旅立ち(4)
「よう、リュードッグ。そちらの御仁に挨拶をさせてもらっても良いかい?」
近づいて来た長身の男が言うと、リュードッグは頷いた。
「無論。サキ様、この者はガサキマと申すものでござる」
リュードッグがその男を手で指し示すと、ガサキマは親指を唇に押し当てて聖印を結ぶ。サキも同じように唇に右手の親指を押し当てて、男性のやり方で聖印を結んだ。ガサキマはそのサキの様子を怪訝な顔で黙って見ていたが、サキが唇から親指を離すと再び口を開いた。
「俺はキノハ駐留部隊の副司令官を務めるガサキマ・ブドーだ。今回はミノカ村の防衛、マリーお嬢さまの救出、竜の討伐、その上怪我をした部下の手当と、二人には数えきれないほど尽力してもらった。礼を言いたい」
ガサキマの言葉に、サキは首を横に振る。
「村を守ったのはリュードッグだよ。オレのしたことじゃない」
サキの発言にガサキマはもう一度怪訝な顔をして、何かを言おうか言うまいか迷う様子を見せた。
「臣下の手柄は主君の手柄、でござる。それに村を守る様にそれがしに命じたのは外ならぬサキ様ですからな」
リュードッグは腕を組みながらそう言うと、さも当然というように頷く。
「まあ、そりゃあね。でも、オレは怪我人の手当なんてしてないよ」
「それはマリー様がされたことだ」
ガサキマが二人の会話に口を挟む。サキはその口ぶりから、彼がマリーの出生の秘密をもう知っているらしいと検討をつけた。
「だが、マリー様に治療の技を伝えたのがあんただと聞いているから、あんたにも礼を言うのが道理だろう?」
「伝えただなんて、そんな大したことはしてないよ。呪い師殿から預かった秘伝書を渡しただけさ」
「しかし、マリーお嬢様からあんたに礼を言うように言われてるもんでね」
「身に覚えのないことまで礼を言われちゃスッキリしないな。それより、あなたが兵を率いて村を助けてくれたと聞いたよ。こちらこそ礼を言わしてくれ」
「いやいや、それこそあんた達のおかげさ。キノハで司令官殿が居なくなってあちこち探し回っていたら、あんたらが門番に小遣いをやってるところにばったり行き会ってな。門番を締め上げたら司令官殿が外へ出たって事と、あんたらがそれを追ってるらしいって事が分かってね。その後、ちょうどこの村から陳情に来ていた連中の話が聞けて、アンタらが向かったのがこの村だと見当がついたから、足の速い部隊を急いで招集してあんたらの後を追ったってわけさ。そうじゃなければ、夜が明けるまでキノハの宿屋やら娼館やらを虱潰しに調べてただろうな。重ねて礼を言わしてくれ」
ガサキマはもう一度聖印を結んで謝意を示し、言葉を続ける。
「それでだな、あんたらに頼みたいことがあるんだ。ちょうどよく目覚めてくれて助かったぜ。マリーお嬢様をキリクまで連れて行ってもらえないか?」
キリクは領主の居城があるムールン公国の首都である。
「マリーをキリクへ? いったい何のために?」
サキの質問に、ガサキマは声を潜めて答える。
「ゴルデ様の葬儀に出席されるためだ。 病床についておられる大公様にも会って頂く。そうそう、それとマリー様はゴルデ様を殺した下手人の顔を見ているから、キリクで情報を伝えてもらう必要もあるんだ。だが、マリーお嬢様は今や命を狙われかねない身だから、腕の立つ護衛が必要だ。この村に居る間は俺がお守りするが、ここの後始末もあるからまだしばらく村を離れられんし、キノハをいつまでも留守にするわけにも行かない」
「ふむ。それで何故それがしたちが?」
リュードッグの質問にサキも頷いて同意を示すと、ガサキマは小さくため息を吐く。
「本来は部下を護衛につけるのが筋だが、事が事だけに誰でも良いって訳にはいかない。だが、腕が立って信用できる奴ってのはなかなか貴重でね。その点、あんたらなら申し分ない。それに、あんたも下手人の顔を見てるって話だから、なおさら都合が良い。やってくれないかい?」
ガサキマの言葉にリュードッグは伺いを立てるようにサキに視線を送る。サキは頷いて口を開いた。
「ああ、良いよ。どうせオレ達も南方へ向かうつもりだから、キリクへは寄ることになるし」
サキの言葉にガサキマは表情を綻ばせた。
「助かるよ。報酬って程のものは出せないが、キリクじゃ俺の知り合いを訪ねてくれれば不自由なく滞在できるはずだ。それと、流石にあんたらに全部お任せって訳には行かないから、部下を一人同行させる。おいルカ、来い!」
ガサキマが大声を上げると、屋敷の傍で兵たちと話をしていた赤毛の女が返事をして近づいてきた。女はかなりの長身で、女性としては背が高いサキよりも更に高く、ガサキマ程ではないもののリュードッグとさほど変わらなかった。良く鍛えられているらしく、細身だが無駄のない引き締まった体つきをしていた。サキは見知らぬ顔だったがリュードッグはそうではないらしく、「お主か」と独り言のように声をかけた。
「失礼いたします! 自分は、ムールン公国キノハ駐留部隊所属、装甲魔動機兵第三小隊長、ルカ・テロンであります!」
ルカは大声で自己紹介をすると、右手の小指を唇に当てて女性の聖印を結んだ。
「そう硬くなる必要はないよ。オレ達と一緒にキリクへ行くらしいね。よろしく頼むよ」
親指を唇に当てて聖印を結び返事をするサキに、ルカもまた一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに思い直したように「はい」と返事をした。
「こいつは信用できるし、部下の中では一、二を争う使い手だ。お嬢様の護衛役は女の方が何かと都合が良いし、残念ながら装甲魔動機兵第三小隊は壊滅状態で、今は瓦礫の片づけ以外にはさせる仕事が無いからちょうど良い」
ルカはガサキマが話している間は横目でちらちらとその様子を窺っていたが、話が終わるとともに威勢よく声を張り上げた。
「よろしくお願いします!」
ルカの挨拶が終わったところで、ガサキマは「ところで」と口を開いた。
「いまさら言いづらいんだがよ。俺もルカもあんたが気を失ってる間に腕輪をつけてない所を見てるから、別に演技をする必要はないぜ?」
ガサキマの言葉に、ルカも遠慮がちに頷く。その言葉の意味を理解するまで数秒ほどかかってから、サキは赤面してリュードッグをじろりと睨んだ。
「ドグ、こういうことは早く教えてよ!」
「おっと、これはすみませぬ。なにぶん、塔でサキ様が倒れた時は魔物の大群は押し寄せるわ、怪我人は居るわで大変でしたゆえ、腕輪をつける暇もありませなんだ。その後は、サキ様は先ほどまで寝ておりましたゆえ」
それほど申し訳ないとは思ってなさそうな調子でリュードッグが謝罪するのをみて、サキはため息を吐く。
「まあ、ルカさんとはこれからしばらく寝食を共にするわけだし、演技しなくて済むなら気が楽だけどね」
「どうか自分のことは木石だとでも思って、お気になさらずに」
「そんなに畏まらなくて良いよ。同性の同行者が増えて嬉しい。よろしくね」
サキがそう言ってルカの手を取って喜ぶ横で、リュードッグは「やれやれ、肩身が狭くなりますなぁ」と独りごちた。
次回は1/1(日)に更新します。




