「チョロ勇者じゃないってば!もう、本当に口が悪いんだから……あ、でも、リサーナが大人しくしてくれるなら助かるよ。実はこの『竜の喉笛』と呼ばれる山脈は、古代の凶暴な魔物が多数棲息している危険地帯なんだ」「ふーん……」リサーナはあくびをしながら、山道の先にある鬱蒼とした森林を見つめた。(ま、どんな魔物が出ようが、チョロ勇者たちが戦えばいい話だ。私は後ろで『頑張れー(棒読み)』って応援して、終わったら一番美味い肉を食う。今日の作戦は『徹底省エネ』だ!)



 しかし、人生とは得てして打算通りにはいかないものである。山道の中腹に差し掛かった頃、突如として周囲の空間が不気味な紫色の霧に包まれた。馬が怯えて嘶き、ピタリと足を止める。「な、何だこの霧は……!?精霊の脈動が乱れているわ!」ルナが素早く馬車から飛び降り、警戒して杖を構える。アルスと重戦士も剣と大斧を抜き、即座に陣形を組んだ。ズズズ……と大地が激しく揺れ動く。霧の奥から現れたのは、山ほどもある巨大な蜘蛛の姿をした魔物『古代災厄・百眼大蜘蛛ヒュドラ・スパイダー』であった。百を超える赤い複眼がギラギラと光り、口からは触れた岩石を一瞬で溶かす強酸の唾液が滴り落ちている。「なっ……『百眼大蜘蛛』!?なぜこんな危険度S級の災厄モンスターが街道近くに……!?」ルナが絶望的な声を上げる。重戦士も過去のトラウマが蘇ったのか、ガタガタと膝を震わせた。「く、狂暴化している……!誰かが誘導したのか!?アルス、退却を」「逃がさないよ!」アルスが聖剣を掲げ、黄金のオーラを纏う。「僕が時間を稼ぐ!ルナはリサーナと重戦士さんを連れて逃げてくれ!」「アルス、無茶よ!一人じゃ到底太刀打ちできないわ!」「大丈夫! 困っている仲間を見捨てるわけにはいかない!」正義感一〇〇パーセントで巨獣へ立ち向かっていく勇者アルス。一方、馬車の影でその光景を見ていたリサーナは、打算通りに動くべく、超絶ヘタくそな大根役者の芝居を打ち始めた。「わー、こわいなー(棒読み)。勇者様、がんばれー(棒読み)。あー、私には何もできないなぁ、子供だからなぁー(棒読み)」わざとらしく両手を頬に当てて首を振るリサーナ。(よしよし、これでいい。私は『守られる可憐な幼女』のポジションを確保したぞ。あとは勇者が限界まで粘って、適当に追い払ってくれれば)しかし、事態はリサーナの予想を遥かに超えて悪化した。ドガアアン!!「グアアアッ!?」「アルス―――ッ!?」百眼大蜘蛛の巨体から放たれた無数の糸の弾丸が、アルスの聖剣の防御を打ち破り、彼の体を鋭く吹き飛ばしたのだ。アルスは山肌に強く打ち付けられ、聖剣を手放して吐血する。「アルス!させるかぁあ!」重戦士が飛びかかるが、巨大な足の一撃で軽々と壁へ叩き付けられ、即座に気絶。ルナが慌てて大規模な詠唱に入ろうとするが、大蜘蛛の複眼から放たれた怪光線がルナの杖を粉砕した。「くっ……!? 詠唱が……破られた……!?」ルナが地面に倒れ込む。百眼大蜘蛛は勝利を確信したように不気味な鳴き声を上げ、倒れ伏す勇者アルスへとゆっくりと近づいていった。その口から、溶解液がダラダラと垂れ落ちる。「ガアアアアアッ!!」「くっ……ここまで、なのか……!僕の力が、足りないばかりに……みんな、ごめん……!」地面に伏せたまま、悔し涙を流すアルス。それを見ていたリサーナは、馬車の影で盛大に舌打ちをした。「……チッ」(使えねぇぇえええ!!なんで一分も持たねぇんだよあのチョロ勇者ぁああ!完全に負けてんじゃねぇか!)リサーナの脳内で、凄まじい勢いで計算が狂い始める。(ヤバい! このままだとチョロ勇者が食われる!チョロ勇者が死んだら、私の『最高の防犯対策(隠れ蓑)』が消滅する!それどころか、この村の宿代も、今夜飲む予定だった高級エールも、全部パーだ!私の金づるが消える!!)酒代。 飯代。 最高の隠れ蓑。己の欲望と打算がすべて消滅する未来を察知した瞬間、リサーナの頭の中で「省エネ」という概念が完全に吹き飛んだ。



「――おい」



 山道全体を凍り付かせるような、凄まじい低音が響いた。大蜘蛛の巨大な足がアルスを踏み潰そうとした、まさにその一瞬前。ズドオオン!!空間が割れるような爆音とともに、大蜘蛛の巨大な足が「消滅」した。「……ガ!?」何が起きたのか理解できず、巨体を傾かせる大蜘蛛。アルスの前に立っていたのは、ダボついたポンチョのフードを脱ぎ捨てた、銀髪の少女リサーナであった。そのオパール色の瞳は、光を失い、冷酷な絶対者の輝きを放っている。背中には、収納されていた漆黒の竜の翼と、黄金の精霊の光翼が同時に展開されていた。「リ、リサーナ……!? 君、その背中の羽は……!?」倒れ込んだアルスが、目を丸くして息を呑む。倒れているルナも、その光景に言葉を失っていた。リサーナは心底ウザそうに首をゴリゴリと鳴らし、大蜘蛛を見上げた。「面倒くせぇんだよ、クソ蜘蛛が……」「ガアアアアッ!」身の危険を察知した百眼大蜘蛛が、全身の複眼から最大出力の殺人光線と酸の弾丸を一斉に掃射する。山一つを蒸発させるほどの圧倒的な破壊の濁流。だが、リサーナは避ける素振りすら見せなかった。「ハァ……」小さく溜息をつくと、彼女は右手の拳を軽く引いた。全種族融合体キメラ・オリジン。 竜族の肉体強化。魔族の破壊力。エルフの精霊制御。ドワーフの質量変換。獣人の衝撃波。 それらすべての概念を、ただの「パンチ」という単純動作に一瞬で集約させる。「酒と飯の邪魔をする奴は死ね」



バァアン!!



 ただの、一砲。空間が弾けた。 リサーナが突き出した小さな拳から放たれたのは、拳の形をした純粋な「絶対破壊の衝撃波」であった。迫り来る光線と酸の濁流は、一瞬で消滅。 衝撃波はそのまま百眼大蜘蛛の巨体を飲み込み、山道ごと、背後の巨大な山脈の削岩部分を一直線に貫通していった。ズズズズズズズズオオオン!!風が吹き抜ける。煙が晴れた後、そこにあったのは百眼大蜘蛛の跡形もない「空洞」と、山脈に綺麗に穿たれた、直径数十メートルの巨大な「トンネル」であった。山脈の向こう側の青空が、穴を通して見えている。静寂。完全なる静寂が、山道に立ち込めた。一撃粉砕。どころか、地形改変。リサーナは気怠げに拳の煙を「フッ」と吹き消すと、ポンチョの裾を払って振り返った。「ふぅ……面倒くせぇ。おいチョロ勇者、怪我はねぇか?立てるなら早く行こうぜ。山道が通りやすくなったろ?」穴の開いた山脈を指差し、へらへらとドヤ顔で笑う十二歳。アルスとルナは、口を半開きにしたまま、文字通り乾いた開いた口が塞がらない状態で固まっていた。「……ねぇ、アルス」「……なにかな、ルナ……」「私、今……山が一つ穿たれるのを見た気がするんだけど……幻覚かしら?」「うん……僕も、山脈にトンネルが開くのを見たよ……夢じゃないみたいだね……」倒れていた重戦士がうっすらと目を覚まし、穴の開いた山脈を見て「ひえっ」と悲鳴を上げて再び気絶した。最強すぎて、隠せるわけがなかった。隠そうとする打算すら一瞬で吹き飛ぶほどの圧倒的無双に、勇者一行は言葉を失い、ただただドン引きするしかなかったのだった。



 数時間後。リサーナが一撃で開けた「便利すぎるショートカットトンネル」を通って、勇者一行は無事に大都市『ルナリア』に到着していた。都市の立派な冒険者ギルドの高級個室で、勇者パーティの緊急反省会が催されていた。「で? 説明してもらえるかしら、リサーナ?」腕を組み、眼鏡の奥から鋭い目光を飛ばすルナ。その前で、リサーナはソファーに深く腰掛け、高級な干し肉をモシャモシャと噛みちぎりながら、特大のワインジョッキ(アルスに買わせた)をあおっていた。「んぐ、んぐ……ぷはぁあ!うめぇ!やっぱ大都市の酒は一味違うなぁ!おいチョロ勇者、おかわりだ!」「おかわりじゃないよ!リサーナ、君は一体何者なんだい!?」アルスも珍しく真剣な表情で乗り出してきた。「さっきの力……あれは人間の領域を遥かに超えている!ドラゴンや魔王軍の幹部だって、あんな一撃は出せないよ!君は本当に、ただの迷子の子供なのか!?」問い詰められるリサーナ。(チッ……弱ったな。流言飛語で『全種族の融合体キメラ・オリジン』だってバレたら、教団の追手どころか、世界中の研究者や騎士団に追い回されて、酒を飲む時間がなくなるぞ……)リサーナは速やかに「苦しい言い訳(打算)」の脳内構築を開始した。オパール色の瞳を泳がせ、口の周りに肉汁をつけたまま、必死に子供っぽい顔を作る。



 「え、えっとね……! 実は私、生まれた時から『凄く力が強い病気』なんだよ!ほら、火事場の馬力ってあるだろ? あれがずっと出ちゃう体質なのだ!(棒読み)」「病気で山が穿てるかぁああるか!!」ルナが即座にテーブルを叩いて立ち上がった。「馬鹿にするのもいい加減にしなさい!精霊の融合、竜の威圧、空間の歪曲……あらゆる種族の頂点クラスの能力が同時に発動していたわ!あなた、本当は魔王軍の秘密兵器か何かじゃないでしょうね!?」ルナの鋭い指摘に、冷や汗を流すリサーナ。だがその時、アルスがぽんと手を叩き、晴れやかな笑顔を浮かべた。「そうか!分かったぞ、ルナ!」「え? アルス、何が分かったの?」アルスは感動に目を輝かせ、リサーナの手をギュッと握りしめた。「リサーナはきっと……『古代の聖なる精霊の加護を受けし、伝説の勇者の血を引く申し子』なんだね!!」「「は?」」リサーナとルナの声がハモった。アルスは熱弁を振るう。「考えてもごらんよ! 敵を一撃で倒しながらも、僕たちを傷つけないように最小限の破壊(?)で抑えてくれた! そして僕たちがピンチになった時、自分の正体を明かすリスクを冒してまで助けてくれたんだ!それは彼女の心に、真の『勇者の正義』が宿っている証拠だよ!」アルスの超絶ポジティブ&おめでたい勘違いに、リサーナは開いた口が塞がらなかった。(な、なんだこいつ……!?山に穴を開けたのに『最小限の破壊』だと思ってやがる……!どんだけチョロいんだよこの金髪勇者ぁああ!)「そ、そう!その通りなのだチョロ勇者!」リサーナは速やかにアルスの勘違いに乗っかることにした。ドヤ顔で胸を張り、アルスの手を握り返す。「実は私、伝説の勇者の子孫なのだ!普段は力を隠しているが、仲間がピンチになると『うおおお!』って力が出ちゃうのだ!わっはっは!」「やっぱりそうだったんだね!すごいやリサーナ!」感動して涙を流すアルス。それを見ていたルナは、頭痛に耐えるようにこめかみを強く押さえた。「……だめだわ。アルスの脳内変換が重症すぎる……。ねぇ、どう見ても今の言い訳、その場しのぎの嘘でしょ?」「何言ってるんだいルナ! リサーナが僕たちを助けてくれたのは紛れもない事実だよ!彼女は僕たちの最高の仲間だ!」「ハァ……もういいわ。勝手にしなさい……」ルナは諦めたように溜息をつき、手帳に『要警戒:自称・勇者の子孫(物理破壊神)』と書き込むのだった。こうして、リサーナの「最強すぎる正体」は、勇者アルスの極端すぎるお人好しと勘違いによって、間一髪(?)隠蔽されたのであった。リサーナは安心しておかわりのワインを豪快に飲み干すと、酔っ払った勢いでアルスの膝の上に飛び乗った。「ふぃ~! 助かったぞチョロ勇者!礼に、私の『夫』になる権利を今すぐやろう!」「だから結婚はまだ早いってばぁあ!」真っ赤になって叫ぶアルス。 「夜中に騒がないで頂戴!」とツッコむルナ。ソファーの隅でひたすら震えながら干し肉を齧る重戦士。打算で隠そうとした強さが裏目に出るも、結果的に勇者一行の絆(?)は深まり、リサーナの英雄扱いはさらに高まっていくのであった。



 その頃、ルナリアの街の高級料亭の影で、怪しい修道服の女性が泣いていた。「うぐぐ……リサーナ様ぁ……!高級ワインをガブ飲みして、男の膝の上で寝落ちするなんて……!そんな破廉恥な子に育てた覚えはありませんわぁあ!明日は絶対に、栄養バランスの取れたお弁当を持ってお追いかけますからねぇええ!」過保護な保護者・シスターエリアの追跡劇もまた、静かに熱を帯びていくのだった。


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