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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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旅立ち(5)

「そうそう、あんたの顔を見て思い出したんだが、伝えておかなきゃならないことがある」

 ガサキマが改まった様子でサキに向かってそう言った。サキは握っていたルカの手を離して、ガサキマの方を向くと視線で続きを促した。

「もう半年も前になるかな、あんたによく似た人に会ったぜ。……正確に言うと男のふりをしているあんたに、な」

 その言葉にサキとリュードッグは目を見開いてお互いの顔を見合う。サキとそっくりの容姿の男というのは、彼女の双子の兄以外には考えられなかった。

「その人は何をしていたの?」

「何って事も無いさ。場末の宿を兼ねた酒場で、酔漢と問答になっていたところを俺が仲裁しただけだ」

「ほう、おぬしが喧嘩の仲裁を? 面白がって喧嘩を煽るのではなく、止めたと?」

 リュードッグが上げた驚きの声を聴いて、ガサキマは苦笑する。

「そいつは心外だぜ、俺だって偶には善行をするのさ。と、言いたいところだが、残念ながら違う。問題の酔漢がえらい方で……まあはっきり言えば上官殿でな」

 ガサキマはそう言うと、村の中心を通る道の方へ視線を向けた。そこには傷だらけの馬車が一台停められていた。サキが最後に見た時には防塁の一部として使われていた馬車である。車体には大小の傷がつき薄汚れていたが、車軸は無事で馬車としての機能は失われていないようだ。

「場末の酒場でくだを巻いている分にはまだ可愛いもんだったな。少なくとも命を落とす危険性は低いからな」

 どうやら馬車の中にはマリーの異母兄ゴルデの首のない遺体が安置されているらしい。

「あの馬車に城主殿の遺体が?」

 サキと同じ事を察したらしく、リュードッグがそう質問すると、ガサキマは首肯した。

「ああ、あの中で冷やしている。キノハに伝書鳩を飛ばして、遺体を保存する術に長けた奴を呼び寄せているから、そいつが着いたらあの馬車ごとキリクに送るって寸法だ」

「大仰な事じゃな」

「大公様の嫡男ともなるとそんなもんさ」

「ふむ、左様か。しかし、その嫡男殿はだいぶ素行が悪かった様じゃな」

「まぁな。とはいえ、上官殿は素行こそは悪かったが元々は小心者で、得体の知れない男を雇って妹君を攫わせようとするなんて、思い切ったことをする方じゃなかったんだがな。少し前からタガが外れたみたいになって、俺の言う事もろくに聞いちゃくれなかった」

「ふむ。何かあったのでござろうか?」

「分からん。前にも言ったが、何か良くないことを吹き込んだ奴がいたのかもしれんな。あの方は捻くれ者のくせに、時々は妙に素直な事もあったからな」

「なるほどの。それで、そのサキ様に似た男とは何か話をしたのか?」

「大したことは話しちゃいない。酔漢様とどうして問答になったのかを聞いただけだ。よく覚えちゃいないが、くだらない理由で酔漢様にいちゃもんをつけられたって事だけは確かだ。いや、実際のところ、いちゃもんをつけた方もつけられた方も、理由は分かっちゃいなかったのかもな。酔っ払いってのは脈絡がないからな」

「分かるよ」

 即答するサキに、リュードッグは身に覚えがあるのかないのか、隣で苦笑いをした。

「他には、そうだな……そう、鳥籠がどうとか言っていたな」

「鳥籠?」

「ああ。確かこう言っていた、鳥籠の鍵を探してるってな」

「鍵……?」

 サキは鍵と聞いて、遺跡の扉を開く為の鍵の事を思い出した。

――やっぱり、兄様もあの遺跡の鍵を探していたのかな?

 そこまで考えて、サキはふと気づいた。もし、サキとマリーが遺跡の扉を開くための魔術的遺伝子を利用した資格なるものを持っているというシアンの言葉が本当だとしたら、彼女の兄オウマもまたその資格を持っていたとしてもおかしくはない。もちろん、遺跡の扉が開くのは双望月の夜だけなのだが、オウマはその事を知らずに鍵を探し続けているのだろうか。

――そもそも、鳥籠というのはあの遺跡の事であっているのか?

 マコク山中の遺跡の中にあった無人の街の形は、確かに鳥籠に似ている。しかし、あの無人の街は、遺跡本来の機能からするとおまけのような物に思えた。そう考えると、遺跡の事を鳥籠と呼ぶのには違和感があった。

「一体、鳥籠っていうのは何なのだろう……?」

 独り言のように呟いたサキの言葉だったが、ガサキマの耳にも届いていたらしく彼は首を振って答える。

「さあな。だが、おかしなことを言うやつだと思って覚えてたんだ。女みてぇな顔した美男子だったしな。最初にあんたを見た時にそのけったいな腕輪を着けてたら、同一人物だと思っただろうな。あいつはあんたの血縁者かい?」

「まあね。……その人は多分、アタシの兄だよ。双子のね」

「なるほど、双子か。道理で似てるわけだ」

 ガサキマは納得した様子で手を叩いた。

「さて、あんたに伝えたかったことはこれで全部だ。何かの役に立ったかい?」

「もちろん。感謝するよ」

 サキはそう言うと、今度は右手の小指で唇を抑えた。女性の聖印である。ガサキマは男性の聖印で返礼をした。

「ちょっとよろしいですか?」

 サキが唇から手を離すと、屋敷の中から幼さの残る少女の声が聞こえてきた。サキがそちらを向くと、ガサキマとの会話が終わるのを待っていたらしく、屋敷の中から外套を羽織りフードを目深にかぶった小柄な人物が近づいて来るところだった。

「おっ、アンタか!」

 サキが返事をするより先に、ガサキマが歩み寄って来た人物に声をかけて挨拶代わりに聖印を結んだ。人目を引く青い髪をフードの内に隠していたが、その相手は遺跡で出会った少女シアンに間違いなかった。

次回は1/7(土)に更新します。

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