双月、天穹に満つ(13)
『怪我人を引きずり出せ!』
ガサキマが命じると、床に倒れたままの女隊長ルカと二人の隊員の三体の魔動鎧の背面が開いた。軍用の魔動鎧には装着者が気を失った時に救助できるように外部から鎧を開く機能が備わっていて、ガサキマが自身の制御結晶を通じて上官の権限で開いたのだ。ルカの魔動鎧の背面からは彼女の赤い髪と白いうなじが覗いていた。
最初に魔動鎧を焼かれて避難していた若い兵が駆け寄って来て、ルカを鎧から引きずり出そうとした。だが、竜は目の前で救助が行われるのを黙って見過ごすつもりは無いらしい。竜の首が兵士の方へ向くと、再び顎を大きく開く。その顎の奥が赤く光った。
竜が火炎を吐き出すより早く、ガサキマは雄たけびを上げて走り出した。再び竜の注意を自身に向けるためである。
無謀な攻撃であることは彼自身も分かっていただろう。だが、竜に狙われた部下を救うにはそれしか手が無かった。
竜が長い首をめぐらせてガサキマの方へ向く。それと同時に、兵士へ向かって吐き出されようとしていた火炎が、狙いを変えてガサキマに向かって吐き出されるが、彼は素早く跳躍すると間髪の差でそれを避け、更に竜に肉薄する。跳びあがりながら急所を狙って鋭く突きを繰り出したが、竜はその巨体に似つかわしくない俊敏さで体を捻ってその攻撃を避けた。
竜の注意がガサキマに向いている間に若い兵がルカの体を魔動鎧から引きずり出した。鎧の中から現れたのは、肩までの長さの鮮やかな落日の色をした髪が目を引く二十代半ばほどの若い女だ。体つきは女性にしては背が高く、厳しい訓練を受けているためか四肢は良く引き締まっている。顔立ちは筋肉質でたくましいながらも均整がとれていた。息はあるらしく、頬には赤みがあり僅かに胸が呼吸で上下するのが見えたが、意識は無く瞼は閉ざされていた。
そこから離れた場所に倒れた二体の魔動鎧からは、いつの間にか近づいた銀の鎧が中の兵士を引きずり出そうとしていた。シアンは器用に鎧の手を操って、片手で一人ずつ兵を救出する。こちらの二人は体から力が抜けきっていて、顔面も蒼白だった。
ちらりと問いかけるような視線を向けてきたガサキマに対して、シアンは顔色一つ変えずに首を横に振った。
ガサキマは再び雄たけびを上げた。魔動鎧の人工声帯から発せられた叫びがビリビリと空気を震わせた。怒りが彼の全身から迸っているようだった。だが、彼は冷静さを失ってはいなかった。ルカの体を引きずって運ぶ若い兵士が安全な場所に移動するまで、まだ数秒は時を稼がなければならなかった。効かぬと知りながらも、荒々しく剣を叩きつけるようにして竜の足や胴を打った。竜はそれを煩わしく感じたらしく、翼を広げて飛翔した。
『卑怯だぞ‼ 降りてこい!』
ガサキマは文句を言うが、もちろん竜がそれを聞く筈はない。
竜が地上に居れば、灼熱の吐息を避けることは不可能ではない。だが、頭上から狙われると前後左右どちらに動いても容易に相手に捕捉されてしまう。
竜が赤く光る瞳でガサキマを見据え、赤く光る顎を彼へ向けた。
『くそったれ!』
ガサキマは無駄を承知で遮二無二前へ出た。
横でもなく、後ろでもなく、前へ。危機に際したら前へ出る。それが彼の矜持なのだろう。
だが、その矜持も空中からの一方的な暴力の前には無意味であるかに思われた。
しかし、その予想に反して竜が灼熱の吐息を吐くことは無かった。
琥珀の瞳を爛々と光らせて、竜の眼前に飛来した者がいたからだ。
リュードッグである。
彼は空を飛ぶ竜の頭の高さまで跳躍しつつ、体を弓なりに大きく反らせて拳を引いた。
次の瞬間、全身にためた力を一気に解放して、その巨大な拳で竜の額を殴りつけた。
それだけではない。
腕を伸ばしながら大音声を上げる。
「爆炎噴進拳んんん!!!!」
竜を殴りつけたリュードッグの右腕の、肘の部分が閃光を放つ。肘の先が飛び出して竜の額を強く押しのける。
火を吹く拳に痛打された竜は均衡を崩して背から地に落ちた。
巨大な拳は軌道を変えて壁の方へと飛んでいき、そこへぶつかって跳ねた。
劣化オリハルコンの固い壁が凹む。それは奇しくも、古代の戦争の壁画の中の竜が描かれた部分だった。
一方、拳を放ったリュードッグも反動で吹き飛んだ。だが、錐もみして宙を舞いながらも老兵は高々と哄笑した。無事な左手を地について器用に着地すると、彼は悟りを得たような達観した表情で言う。
「撃っても当たらぬならば、当ててから撃てばよい。これこそ真理」
「無茶苦茶ですね……相変わらず」
青い髪の少女が誰に聞かせるともなく独語する。
背から地に落ちて仰向けになった竜は、おそらくは今までそんな屈辱的な姿勢をとったことが無いのだろう。すぐには起き上がれずに藻掻いていた。
次回は11/20(日)に更新します。




