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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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双月、天穹に満つ(16)

 サキと竜の戦闘は続いていた。

 戦闘と言っても、サキから竜を攻撃する手段は乏しく、一方的な戦いだった。

 竜が離れた場所から吐き出す灼熱の吐息を、サキは塔から塔へ飛び移ることで何とか凌ぐ。

 だが、竜はいくら躱されても構わず幾度も火を吐いた。

 どれほどの間躱し続けていただろうか。

 最初の二十回までは数えていたが、それ以降はもう分からなくなってしまっていた。だが、おそらく五十回は下らないだろう。

 サキは呼吸を切らし始めていた。

 魔動鎧は魔力で動く傀儡だ。通常の動作では呼吸が乱れることなどない。だが、塔から塔へ全身のばねを使って飛び移る、その激しい動作は装着者であるサキの体力をも消費させ、呼吸を乱れさせた。

 普段であれば魔動鎧を着こんだ人体には、全身の皮膚から直接毛細血管を通じて酸素が供給される。その量は通常人間が行う皮膚呼吸の二百倍を越える。それゆえに、通常は息が上がることはなく、呼吸を意識することすら稀だ。だが、その皮膚からの酸素供給も間に合わず、サキは銀光りする液状の金属の中で喘いだ。しかし、いくら喘いだところで呼吸は改善されなかった。辺りが溶岩に包まれた灼熱の世界になっていて、遺跡の周囲の低木の森が炎上し、周辺の酸素濃度が低くなっているという事もおそらく関係しているのだろう。

 呼吸の乱れを落ち着かせる暇もなく、竜の攻撃を予測して隣の塔へ飛び移る。それを繰り返すうちに少しずつ、だが確実にサキは体力を消耗し、動きは緩慢なものとなった。

 一方の竜は、翼をはためかせて塔の間を飛び回り、幾度となく炎を吐いても疲れる素振りは見せない。この生き物は、おそらく数日の間はそうやって動き続けることが出来るのだろう。

 今はまだ、サキは竜の動きを察知して攻撃を避けることが出来ているが、このままではいずれ間に合わなくなることは火を見るより明らかであった。

――いったん中央の塔の中に戻るか?

 北側の塔の上でサキは自問する。消費された魔力はすぐに回復する物ではない。だが、呼吸の乱れだけであれば、僅かな時間でも回復することが出来るはずだった。

 だが、竜はサキのその考えを読んだかのように中央の塔に降り立つと、その出入り口である上げ蓋の傍に陣取ってサキを近寄らせないようにした。

『チッ、悪知恵の働く奴だ』

 少女は舌打ちを一つ鳴らして、その高貴な血筋には不釣り合いな悪態を吐く。

 その言葉を解したかのように、竜は低く首を下げてサキへ顔を向けると、鋭く長い牙をあらわにして低い声で唸った。

 それは嗤ったようにも見えた。その竜の顔の下にちょうど出入り口の上げぶたがあるのも、サキを嘲笑うために竜があえてそうしたのかもしれない。

 だがその時、竜もサキも全く予期しなかった事が起きた。

 竜の顎の下の上げぶたが突然内側から勢いよく撥ね上げられる。

『サキ! 今助けに行くからね‼』

 塔の中から魔動鎧の人工声帯で発せられた声が響く。それとほぼ同時に薄鈍色の鎧が弾丸のように飛び出してきて、竜の顎を突き上げた。

 飛び出した魔動鎧は、塔の上へ落ちて尻もちをついた。

『いたたっ! あれ? 何にぶつかったの?』

 その鎧がきょろきょろと周りを見回すと、赤い瞳と目があった。そこには、同じように驚いて状況が分かっていない様子の竜の顔があった。

『え?』

 魔動鎧は呆けた声を発したが、その間に竜は状況を理解したらしい。赤い瞳に憎悪の色を宿して、突然現れた邪魔者を睨みつけると、竜は顎を開いた。

 竜が噛みつこうとしたのか、それとも炎を吐き出そうとしたのかは分からない。何かしらの攻撃をするつもりだったのだろうが、それが実現することは無かった。

『マリー‼』

 サキの黒い魔動鎧が猛烈な勢いで飛来すると、マリーに気を取られていた竜の頭を蹴飛ばした。虚をつかれた竜は、巨体をぐらりと傾かせ、塔の縁から足を滑らせて落ちて行った。

『やったか?』

 サキの鎧から期待の言葉が漏れたが、その期待に反して竜は溶岩に落ちる寸前に空中で体勢を立て直すと空へ飛びあがった。溶岩の光に照らし出された竜の顔には、憤怒の表情が浮かんでいた。だが、竜はその怒りに任せて襲い掛かってくることは無かった。予想外の攻撃を二回も受けて――初めの一撃は攻撃ではなくただの事故だったのだが――警戒した様子で、二領の鎧を見下ろしている。その二人もまた竜の様子を窺っていて、攻撃をする素振りは無い。束の間、人と竜の間に奇妙な膠着が生まれた。

『そんなに上手くは行かないみたいだね』

 尻もちをついたままそう声をかけて来た薄鈍色の鎧に、黒い鎧は正対する。

『マリー、マリーなんでしょ!? 何故来たの? そんなものを持ち出して、どうして中で待っていなかったの?』

 サキの言葉を聞いて、薄鈍色の鎧の主が大きく息を吸い込んだのが鎧越しにも分かった。自分自身を落ち着かせるために深呼吸をしたようだ。

『だって、私達友達じゃない』

『だからって! こんな危ない事……』

 激情に任せてマリーの言葉を否定しかけたサキだったが、人工声帯越しに発せられたマリーの言葉が僅かに震えていたことに気づくと、言葉を切って首を振った。

『……ごめん、違うね。ありがとう、マリー。君が来てくれなかったら危なかった』

『どういたしまして。まあ、助けようとしたわけじゃなくて、格好よく飛び出そうとしただけなんだけどね……』

 サキは尻もちをついたまま照れ隠しで笑うマリーに近寄ると、黒い左手を差し出した。

『さて、お嬢さん。そんなところにへたり込んでいると……』

『お尻が風邪をひくんでしょ?』

 サキの手を取ってマリーは立ち上がった。

次回は12/3(土)に更新します。

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