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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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旅立ち(3)

 サキは「さてと」とつぶやくと銀の腕輪を腕にはめて寝台から立ち上がった。

「無理はしないのではございませんでしたか?」

「無理はしてないよ。さっきよりはずっとましになってる。外の様子が見たいんだ」

 そう言って、サキがよろめきながら壁に近づき、壁に手を突きながら歩き出す。リュードッグは駆け寄って肩を貸して彼女の体を支えた。リュードッグの手助けを借りて部屋を出ると慎重に階段を下りて外へ出た。

 暗い室内から出た外には、仄かに赤みを帯びた陽光が降り注いでいた。数日前の嵐が嘘であったかのように、空はからりと晴れ、高い。

 寝込んでいる間に季節が変わったのだ、とサキは感じた。

 周囲に降り注ぐ日差しにはまだ勢いがあったが、数日前までの肌に纏わりつくような暑気は影を潜め、辺りに漂う空気はさらりとしていて、日陰ではうすら寒くすら感じた。外の新鮮な空気を吸い込んだ鼻腔は、マコク山の噴火が残した何かが焦げたような匂いとともに、秋の気配も嗅ぎ取っていた。

 この北国の短い秋の間に、例年であれば村人たちは慌ただしく収穫を済ませるのだろう。そして、決して多くはない太陽と大地の恵みに文句も言わずに感謝し、これで今年の冬も乗り越えることが出来ると胸をなでおろして、ささやかな祭ごとを催すのだ。それがこの山間の寒村で数百年も前から続けられてきた、村人たちの営みだった。

――だが今年はどうだろうか?

 サキは右手を額に当ててひさしを作ると、村を見渡す。

 村の中心部には多くの人の姿があった。その半数は鎧を着こんだ公国軍の兵士で、もう半数は野良着姿のミノカ村の農夫たちだった。

 農夫たちは兵士と協力して村の復旧作業を行っていた。ある者は、村長の屋敷の周りを囲む半壊した防塁の外に転がる、おびただしい数の小緑鬼の死骸を荷車に乗せ、駄馬に引かせてどこかに運んで行く。またある者は、その防塁を取り崩して使えるものと使えないものに分別し、それらをまたどこかへ運んでいた。

 屋敷の入り口から十数歩離れたところでは、一人の男が身振り手振りを加えて兵士たちに指示を出していた。サキは見知らぬその金髪の男は、長身で鼻と直交するような傷を持つ精悍な顔立ちの中年男である。

 視線を遠くへと転じると、大麦畑や牧場の様子が目に映った。

 村の主要な作物である大麦の畑は、魔物の襲撃と騎馬隊の大立ち回りの結果、無残にも踏み荒らされてしまっている。牧場の柵は壊され、家畜の姿は見えない。人的な被害は少なかったが、家畜の大多数は喰われるか脱走してしまった様だった。その上、畑や牧場には噴石と思われる大小の岩が数多く転がっていて、薄く火山灰も降り積もっていた。

 そこでも農夫たちは兵士と協力し、梃子《てこ》を使って一抱えもあるような岩を動かそうとしたり、それよりも巨大な岩には楔を打ち込んで割って運べる大きさに分解しようとしていた。しかし、畑や牧場に転がる噴石の数を考えると、それは気が遠くなるような作業である様に思われた。

 ――果たしてこの状況で、この村は冬を超えることが出来るのだろうか?

 眼前に広がる村のありさまはサキを暗澹とした気持ちにさせた。

「なぁに、心配はいりませんぞ」

 主人の考えを表情から読み取ったのか、明るい口調でリュードッグが告げる。

「解体するのに骨は折れまするが、竜の鱗や牙を売れば一財産になりますし、他の魔物の骨や皮もいくばくかの金にはなりまする。この小さな村の住人の冬の間の食料と、失った家畜の代わりを近隣の村から買い集めるのには不自由せぬでしょう。それに、あそこで公国軍の指揮を執っている男は領民の心情を良く分かっておりますゆえ、けっして悪いようにはしない筈です」

 リュードッグはそう言いながら、兵士たちに指示を出している長身の男を指し示す。

「そうか。安心したよ」

 サキは幾分気が楽になって表情をやわらげた。

 二人の会話が聞こえたのか、話題になった長身の男は屋敷の入り口に立つサキ達に気づいた様子で、兵士たちへの指示を中断して歩み寄って来た。サキは彼女を支え続けていたリュードッグに「もう大丈夫」と告げると、体を離して一人で立った。

次回は12/31(土)に更新します。

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