双月、天穹に満つ(14)
『おい、ルカの容態はどうだ?』
ガサキマは若い兵に声をかける。壁の際までルカの体を引きずって行った兵士は、上官の質問に重い口を開く。
「息はありますが……内臓に損傷があるようです。すぐに治療しなければ命に障るかと……」
ガサキマは部下の報告に頷くと『くそったれ』と呟く。
『こんなところで治療だって?』
「それに関してはわたくしに当てがあります」
苦々しい表情のガサキマに青い髪の少女が声をかける。シアンが話をしている間も、最後の銀の鎧は二人の兵の亡骸を部屋の隅へ横たえさせると、起き上がった竜の注意を引く為にその爪が届かないぎりぎりの距離へ近寄る。
『本当か?』
「ええ。ですが、それはあの敵性生物を排除してからの話です」
『分かった』
ガサキマはシアンに頷くと、義手の先を失ったリュードッグの傍に歩み寄る。
『リュードッグ……あんたに頼みがある。魔動鎧を使ってあのくそトカゲをぶっ飛ばすのに力を貸してくれないか? あの野郎、俺の大事な部下を傷つけやがって、タダで済ますわけにはいかねぇ。だが、悔しいが俺一人じゃあのトカゲを倒せねぇんだ。あんただけが頼りだ。頼む!』
一言一言、絞り出すようにガサキマが言う。怒りによるものか悲しみによるものか、人工声帯で発せられているのにも関わらずその声は僅かに震えていた。
その声を聴いて、リュードッグには何か閃くものがあったらしい。
「思い出したぞ」
『……何をだ?』
「ハーケンでの戦役の時の事、ズタボロになった輩の骸を抱いて、自身もボロ雑巾みたいになりながら、泣きながらそれがしに訴えてきた若者がいたことを。あの時も竜だった……お主、今と同じことを言ったな? 立っているだけで精いっぱいのくせに、あのくそトカゲをぶっ飛ばすのに手を貸してくれ、とな」
『馬鹿言え……男が戦場で泣くものかよ』
「おっと」
リュードッグはニヤリと笑った。
「こいつは失言。泣いていたのはそれがしの見間違いという事にしておこうかの」
二人の視線の先には、銀の鎧に攻撃を仕掛ける竜の姿があった。
『やってくれるか?』
「古き友の頼みとなれば無下にするわけにも行かぬな」
『友と呼んでくれるのかい? ただ一度肩を並べて戦場で戦って、ただ一度肩を並べて酒を飲んだだけの、この俺を?』
「男同士が友諠を結ぶのに、それ以上の何かが必要とは思えぬな」
リュードッグはもう一度口角を上げて笑った。ガサキマもまた、魔動鎧の面貌の奥で同じように笑う。
『……ちげぇねぇ。だがあんた、そう言う癖にはさっきまで俺の事忘れてたじゃねぇか』
「お主が思ったより老けていたからのぅ」
『おいおい、あんただってだいぶ老けたのに、こっちはすぐ気づいたぜ?』
「おお、そりゃあすごい」
リュードッグはカッカと哄笑すると、ルカが装着していた魔動鎧へ向かった。歩きながら、巨大な義手を、続いて全身の具足を外していく。
『そいつで良いかい? 一撃食らってるから万全とは言えないぜ?』
リュードッグはガサキマに背を向けたまま、ああ、と頷く。
「あのルカという女隊長、攻撃を受けながら咄嗟に後ろに跳んだ様じゃな。派手に吹き飛ばされた割には損傷が少ない。それに……戦場で万全の状態で戦える事など、そうそうあるものではござらん」
『そりゃまあな。制御結晶は持ってるかい?』
リュードッグは左手を身軽になった襟元へ突っ込んで、首に下げたものを手繰り出した。肩越しにガサキマへ示したのは、皮のひもの先に吊るされた赤く光る石だった。
「制御結晶は伴侶も同然。魔動鎧がなくともこれを手放すことなどあり得ぬ」
『古風だねぇ』
「まあ、それがしの義手を動かすのにも制御結晶は必要ゆえ、なおの事手放すことなど出来ぬのだが」
リュードッグは鎧を脱いだ姿で、主を失ったまま跪く魔動鎧の傍に立った。
『そのまま使っていいぜ。もう、あんたが使えるように命令してある』
「かたじけない」
言いながら、リュードッグは躊躇することなく巨大な鎧の開口部に潜り込んでそれを身にまとう。
『ほほう。なかなか体になじむ』
背面を閉じて立ち上がると、リュードッグは人工声帯を震わせてそう言った。
『よし、やろうぜ。二人であのトカゲを倒すんだ‼』
ガサキマとリュードッグが剣を構える。その眼前で、それまで竜の相手をしていた銀の鎧が、竜の上肢で胴を床に押さえつけられ、巨大な顎に頭を咥えられて引き千切られるところだった。
操る銀の鎧が無くなったシアンは深くため息を吐く。
「これで、貴重な自立装甲兵が残りゼロ機。二人で恰好つけてないでちゃっちゃとやっつけちゃって下さいよ」
次回は11/26(土)に更新します。




