旅立ち(6)
「アンタが言ってた魔物を送り込むための装置ってやつを部下に探させてるが、まだ見つからないぜ。本当にあると思うかい?」
ガサキマは親指を唇から離して聖印を解くとシアンにそう問いかけた。
「はい。あれほどの規模で敵性生物を送り込むためには、必ず転送用の装置が必要となります。おそらく門のような形状をしていると考えられます」
シアンはこくりと頷いたが返礼のための聖印は結ばなかった。返礼の聖印を結ばないのは本来ならば非礼な行いだが、ガサキマはそんな事には頓着しない様子だった。
「転送の為の門ねぇ。確かにあんたの言う通り、そんな物でもなけりゃ話の辻褄が合わないが、いまだに信じられんね。遠隔地同士を門で繋ぐなんて事は、それこそ神話の中の出来事だぜ」
「では探すのをやめますか?」
「そうもいかねぇさ。何処かその門がありそうなところに心辺りはないかい?」
「竜の番や単眼鬼を送り込むほどですから、決して小さな物ではないはずです。にもかかわらず探しても見つからないとすると、きっと地下にあるのでしょう」
「ははーん」
ガサキマは得心がいったという様子で指を鳴らした。
「するってぇと、例の洞窟の中の何処かってわけだな」
「十中八九そうでしょうね。とはいえ、捜索を急ぐ必要はありませんよ。今は転送装置の力は十分に抑制されていますから」
「アンタがそう言うのならそうなんだろうな。マリーお嬢様に詮索無用と言われているから何も聞かないが、アンタみたいに魔物に詳しい奴がいるとはね。しかも、それが幼気な少女と来たもんだ。可能なら公国軍に顧問として迎えたいくらいだ」
「わたくしを雇うと高くつきますよ。公国の財政が左前になっても知りませんからね」
シアンは、もしかするとその言葉を本気で言ったのかも知れなかった。だが、ガサキマは冗談だと思ったらしく鼻で笑い飛ばした。
「まあ、暫くはこの村の復興と、逃げた魔物どもの捜索を行わなきゃならねぇ。門探しはそのついでに細々とつづけるさ。何にせよ、アンタにゃ感謝してる」
そう言ってから、ガサキマは「じゃあ」と片手を上げた。
「俺はそろそろ行くぜ。部下を待たせてるからな」
そう言うとガサキマはサキ達に背を向けて離れていく。
「自分も撤去作業に戻ります。また後程」
ルカもまたそう言うとガサキマの後を追って去って行った。その後ろ姿を見送りながら、リュードッグが小声でサキに話しかける。
「思いがけず、オウマ様の情報を聞くことが出来ましたな」
「うん。この腕輪をつけているとアタシとお兄様の顔の区別は殆どつかないからね。誰かが声をかけて来てくれるのを期待して、男のふりをしていた甲斐があったね」
サキも小声で返事をしてから、シアンの方を向いた。
「それにしても君がここに居るとはね」
「意外ですか?」
「ああ。君はあの遺跡から遠く離れたりはしないと思っていたから」
「残念ながら、この体は普通の人と同じように栄養を必要とするのです。餓死したくなければ人里に降りて来ざるを得ません」
「なるほど。確かに、そんな話をしていたね」
サキにとってはシアンは髪の色を除けば普通の少女と何ら変わるところはない。頭の中身が違うのだとシアンは口にしていたが、それとて実際に見たわけではないのだ。そのシアンが食事を必要とするという事は、考えてみれば当たり前の事に思われた。
「ずいぶんと可愛らしい格好をしているんだね」
サキは改めてシアンの頭の上からつま先までを見た。シアンは、髪の色を周りの兵士たちに見せないようにする為か、フードのついた上着を羽織っているが、その下には、飾り気のない素朴な意匠ながら薄い青を基調とした爽やかな色合いの可愛らしい少女趣味のワンピースを着ていた。足元を包む小さなサンダルも、心なしか可愛らしい形をしている様に見える。
「マリーさんの子供の頃の服だそうです。物持ちが良いですねぇ」
「そっか、マリーの服か……」
マリーはやはりこの家で大事に育てられたのだ、とシアンが着ている虫食い一つなく保管された服を見てサキは思った。貴族の娘として生きるのではなく、この村に残ることが、やはりマリーにとっては幸せな事なのではないだろうか、とも。
「ところで、アタシの事を探してたのかな?」
「はい。絶賛お探し中でした。出来れば二人きりで落ち着いて話がしたいのですけれども、何処か良い場所をご存じではないですか?」
屋敷の入り口の傍で立ち話をする彼女達の傍にはリュードッグのほかに誰かがいるというわけでもなかったが、周りは騒がしく落ち着いて話せるとは言いがたい。サキが寝ていた部屋に戻るという手もあったが、サキにも人気のない場所でシアンに尋ねたい事があった。
「なら、ちょっと歩こうか? 実はアタシもシアンに訊きたいことがあるんだ。ドグはここで待ってて」
サキはそう言って視線を西に向けた。噴煙を上げ続けるマコク山の向こうに日が沈み始めていて、紅い日差しが西の森を照らしていた。
先導するようにサキが歩き出すと、シアンはその後ろについて行く。
そのシアンの背に向けて、リュードッグが声をかけた。
「待たれよ」
シアンは踊る様に軽やかにくるりと身を反転させると、リュードッグの方へ向き直った。
「あら、何ですか? 愛の告白ならもっと雰囲気の良い場所でお願いしますよ。まあ、何処でされようがお断りしますけど」
厳めしい顔をしていたリュードッグだったが、シアンの言葉を聞いて脱力してため息をついた。
「誰がそんなことを……。お主には聞きたいことがある。その面妖な姿を見るのは今回が初めてだが、お主と会うのは初めてではないはずだ。違うか?」
「さあて、どうでしょうねぇ?」
シアンはそう言って片目をつぶると、回れ右をしてリュードッグに背を向けた。
「待て、話は終わっておらぬぞ」
歩き始めたシアンをリュードッグがもう一度呼び止めたが、シアンは足を止めずに肩越しに振り返ると言った。
「その話はまた後で。心配しなくても時間ならたっぷりありますよ」
訝し気な顔をする老兵へにこやかに手を振ると、青い髪の少女は跳ねるようにして黒髪の少女の後を追った。
次回は1/8(日)に更新します。




