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第一章 打算だらけの勇者パーティー

 爽やかな朝の光が差し込む街道を、一台の馬車がガタゴトと音を立てて進んでいた。青空の下、風に揺れる街道の樹々を眺めながら、勇者パーティの面々はそれぞれの時間を過ごしている。……はずだった。「ひっく、うぃ~……。おい勇者ぁ、喉が乾いたぞ。冷えたエールを出せ、エールを。喉が砂漠みたいになってんだよ」馬車の荷台で豪快に足を投げ出し、空になった木樽ジョッキを振り回しているのは、銀髪の少女リサーナだった。ダボついたポンチョから覗く十二歳ほどの華奢な体躯とは裏腹に、その口から放たれるのは完全に出来上がった泥酔者の台詞である。「リサーナ、朝の八時から酒を要求しないでよ……。それに、僕たちは今から街道沿いの村に向かう大事な移動中なんだから」御者台で馬のたずなを握る金髪の美少年、勇者アルスが、困り果てた苦笑いを浮かべながら振り向く。「なんだよチョロ勇者、気の利かねぇヤツだな!旅の醍醐味っつったら街道の風を浴びながら飲む朝酒だろうが!気が利かねぇ男はモテないぞ!」「チョロ勇者って呼ばないで!?僕にはアルスっていう立派な名前があるんだから!」「うるさいわね、静かにしなさい呑兵衛小娘!」馬車の対面に座っていた黒髪ショートの魔法使いルナが、ぴくぴくと眉を吊り上げて持っていた魔導書を叩きつけた。眼鏡の奥の瞳から、氷のような冷気が放たれている。「いい? アルスが甘い顔をするから調子に乗るのよ。第一、私たちは『人身売買組織の摘発』と『魔物の討伐』という、領主から受けた重要な依頼の途中なの。酒代を稼ぐために旅をしてるんじゃないのよ!」「はッ!堅苦しいこと抜かしてんじゃねぇよ眼鏡!依頼だろうがなんだろうが、要は金を稼いで美味いものを食うための手段だろうが!目的と手段を履き違えるんじゃねぇ!」「なっ……! 私は『世界平和のために勇者をサポートする』という高尚な目的で動いているの!一緒にしないで!」ギャーギャーと叫び合う十二歳のおっさん少女と眼鏡の魔法使い。その横で、昨日リサーナに指二本で制圧され、さらに飲み比べで完敗した重戦士の男は、縮こまりながらひたすら影を薄くしていた。(あ、恐ろしい……。あの小娘、見た目は子供なのに、放つ殺気と酒の強さが完全に化け物だ……。刺激しないでおこう……)リサーナは「ふんっ」と鼻を鳴らし、豪快に腕を組んだ。(まったく、堅物眼鏡め。私がこのパーティに潜り込んだのは、教団のしつこい残党から逃げるための『最高の防犯対策』であり、このお人好し勇者の財布から美味い酒と飯を奢ってもらうためなんだよ!危険な依頼だろうが何だろうが、金と酒になるなら利用してやるまでだ!)リサーナの頭の中は、一〇〇パーセントの打算と欲望で満たされていた。



 馬車が目的地の村『コボルト谷の村』に到着した頃には、陽は高く昇っていた。しかし、村の雰囲気は異様なほどに重苦しかった。人通りはまばらで、家々の窓は固く閉ざされ、住民たちは怯えたような視線を馬車に向けている。「……ひどい有様だな。まるでゴーストタウンだ」馬車を降りたアルスが、周囲を見回しながら眉をひそめる。そこへ、腰の曲がった村長らしき老人が、杖をつきながらガタガタと震えて駆け寄ってきた。「おお……!あなた様が噂の勇者様でございますか!お助けください!この村は今、危機に瀕しているのです!」「村長さん、落ち着いてください。一体何があったのですか?」アルスが優しく老人の肩を支える。老人は涙を流しながら訴えかけた。「実は……近くの鉱山に巣食った『地竜グランド・ドラゴン』と、それに合流した盗賊団が結託し、村の若い者や子供たちを次々と連れ去っているのです!領主様に救援を頼みましたが、賞金首のドラゴン相手では誰も腕利きの冒険者が集まらず……このままでは村が滅びてしまいます!」「人身売買組織の正体は、盗賊団と地竜の結託だったのか……!許せない、子供たちを奪うなんて!」アルスが正義感に燃えて拳を強く握りしめる。その横で、リサーナはあくびを噛み殺しながら、心底興味なさそうに耳の穴をほじっていた。(あー……面倒くせぇ。ドラゴンだか盗賊だか知らんが、そんな治安の悪い場所に行ったら酒が不味くなるじゃねぇか。適当に勇者に戦わせて、私は後ろで昼寝でも)そう思っていたリサーナだったが、村長の口から飛び出した次の言葉に、ピクリと獣耳を跳ねさせた。「もし……もしあの地竜と盗賊団を退治していただけるなら!村の全財産である『賞金・金貨五百枚』をお支払いします!さらに……この村特産の『熟成一〇〇年ものの伝説の秘酒』と、特産の『極上熟成の短角牛の霜降り肉』を浴びるほど振る舞いましょう!!」



ズキュゥウウン!!



 リサーナの脳内で、雷が落ちたような衝撃が走った。(き、金貨五百枚……!? さらに……熟成一〇〇年の秘酒に……霜降り肉だとぉおおお!?)それまで死んだ魚のような目をしていたリサーナのオパール色の瞳が、一瞬でギラギラとした欲望の黄金色に輝いた。 熟成一〇〇年の秘酒。それは教団の地下牢に閉じ込められていた頃、歴史書で読んだことのある伝説の銘酒だ。一杯飲むだけで天界へ上るような芳醇な香りが広がるという、酒飲みにとっては至高の聖宝!(食いたい!飲みたい!欲しい!!金も酒も肉も全部私のものだぁあ!!)リサーナは即座に打算のスイッチを切り替えた。ガバッとアルスの腕に飛びつき、涙目で叫ぶ。「勇者様ぁあ!大変だ!子供たちが連れ去られて泣いてるんだぞ!そんな悪党、絶対に許しちゃ置けないよぉお!(酒と肉が逃げちまう!)」「リサーナ……!君はなんて優しい子なんだ!見た目は生意気だけど、やっぱり心は清らかなんだね!」アルスは感動でボロボロと涙を流し、リサーナの手を強く握り返した。「よし! すぐに鉱山へ向かおう!村の皆さんと子供たちを救うんだ!」「おうよ!一刻も早く(酒と肉のために)ぶっ潰しに行くぞー!」拳を突き上げる十二歳と金髪勇者。その背後で、魔法使いのルナが冷ややかな視線を送っていた。「……ねぇアルス。あの子、今あからさまに『秘酒』と『霜降り肉』って単語に反応していたわよ。騙されないで」「そんなことないよルナ!リサーナは純粋に村を心配してるんだ!」「チョロすぎるわ、この勇者……」ルナは盛大なため息をつき、頭を抱えるのだった。



 村の裏手に聳え立つ薄暗い鉱山。その洞窟の奥深くに、盗賊団のアジトが存在していた。 洞窟の開けた大空間には、檻に入れられた村の子供たちと、奪われた財宝が積み上げられている。そしてその中央には、体長十五メートルを超える巨大な岩肌の巨竜『地竜グランド・ドラゴン』が、不気味な咆哮を上げて鎮座していた。「ガハハハ! 勇者一行だと!?餓鬼と女と青二才で俺様たちに挑もうとは笑わせるぜ!」盗賊団の首領が長剣を掲げて嘲笑う。周囲を囲む百人近い悪党どもも、一斉に下品な下衆笑いを上げた。「アルス、敵の数が多いわ!私が範囲攻撃魔法で牽制するから、あなたは地竜を」ルナが速やかに状況を分析し、指示を出そうとした、その時であった。「おい」地響きのような、低く冷たい声が洞窟内に響き渡った。声の主は、リサーナだった。普段のおっさんじみた笑顔も、子供っぽいウソ泣きも消え去り、そのオパール色の瞳には、冷酷で圧倒的な「殺意」だけが宿っていた。「お前らか? 私の『一〇〇年ものの熟成秘酒』と『極上霜降り肉』の提供を遅らせているノロマどもは」「あぁん? 何を言っていやがるこの餓鬼」「面倒くせぇんだよ。酒が冷めるだろ」リサーナはだぼついたポンチョの腕をだらりと下げ、気怠げに一歩踏み出した。次の瞬間、世界の法則が崩壊した。



ドンッ!!



 爆発音すら遅れて届く超絶的な踏み込み。リサーナの姿が一瞬で消失した。次の瞬間には、体長十五メートルを超える巨大な地竜の脳天の上に、彼女の小さな足が乗っていた。「ガ……!?」地竜が事態を理解する暇すら与えない。リサーナは竜の角を掴むと、竜族の怪力と、ドワーフの強靭な背筋、そして獣人の跳躍力を同時に全開にした。「邪魔だと言っているんだよォオオオ!!」ズッバアアアン!!「「「「カハッ!???」」」」一四二センチの少女が、十五メートルの超巨大な巨竜の尻尾を掴み、まるで手拭いを振り回すかのように豪快にぶん回したのだ。風切り音どころではない。空間が歪むほどの暴風が洞窟内に吹き荒れる。 ぶんぶん回される地竜の巨体が、周囲の盗賊たちをまとめて薙ぎ払い、壁や岩肌へと次々と叩き付けられていく。「ぎゃあああ!? なんつー腕力だぁああ!?」「竜が……竜が人間を振り回してるぅうう!?」「助けてくれぇえええ!」「わっはっはっは!邪魔だ邪魔だぁあ! 酒と肉を持ってこい!!」大口を開けて高笑いしながら、巨大なドラゴンをハンマーのように振り回してアジトを全壊させていく十二歳の少女。わずか三十秒。洞窟内を埋め尽くしていた百人の盗賊団と、最恐の地竜は、壊滅的な全滅を遂げて床に転がっていた。静寂が戻った洞窟内。リサーナは何事もなかったかのように地竜の頭から飛び降りると、ポンチョについたホコリをパンパンと払った。「ふぅ、一汗かいたな。おい勇者、檻の鍵を外して子供たちを助けろ。私は喉が乾いたから先に村へ戻ってるぞ」そう言って、ケロリとした顔で洞窟の外へと歩き出すリサーナ。その背中を、勇者パーティの面々は白目を剥きながら見送るしかなかった。「……ねぇ、アルス」「な、なにかな……ルナ……」「私たち……何か仕事したかしら?」「ううん……僕たち、ただ立ってただけだね……」重戦士に至っては、「俺、もう冒険者辞めようかな……」と隅っこで膝を抱えて泣き出していた。打算一〇〇パーセントで動いた圧倒的無双。しかし、檻から救出された村の子供たちの目には、その姿はまるで「自分たちを救うために颯爽と現れ、悪を瞬殺した可憐な英雄」として映っていたのだった。



 その夜。コボルト谷の村では、盛大な復興と感謝の宴が催されていた。「英雄様に乾杯だぁあああ!!」「「「乾杯―――ッ!!」」」広場の中央で、リサーナは特大の木樽ジョッキを両手で掲げ、豪快に黄金色の液体を喉へと流し込んでいた。「ぐはぁああっ!!う、美味い! うますぎるぞこの『熟成一〇〇年の秘酒』はぁあ!芳醇な香りが脳天を突き抜けるようだ! 店主、おかわりだ! 樽ごと持ってこい!」口の周りに泡をつけ、大口を開けて笑うリサーナ。その前には、山のように積まれた『極上熟成短角牛の霜降り肉』の骨付き肉が転がっている。すでに五人前を平らげ、六人目に突入していた。「リサーナちゃん! 本当にありがとう!君のおかげで村の子供たちが戻ってきたよ!」「なんて強くて優しいお姉ちゃんなんだ!」「一生の恩人です!」村人や子供たちが、感動の面持ちでリサーナの周りに集まり、次々と感謝の言葉を投げかける。「おう!礼なら肉と酒でいいぞ!わっはっはっは!」豪快に笑うリサーナの姿を見て、離れた席でスープを飲んでいた勇者アルスは、温かな微笑みを浮かべた。「ほらね、ルナ。リサーナは『酒と肉が欲しい』なんて乱暴なことを言っていたけど、本当は村の子供たちを救うためにあんなに一生懸命戦ってくれたんだ。自分の手柄を誇らず、酒と肉を美味しく食べることで村人に気を遣わせないようにしている……なんて優しくて奥ゆかしい子なんだろう!」「……はあ?」アルスの斜め上のポジティブ解釈に、魔法使いのルナは呆れ果ててスプーンを取り落とした。「アルス、目薬差す?脳の精密検査受ける?あの小娘の行動原理の九十九・九パーセントは純粋な強欲と食い意地よ!?どこをどう解釈したら『奥ゆかしい』になるのよ!?」「そんなことないよ!見てごらん、あの嬉しそうな顔!誰かのために戦って、みんなで囲むご飯が美味しいからあんなに笑ってるんだよ!」「ダメだわ……この勇者、手遅れなレベルでお人好しだわ……」ルナが頭を抱えていると、お腹いっぱいに肉を詰め込み、秘酒を数樽空けて完全に酔っ払ったリサーナが、千鳥足でアルスの元へとやってきた。「ふぃ~……食った食った! 美味かったぞチョロ勇者!この村は最高の村だな!」「よかったね、リサーナ。君が活躍してくれたおかげで、村に平和が戻ったよ。君は本当の英雄だ」アルスが爽やかな笑顔で褒めたたえると、リサーナはヒックと小さなシャックリを上げ、アルスの胸板に抱きついた。「へへっ……そうだろ?私は強いんだぞ。だからな……約束通り……」すりすりと甘えるように頬を擦り寄せる十二歳の少女。その可憐な仕草に、アルスは不覚にも顔を赤くして狼狽する。「え、えっと……リサーナ? 約束って……?」リサーナはオパール色の瞳を半目にしてニヤリと悪い笑みを浮かべると、大音量で叫んだ。「魔物を倒して村を救ったんだから!約束通り、私と結婚しろぉおおお!!」「だからなんでそうなるの!? 前向きすぎるでしょ!?」アルスは盛大にひっくり返り、真っ赤になって絶叫した。ルナは冷ややかな目でジト目を向け、氷のような声でツッコむ。「……はいはい。案の定、最後は結婚ネタね。アルス、言っておくけど、この小娘を野放しにしたら、あなたの全財産と貞操が魔王討伐前に消滅するわよ」「そんなぁああ!? 助けてルナぁああ!」「知らんわ。自業自得よ」頭を抱える勇者、叫ぶアルス、冷たく突き放す魔法使い、そして「わっはっは! 勇者の妻になれば一生タダ酒だぁ!」と大笑いしながら酔い潰れてアルスの膝の上でスヤスヤと眠りにつく最強の十二歳。



 打算と欲望からはじまった行動が、結果的に村を救い、英雄として称えられてしまう不条理。世界最強の混血児リサーナによる、勘違いと大暴走の旅路は、こうして賑やかに一歩を踏み出したのだった。その頃、村の外れの暗がりから、その狂乱の宴を涙目で覗き込む人影があった。「うぅ……リサーナ様ぁ……!またそんなに酒をお飲みになって……!まだ十二歳なのですから、お酒は体に毒ですとあれほど教えたのに……!育ての親として、絶対に正しい生活習慣を取り戻して見せますわぁあ!」教団の修道服を着たシスターが、ハンカチを噛み締めながらシクシクと泣いていた。彼女こそ、教団の残党でありながら、リサーナを赤ん坊の頃から育てた完全な「過保護な保護者」シスター・エリアであった。最強の少女を巡る、更なる大混乱の予感を孕みながら、夜宴の狂騒は深まっていくのだった。


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