序章 勇者を利用しろ!
木製の重厚なテーブルに、豪快な音を立てて巨大な木製ジョッキが叩きつけられた。ドスン、という鈍い衝撃とともに、なみなみと注がれていた琥珀色の液体が波打ち、綿あめのような白い泡がテーブルの上へと溢れ出す。「わっはっはっは!相変わらず世間の酒は美味いのぉ!店主、おかわりだ!早くしろ、喉が乾いてカラカラなんだよ!」豪快な高笑いを響かせたのは、小さな体躯の少女だった。ダボついた大きめのポンチョに身を包み、深くかぶったフードの隙間からは、ぴんと立った愛らしい獣の耳と、光の加減でオパール色に輝く銀髪が覗いている。頭頂部には目立たない小さな角が生えており、そのシルエットはどう見ても十代前半。それもせいぜい十二歳程度の小柄で華奢な少女そのものであった。しかし、その小さな手で軽々と握られているのは、大の大人が両手で抱えるような特大サイズの木樽ジョッキである。「り、リサーナちゃん、飲み過ぎだよ……。冷や汗が止まらないよ。それに君、どう見てもまだ十二歳くらいだろ? 昼間からそんな大ジョッキを十杯も空けるなんて、体に毒だし、何よりウチの店の教育上よろしくないんだけど……」カウンターの奥で、ひげ面に冷や汗をたっぷり浮かべた店主が、へらへらしながら慎重に声をかけた。だが、少女リサーナは、豪快におっさんじみた動作で鼻で笑い、ぐっと腕を組んでみせる。「うるせぇな! 酒を飲むのに年齢だのなんだの細かいことを抜かすんじゃねぇ!金ならあるんだ、金ならな!ほら見ろ、教団の地下金庫からぶんどってきた無記名債券と、ぎっしり詰まった換金ゴールドだ!宵越しの金は持たねぇのが粋ってもんだろ!さあ、冷えたエールと、一番でけぇ極厚ステーキを持ってこい!遠慮はいらん、おかわりだ!」「ひえぇ! またあの怪しい金貨を出した……!分かった、分かったからそんな大声で怒鳴らないでくれ!」店主は悲鳴を上げながら、慌ただしく奥の厨房へと走っていく。その背中を見送りながら、リサーナは喉を鳴らして「プハァ!」と豪快に息を吐き出した。うまい酒を口にした瞬間、フードの下の獣耳がピクピクと嬉しそうに跳ねる。リサーナ。その正体は、かつて一千年の昔に世界の大部分を滅ぼしかけた魔王に対抗するため、暗躍する怪しい宗教組織『聖創教団』の手によって生み出された人造の兵器『全種族の完全融合体』である。
一千年間、神に頼ることを放棄した人間たちが「神を超える人造の神」を造り出すべく重ねた狂気の研究。竜族の圧倒的な生命力と肉体美。エルフ族の絶大な魔力と精霊の加護。ドワーフ族の強靭な骨格と鍛冶の才。魔族の禍々しくも破壊的な暗黒魔術。獣人族の凄まじい野生の勘と身体能力。ありとあらゆる種族の血と遺伝子を掛け合わせ、限界突破レベルで融合させて完成した、文字通りの「史上最強の生物」。それが彼女であった。教団の地下施設で過ごした十二年間、彼女はただ「世界を救う兵器」として過酷な実験と訓練に明け暮れていた。外界の存在すら知らず、感情すら持たぬ殺戮マシンとして育てられるはずだった。……しかし、十二年目の結界の破れ目から偶然外の世界へ脱走し、近所の酒場に忍び込んで初めて「エール」なる麦の酒を一口飲んだ瞬間、彼女の人生観は一千年の歴史ごと爆破されたのである。
『……うめぇ。なにこれ、世界最高じゃねぇか!!』
その日以来、リサーナの頭から「教団」も「世界の危機」も完全に消破した。教団の幹部たちが「お前は世界を救う希望の光だ!」と熱弁を振るっても、リサーナは「酒飲みたい」の一点張り。「外に出てはいけない!」と扉を閉ざされれば、「じゃあ壊す」とあっさり教団の本拠地を半壊させ、地下金庫から大量の財宝を奪い取って大空へと飛び去ったのだ。最強の生物でありながら、中身は酒と美味い飯と温泉と祭りに魅せられた、完全に人生初心者のおっさん系呑兵衛。教団が課そうとした過酷な運命など、冷えたエールの一滴ほどにも価値を感じていないのだった。
ガツン!
焼き立ての極厚ステーキと新しい大ジョッキが運ばれてくると、リサーナは豪快に肉に噛み付いた。肉汁が溢れ、絶妙な塩加減が口いっぱいに広がる。「う、うめぇえええ! なんだこの肉は! ジューシーすぎて頭がどうにかなりそうだぞ!酒だ、酒を持ってこい!」大口を開けて「わっはっはっは!」と笑いながら肉を食らい、酒をあおる十二歳。周囲の冒険者や客たちは、その可愛らしい容姿と、溢れ出る圧倒的な威圧感(と、おっさんじみた所作)の凄まじいギャップに引きつった笑いを浮かべるしかなかった。しかし、その和やかな酒場の静寂は、唐突に破られることとなる。
バガァアン!!
豪快な音を立てて、酒場の重厚な木の扉が蹴破られた。木くずが舞い散る中、白い聖衣の上に漆黒の鎧を纏った一団が、ギラギラとした殺気を撒き散らしながら雪崩込んでくる。「そこまでだ、リサーナ様!我らが教団の最高傑作、至高なる『完成体』をお連れ戻しに参った!」首領格の男が長剣を抜き放ち、リサーナを指差し叫んだ。酒場の客たちが悲鳴を上げて一斉に隅へと逃げ惑う。店主は恐怖のあまりカウンターの下へと丸まり、ガタガタと震え出した。だが、当のリサーナは、肉を口にくわえたまま、心底面倒くさそうに片目を細めただけだった。「あー……また来たのかよ、しつこい残党どもめ。せっかくの美味い肉と酒がまずくなるじゃねぇか」「戯言を!教団を裏切り、資金を強奪して酒場を連日飲み歩くなど、神への冒涜!否、お命までは頂戴せんが、手足を折ってでも地下牢へ連れ戻す!」「酒飲んでるから帰れって言っただろ。ノックもしねぇで扉壊しやがって……礼儀ってものを習わなかったのか?」「問答無用! 押さえつけろ!」教団の刺客たちが一斉に踏み込んでくる。数にして十数人。いずれも一国の精鋭騎士を上回る熟練の精霊騎士たちだ。踏み込む足取りには一切の隙がなく、最前線の男の剣が、鋭い風切り音を立ててリサーナの華奢な首筋へと振り下ろされた。死。誰もがそう確信した瞬間。リサーナは、左手に肉を持ったまま、右手の空いた指先を気怠げに『フッ』と一閃させた。カチ、と小さな音が響く。直後、教団員の男は自分の視界が、なぜか急速にクルリと回転しながら床へと落ちていく感覚を覚えた。(……あれ? なんで俺の視界は地面に落ちているんだ? なんで首から下が、まだ剣を振り下ろした姿勢のまま立っているんだ……?)
ドサリ。
男の首が音もなく胴体から滑り落ち、床を転がった。遅れて、切断面から大量の血が噴き出し、床を赤く染めていく。リサーナが放ったのは、指先から放たれた目視不可能なほど極薄に凝縮された精霊魔力の刃。竜族の圧倒的な魔力出力と、エルフ族の超精密な魔術制御が組み合わさった、回避不可能な絶対の一撃である。「「「な……ッ!?」」」踏み込もうとしていた残りの刺客たちが、恐怖で氷付いたように足を止めた。リサーナは何事もなかったかのように、肉をゴクリと飲み込むと、空になったジョッキをカウンターへとポンポンと叩く。「ああー、せっかくのいい酒に血の匂いが混ざっちまったじゃねぇか。最悪だ。……おい店主、おかわり。あと、この転がってる首なし死体の掃除もしておいてくれな」「ひぃいいいいいッ!?む、無理だよリサーナちゃん!掃除なんてできないよぉおお!」カウンターの下から店主の絶叫が響き渡る。一瞬にして敵を首切断で屠りながら、何食わぬ顔で酒のおかわりを要求する十二歳の少女。その圧倒的な冷酷さと、あまりにも異常なマイペースさこそが、彼女が『世界最強の生物』たる所以であった。リサーナは残りの刺客たちを「ジロリ」とオパール色の瞳で見つめ返した。それだけで、空間の圧力が一変する。無数の竜の咆哮と、死のオーラが残党たちの精神を直撃した。「ヒッ……! ひ、怯むな!相手はまだ十二歳の小娘……ぎゃあぁあああ!?」リサーナが面倒くさそうに息を「吹く」だけで、爆風が巻き起こり、残党たちは酒場の壁を突き破って屋外へと吹き飛ばされていった。街の彼方へと消えていく悲鳴を聞きながら、リサーナは深いため息をつく。「ハァ……ダメだ。これじゃあ落ち着いて酒も飲めねぇ」リサーナは懐から無記名債券の束を取り出し、ガタガタ震える店主の頭の上にぽんと置いた。「壊れた扉と床の修理代だ。取っとけ。……チッ、教団のしつこい残党どもを撒くには、何か根本的な対策が必要だな」教団の追手を完全に防ぎ、自分は安全な場所で誰にも邪魔されず、美味しい酒と高級な飯を食べ続ける。そんな都合の良い、最強の防犯対策兼居酒屋のような『隠れ蓑』はないものか。リサーナは顎を触りながら、夜のとばりが降りた街へと繰り出していった。街のハズレにある馬小屋。香ばしい藁の匂いが漂う中で、リサーナは大の字になって寝転がりながら夜空を見上げていた。「世界最強の生物、ねぇ……。ドラゴン、ドワーフ、エルフ、バンパイア、獣人……数え上げたらキリがねぇ。この世に私の体に流れてねぇ血はねぇんだ。そりゃあ負けるはずがねぇわな……ぐぅ」むにゃむにゃと口を動かし、早くも泥のように眠りこけようとしていた、その時であった。
「君、こんなところで寝ていたら危ないよ」
通りから、透き通るように爽やかで、それでいて正義感に満ち溢れた美しい声が響いた。 リサーナが寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げると、そこには眩いばかりの光光しさを纏った一団が立っていた。中心にいるのは、輝く金髪とサファイアのように澄んだ青い目を持つ美少年だ。シルバーの軽甲冑にゴールドのラインが施された、いかにも「絵に描いたような勇者」の装備に身を包んでいる。その隣には、黒髪ショートカットに眼鏡をかけ、凛とした知的な雰囲気を漂わせる魔法使いの少女。後ろには、茶色のひげを蓄え、巨体に見合った巨大な大斧を背負った重戦士の男が立っていた。「最近、この周辺では子供を狙う悪質な人身売買組織が出没しているんだ。君、家はどこだい?一人でこんな所にいたら連れ去られてしまうよ」金髪の少年、勇者アルスは、親身になってリサーナの前に膝をつき、優しく微笑みかけてくる。(……ん? こいつ、どこかで見たことがあるぞ……。そうだ、酒場の貼り紙にあった『魔王討伐の旅に出た期待の新人勇者』とかいう奴じゃねぇか?)リサーナの頭の中で、爆速で打算の計算盤が弾かれ始めた。一、勇者一行は国の正式な機関であり、世間の注目を集めている。つまり、彼らのすぐ近くにいれば、闇に潜む教団の残党どもはおいそれと手出しができない。二、勇者という生き物は、往々にして全自動お人好し機械である。適当に困ったフリをすれば、宿代も飯代も酒代も全部奢ってくれるに違いない。三、魔王討伐という大義名分についていけば、世界中の美味い酒場や温泉街を合法的に巡ることができる!(決まりだ……! 勇者の隣こそが、教団からの追手を防ぐ『最高の防犯対策』であり、一生タダで食いぶちにありつける『超絶優良居酒屋』だ!!)方針が固まるや否や、リサーナは即座にウソ泣きのスイッチを入れた。オパール色の瞳をうるうると濡らし、フードをギュッと抱きしめながら、子犬のように小さくなってアルスを見上げる。「えっ……えっと……私、お父さんもお母さんもいなくて……身寄りも、行くあてもないの……。毎日お腹がペコペコで、寒くて……」「そんな……! なんて痛ましいことだ……!」アルスは一瞬でボロボロともらい泣きを始めた。超お人好しの心が大炎上している。「大丈夫だよ!僕たちが君を守る!よし、僕たちの旅に――」「ちょっと待ちなさい、アルス」感極まってリサーナの手を取ろうとした勇者を、黒髪眼鏡の魔法使いがピシャリと制した。鋭い目つきで眼鏡のブリッジを押し上げ、リサーナを上から下へと冷酷に観察する。「私たちの旅は魔王討伐よ。遊びでもボランティアでもないわ。いくら可哀想だからといって、どこから来たかも分からない足手まといの子供を連れて歩く余裕なんてないわ」「でも、ルナ!放っておけるわけがないじゃないか!」「ダメなものはダメよ。情に流されてパーティ全体を危険に晒す気?」魔法使い、ルナの冷淡な正論に、リサーナの胸中で「全種族の最強の血」が盛大にイラッと跳ね上がった。(んだとコラ眼鏡! 足手まといだぁ?お前より遥かに強ぇし、お前の使ってる精霊魔法の開祖の血だって私に流れてんだぞバカヤロー!)心の中で激しく毒づくリサーナだったが、表向きは「うぅ……足手まといにはなりたくないです……」とさらにシナを作ってみせる。すると、後ろに控えていた巨体の重戦士が、豪快に腹を叩いて爆笑した。「ガハハハ!魔法使いの言う通りだぜ、アルス!こんな細っこいお嬢ちゃんじゃ、俺たちの荷物持ちすら務まらねぇ!カラスに突かれて終わりだ!大人の足引っ張ってねぇで、孤児院にでも行ってな!」「荷物持ち、ねぇ……」リサーナはすまし顔で立ち上がると、ポンチョの裾についた藁をパンパンと払った。そして、可愛らしく小首を傾げながら、重戦士の前に歩み寄る。「じゃあおじさん、ちょっと力比べと行こうじゃねぇか」「あぁん? 力比べだぁ?ガハハ! 面白い、俺の『巨岩割りの大斧』を指一本で押してみるか?怪我しても知らんぞ!」重戦士はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべると、見せしめと言わんばかりに背中の巨大な大斧を引き抜いた。大人の胴体ほどもある巨大な鉄の塊だ。それを両手で掲げ、リサーナの頭上へ向けて、風を切るような勢いで振り下ろす!もちろん、寸止めして脅かすつもりだったのだろう。だが、リサーナは避けることも、怯むこともしなかった。ただ、小さく華奢な右手から、すっと二本の指、人差し指と中指を突き出しただけだった。
カツン。
夜の馬小屋に、拍子抜けするほど軽い音が響いた。「……あ?」重戦士の笑い顔が固まった。振り下ろされた大斧の刃先が、少女の小さな二本の指によって、完全に制止されていたのだ。ミリ単位すら動かない。まるで世界そのものが固定されたかのように、巨大な鉄の塊が、少女の指先の上で停止している。「な……ッ!? こ、俺の全力の一撃が……指二本で……だと……っ!?」ゴゴゴゴゴ……!次の瞬間、リサーナの背後から、目に見えるほどの凄まじいオーラが立ち昇った。巨大な竜の影、精霊の閃光、魔族の暗黒、獣の咆哮、全種族の頂点に立つ絶対的な圧力が、重戦士の全身を押し潰す。「ひっ……!? ひぃいいいッ!?」重戦士は膝から崩れ落ち、大斧を取り落とした。全身から滝のような冷や汗を流し、恐怖で歯をガチガチと鳴らしてガタガタ震えている。眼鏡の魔法使いルナも、驚愕のあまり持っていた杖を取り落としそうになり、目を見開いて叫んだ。「な、なに今の力!?魔法じゃない……純粋な物理的強度と魔力障壁の融合!?あり得ないわ、そんな芸当、人間どころか高等エルフやドラゴンでも不可能なはず……!」「ふん、この程度の腕でよく荷物持ちだのなんだのと吠えられたもんだな」リサーナは指先をふっと吹き、ドヤ顔で胸を張った。「よし! 約束通り、このパーティーに入れてもらうからな!」「き、君……一体何者なんだ……!?」呆気にとられる勇者アルス。リサーナはアルスの前に歩み寄ると、ニヤリと打算に満ちた笑みを浮かべ、頭の中で弾き出した「最強の防犯対策(本音)」をそのまま口からぶち撒けた。
「そして勇者! 俺と結婚しよう!」
「……はい!?」
勇者アルスは、聖剣を握りしめたまま、人生で見たこともないような間抜けな顔で固まった。魔法使いのルナも、ジト目どころか目を極限まで見開いてリサーナを指差す。「ちょっと待ちなさい!さっきまで『身寄りがない』とか『世界の役に立ちたい(嘘)』とか言っていたのに、なんでいきなり結婚なのよ!?支離滅裂でしょ!本音と欲望が隠せてないわよ!」「うるせぇな! 国の英雄である勇者様の『妻』って肩書きがあれば、私を追ってくるしつこい連中(教団)だっておいそれと手出しできねぇだろ!つまり最高の防犯対策ってわけだ!わっはっは!」「本音がだだ漏れすぎでしょ!!防犯対策で結婚するヤツがあるか! そもそも君、見た目はまだ十二歳くらいじゃないの!?」「年齢なんて関係ねぇだろ!愛と打算に国境はねぇんだよ!」狼狽して赤面しながらタジタジと後ずさるアルスに対し、リサーナは悪代官のようなニヤケ顔で一歩詰め寄る。「なんだぁ? 勇者様のくせに、魔王を倒す前に女一人養う覚悟もねぇのか?チョロい顔して意気地なしだな!」「く、覚悟はあるよ! 困っている人は全員助けるって決めてる!でも、結婚は話が別だし、僕たちには魔王を討伐するという重大な使命が――」「じゃあ、魔王を倒したら結婚しよう!」「そういう問題じゃないってばぁあああ!?」頭を抱えて絶叫する勇者アルス。「だから言ったでしょうアルス、この小娘は一番タチの悪い爆弾よ……」と頭痛に耐えるように眉間を押さえる魔法使いルナ。指二本で制圧されたショックと恐怖で、床で白目を剥いて気絶している重戦士。(よし、決まりだな!魔王討伐っていう大義名分に乗っかっていれば、教団の追手から逃げ切れる。防犯対策も完璧、あとはこのチョロい勇者の財布を当てにして、一生美味い酒と飯にありつくだけだ!)リサーナは心の中でガッツポーズを決めた。
その日の夜。村の宿屋に併設された酒場で、早くも宴(?)が催されていた。「ぐ、ぐぬぬ……! ま、まさかこの俺が、あの特大木樽生ビールを三十杯も空けさせられるとは……ッ!恐れ入ったぜ、お前……一体どんな底なし胃袋をしてやがるんだ……ぐへぇ」ガクン、とテーブルに頭を叩きつけ、泡を吹いて完全に沈没する重戦士。その隣で、リサーナはけろりとした顔のまま、最後の一滴まで美味しそうに飲み干すと、大ジョッキをテーブルに叩きつけた。「ふはぁー! 美味かった!いやぁ、この村の酒もなかなかいい喉越しじゃねぇか! おい店主!おかわりと、干し肉と温泉たまごの追加頼むぞ!」「は、はいぃっ! すぐ持ってきます!」大酒豪の重戦士を完膚なきまでに飲み潰し、十二歳少女とは思えぬ豪快なゲップを漏らすリサーナ。向かいの席で、魔法使いのルナは深いため息をつき、冷や汗を拭うアルスに呆れた視線を向けた。「……ねぇアルス。この子、間違いなく今回の旅で一番の危険人物(爆弾)だわ。本当に連れて行く気なの?」「は、ハハ……でも、腕は確からしいし、僕たちの仲間になってくれるって言ってるし……根はきっと、悪い子じゃないと思うんだ……たぶん」「その甘さが命取りになるのよ……」アルスのお人好しさに頭を抱えるルナだったが、当のリサーナはすでに運ばれてきた温泉たまごを一口でパクリと平らげ、幸せそうに獣耳をピクピクと動かしていた。(ふふん、チョロい勇者を盾にして、教団の目を眩まし、毎日美味い酒と飯を食う……! 完璧な人生計画(打算)だわ!)全種族の血を引く最強の生物でありながら、中身は酒と金に目がない人生初心者。 打算だらけの十二歳少女・リサーナと、彼女に振り回される哀しき勇者パーティの、不条理で賑やかな冒険の幕が、今ここに上がったのだった。




