双月、天穹に満つ(15)
竜を中心に、二体の魔動鎧は向かい合った。
その二体の動きはまるで剣舞の様であった。
竜の攻撃に合わせて飛び上がり、地に伏せ、一方が避ければもう一方は鋭く切りかかる。
二人の行動は一切の無駄も無く連携し、一連の動きもまた一切の淀みもなく流れた。
お互いに声を掛け合う事も無い。
今、この時、竜に対峙する二人には、言葉は不要だった。
魔動鎧によって強化された感覚の中で、二人は互いの位置や姿勢、その息遣いを知ることが出来た。
そして、僅かな手足の予備動作や微かな呼吸の溜めから、言葉を交わさずともお互いの意図を知ることが出来たのだ。
もちろん、いくら二人が達人とはいえ、言葉も交わさずに連携するというのは一朝一夕で身に付けられる代物ではない。ただ、一撃で魔動鎧を破壊する事が出来る圧倒的な力を持った怪物と対峙している、その緊張感の中で最大限まで高められた集中力が普段は不可能なその芸当を、今だけは可能としていた。
その美しさすら伴った身のこなしの二人に挟まれていると、凄まじい破壊力を秘めた攻撃を繰り出す火竜ですら、二人の動きを際立たせるための舞台装置の様であった。
その舞台を見守る観客は少ない。
青い髪の少女シアンと若い兵士だけである。どちらも身を守る術を持っていなかったが、女隊長のルカを引きずって行って出来るだけ離れた場所で見守っている若い兵士とは対照的に、シアンは驚くほど竜の傍に近づいている。ともすれば、竜の荒々しい吐息で髪がそよぐほどであったが、臆する様子も見せなかった。
「急いでください。他の敵性生物の大軍が階段を下りて近づいてきています」
少女が警告を発したが、リュードッグもガサキマも、その声が聞こえていても反応を返すことは出来なかった。余計なことに気を取られて少しでも反応が遅れただけで命取りになる。二人が立っているのはそういう戦場だったのだ。
だが、シアンの言葉は二人の思考には確実に届いていた。
他の敵性生物――おそらく小緑鬼の大軍――が現れれば、何とか均衡を保っている形勢は一気に不利になる。
同じ魔物とは言え竜は小緑鬼の存在など蚊ほどにも思ってはいない。それだけに竜と戦闘している最中に小緑鬼に取り囲まれれば厄介なことになる。動きを阻害されたところを、竜は小緑鬼ともども焼き払う事だろう。
二人に残された道は、小緑鬼が現れるまでの僅かな時間で竜を倒すしかない。今までの均衡を保ちながら隙を窺うような戦い方では間に合わないのは明らかであった。
不意にリュードッグの動きが変わった。
それまでの、予め全て定められていたような無駄のない美しい動きではない。
何もかもが定められていない中で、多少の無駄には目もくれず、ただ目的へ向けて突き進む、そういう直線的で荒々しい動きだ。
リュードッグが構えた両手剣が鋭く空を切り、竜の喉元へ突き出される。
だが、竜はその鋭く突き出された剣の切っ先が己の急所に到達するより早く、首を下げると巨大な顎を開いて剣を横から咥えこんだ。
『ぬううん』
リュードッグが声を漏らしながら、満身の力を込めて剣を引き抜こうとするが、竜の鋭い牙の間にくわえ込まれた剣はピクリとも動かない。
『リュードッグ!』
ガサキマは叫び、リュードッグを助けようと竜に向かって大剣を振り上げたが、間に合わなかった。
足が止まったリュードッグを、竜の鉤爪が襲う。
攻撃を受けたリュードッグの魔動鎧は、勢いよく宙に飛びあがり、離れた場所で床に叩きつけられた。そのまま、指一本動かすことなく床に伏して倒れこんでいる。
竜はそれを好機と見た。
咥えていた剣を吐き捨てると、超低空で飛翔して力なく倒れこむリュードッグへ殺到した。
燃え上がるような強烈な闘争本能の内に閉じ込められた竜の理性が、勝利を確信した。
だがその時、老兵もまた勝利を確信していた。
竜は老兵の体へ殺到した勢いをそのままに、彼を踏みつぶそうとした。だが、それまでピクリとも動かなかったリュードッグの体は、何の前触れもなくするりと立ち上がった。傷一つ負っていないかのような機敏な動きだ。
竜は驚愕したに違いない。心なしか鱗に包まれたその顔にも驚きの色が宿ったように見えた。
しかし、竜は攻撃をやめることなく勢いよく上肢を振り下ろした。
リュードッグは力強く地を蹴ると、己へ向けて振り下ろされた上肢の鉤爪の間をすり抜け、竜の顔面と交差した。
その交差の瞬間に、竜の右目に老兵の貫手が深々と突き刺さった。竜自身が猛烈な勢いで突進していたため、リュードッグが突き出した指の先へ自らぶつかる形になったのだ。
竜は高い声を上げて吠えた。それは痛みの悲鳴か、怒りの咆哮か。
竜は吠えながら半分になった視界で老兵の姿を探す。
だが、見つけたのは同じ薄鈍色の鎧を着こんだ別の男の姿だった。
『よう』
猛烈な勢いで竜へ近接しながらそう声をかけると、ガサキマは笑った。それは、勝利の歓声か、はたまた醜態を見せる竜への侮蔑か。あるいは、過去と同じ過ちを繰り返した自分自身を笑ったのかもしれない。
体当たりをしながらガサキマが突き出した剣が、竜の首元の外皮を突き破り鍔際まで埋没した。
『元気かい? トカゲ野郎』
ガサキマが竜の体を足の裏で蹴りつけながら剣を引き抜くと、傷口から間欠泉のように勢いよく鮮血が噴き出した。シアンが少し離れた場所で、「だからその竜は雌……」と言いかけたがその続きは竜の高い断末魔の声にかき消された。
竜は長い長い叫び声をあげ終わると、どっと床を震わせて倒れた。
『やれやれ、何とかなったの』
右腕を肩まで赤い血にしとどに濡らしたリュードッグが、近づいてきて濡れたその手でガサキマの肩を叩いた。
『おいおい、逆の手でやってくれよ』
肩に赤い手形を作られたガサキマが抗議したが、リュードッグは悪びれた様子もない。
『ああ、すまぬな。左腕は動かぬのじゃ。あ奴の攻撃を受けた時に肩がやられてしまったらしい』
『本当かよ。それでよく立てたな』
『立たねば死ぬからの。お主こそ、よく間髪入れずに竜の隙をつけたな』
『そりゃそうさ。あんたが攻撃を受けた瞬間に、自分から派手にぶっ飛んだのが分かったからな。まさか、やられたふりをするために踵の魔動器を使うとはね』
『なに、お前さんの所の女隊長殿の真似をしたまでの事』
二人の男は互いを見合うと笑った。
笑いながら、男たちはお互いの胸を叩く。
その様子を見ていたシアンは、やれやれとでも言いたげに首を振ると、パンパンと手を叩く。
「はいはい、友情ごっこはそこまででお願いします。まだ危険が完全に去ったわけではありませんよ」
『なあに、残りの雑魚なんてものの数じゃないぜ』
ガサキマが余裕そうに答えるのを聞いて、シアンは「あ」と小さく叫んだ。
「悪い知らせを伝えるのを忘れていました。実は竜はもう一頭いるんですよ。それも、もっと大きいのが。そうそう、良い知らせもあります。そっちの竜はちゃんと雄ですよ」
二人の男は互いを見合うと引きつったような声で笑った。
次回は11/27(日)に更新します。




