最終章 勇者と共闘
天を覆う漆黒の暗雲。落雷が絶え間なく大地を削り、赤黒いマグマが地表から噴出する。 ここは大魔境の果て、魔王の根城たる『終焉の城』。世界の存亡を賭けた決戦の地において、魔王の強大な圧迫感が空間そのものを押し潰していた。「クハハハ! 愚かな人間どもめ! よくぞここまで辿り着いた! だが、貴様らの旅もここまでだ!」玉座に鎮座するのは、全魔族の頂点に立つ『魔王ゼルヴァドス』。その体躯は三メートルを超え、全身から放たれる絶対的な絶望の波動は、周囲の空間そのものを歪ませるほどであった。だが、その圧倒的な威圧感の前に立ちながら、豪快にあくびをして特大の干し肉を噛みちぎっている銀髪の少女がいたリサーナである。「ふあぁあ……あー、怠い。実に怠い。ラストダンジョンだか何だか知らんが、階段が多すぎるんだよ。エレベーターくらい設置しておけってんだ」「リサーナ、階段で愚痴を言わないの!それに、決戦の直前に肉を食べないで!」黒髪眼鏡の魔法使いルナが、必死に杖を構えながらツッコむ。「何を言っているんだ眼鏡! 戦いの前にタンパク質を補給するのは常識だろうが!ほら、チョロ勇者、喉が乾いた。キンキンに冷えたエールを出せ!」「リサーナちゃん、ここ魔王城だよ!?エールなんて持ってるわけないじゃないかー!」金髪の勇者アルスが困り果てた声を上げる。魔王ゼルヴァドスは、目の前で繰り広げられるコントのようなやり取りに、激怒して拳を握りしめた。「貴様らぁあ!この魔王ゼルヴァドスを前にして、なんという緊張感のなさだ!特にその小娘……知っているぞ!貴様が聖創教団の造り出した兵器『完成体』だな!?」魔王の喝破に、リサーナはめんどくさそうに耳の穴をほじった。「知ってんなら話が早い。おい魔王、さっさと降伏して酒蔵の鍵を渡せ。そうすれば指パッチン一発で許してやるぞ」「ふざけるな小娘ぇええ!全軍、出撃せよ!勇者と兵器を細切れにしろ!」魔王の合図とともに、玉座の間を埋め尽くす数十万の魔王軍精鋭部隊が一斉に襲いかかってきた。地響きが鳴り響き、空間が黒い殺気で満たされる。通常であれば一国の軍隊すら数秒で蒸発する絶望的な戦力差。だが、勇者アルスは恐れることなく聖剣を掲げた。「みんな、行くぞ! 僕たちの未来を取り戻すんだ!」「おうよ! サクッと片付けて、今夜は極上肉で大宴会だぁあ!」こうして、世界を賭けた最終決戦の火蓋が切って落とされた。
ドガアアアン!!
爆発音が魔王城に響き渡る。アルスが眩い黄金の聖剣の閃光を放ち、正面の魔族を一網打尽にする。「ルナ、右からの追撃を頼む!」「任せなさい!『極大氷結獄』!」ルナの放つ絶対零度の氷が敵の第一陣を凍りつかせ、重戦士が大斧を振り回して残党をなぎ倒す。完璧な連携。そしてその中心で、異次元の暴風を巻き起こしていたのは、言わずもがなリサーナであった。「邪魔だ邪魔だぁあ! 酒の提供を遅らせる奴は全員吹き飛べぇえ!」バァアン!!リサーナが気怠げに振るった右手から放たれるのは、空間を歪ませる絶対破壊の衝撃波。一振りの拳で数千の魔族が空の彼方へと吹き飛び、踏み込んだ足の衝撃だけで城の東棟が半壊する。「な、なんという強さだ……!一人で一軍を壊滅させている……!」重戦士が戦慄の表情で叫ぶ。だが、その時であった。「そこまでです、リサーナ様ぁああ!」天頂の崩れた天井から、大量の聖水と清掃用具を携えた光の陣形が降臨した。現れたのは、教団の残党部隊を率いるシスター・エリアであった。「エリア!? またお前か!」リサーナが顔を顰める。エリアは涙を流しながら、特大の聖書を掲げた。「教団の命により、完成体リサーナ様を回収いたします!そして魔王を倒した暁には、世界を統治する『聖なる女神』として即位していただき、毎日朝五時起きで祈りと勉強の日々を送っていただきますわ!」「冗談じゃねぇ! 誰が朝五時に起きるか! 私は正午まで寝て酒を飲むんだよ!」「そんな自堕落な生活は、お母さんが許しませんぇえん!」なんと、魔王軍との戦いの真っ最中に、教団の回収部隊が乱入し、大混乱の三つ巴の戦いが勃発したのだ。「ええい、鬱陶しい! 人間の内輪揉めなど知るか!死ねぇええ!」魔王ゼルヴァドスが痺れを切らし、全身の魔力を解放して巨体から極大の暗黒光線を全方位に放った。魔王城全体が崩壊し始め、暗黒の波動がアルスたちへと襲いかかる。「くっ……! 全員、僕の背中に!」アルスが前に出て聖剣の結界を張るが、魔王の全力の一撃の前に結界に亀裂が入り始める。「アルス!」ルナが叫ぶ。その時、リサーナはアルスの横にスッと並び立った。「リサーナ……?」アルスが驚いて横を見る。リサーナの背中には、漆黒の竜の翼と黄金の光翼が同時に展開され、オパール色の瞳が眩い輝きを放っていた。「おい、チョロ勇者。一人で格好つけてんじゃねぇよ」リサーナはフッと口角を上げ、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。「私と前線で並び立てるのは、世界でお前だけなんだからな」その言葉に、アルスは一瞬目を見開き、そして力強く頷いた。「……うん! 行こう、リサーナ!」勇者と、最強の兵器。打算と勘違いから始まった二人の力が、初めて完璧な「共闘」として合一する。アルスの聖剣が解き放つ「絶対の守護と切り拓く光」。リサーナの全種族融合が解き放つ「絶対の破壊と超越の力」。二つの光が交差した瞬間、魔王の放った暗黒光線は紙くずのように打ち破られ、光の濁流となって魔王ゼルヴァドスを飲み込んだ。「グアアアアッ!? な、なんだこの力は……!勇者の光と……兵器の破壊力が……完全に融合しているだとぉおお!?ギャアアアアアッ!!」魔王ゼルヴァドスの巨体が、光の彼方へと消滅していく。一千年の宿怨、世界を脅かした魔王軍の脅威は、ここに完全に潰え去ったのであった。
魔王城が崩壊し、青空が広がる。 戦いは終わった。「やった……勝ったんだ……!」アルスが聖剣を収め、膝をつく。ルナと重戦士も安堵の息を漏らした。だが、崩壊した瓦礫の上で、シスター・エリアが悔しそうにハンカチを噛み締めていた。「うぅ……魔王が討伐されてしまいました……。ですがリサーナ様!教団への帰還命令は撤回されません!さあ、私と一緒に――」エリアが手を伸ばしたその時。リサーナはあくびをしながら、アルスの肩にぽんと腕を回した。「断る」「え……?」リサーナはドヤ顔で胸を張り、エリアと教団の面々を見下ろした。「私にはな、新しい打算ができたんだよ」「だ、打算……?」リサーナはアルスの頬をぐいっと引っ張り、大音量で叫んだ。「私はなぁ!このチョロ勇者の『妻』になって、生涯こいつの財布で美味い酒と美味い肉を食い続けることに決めたんだよ!これぞ人生最高の打算だぁあ!」「「「ええええええええッ!???」」」現場にいた全員の悲鳴がハモった。真っ赤になるアルス。「り、リサーナちゃん!?だから結婚は――」「黙れチョロ勇者!世界を救ったんだから文句はないだろ!お前は私に一生タダ酒を奢る義務があるのだ!わっはっは!」ルナは眼鏡を押し上げながら、盛大な溜息をついた。
「……ハァ。結局、最後まで酒とご飯の打算なのね。でも……まあ、あなたたちらしいわ」エリアはガバッと崩れ落ち、血涙を流して絶叫した。「リサ~ナ~様ぁ~〜〜ッ!!そんなチョロい男に一生を捧げるなんてぇええ!お母さんは認めませんわよぉおお!どこまでも追っかけて、二人を離婚させて見せますわぁあ!」「勝手に追っかけてこいバカエリア!逃げ切りながら飲む酒もまた乙なもんだからな!」リサーナはアルスの首に腕を回し、豪快に大笑いした。
かつて、一千年かけて「魔王を殺すための兵器」として造られた少女。だが彼女が選んだのは、重職や使命ではなく、お人好しな勇者の隣で、美味い酒と飯を喰らい、騒がしく笑い転げる「自由な未来」であった。青空の下、勇者と最強少女の新しい旅が始まる。打算と勘違い、そしてほんの少しの愛に満ちた、世界一賑やかな英雄譚は、これからも終わることなく続いていくのであった。
【エピソード一 完】




