双月、天穹に満つ(10)
『近いぞ! 気を付けろ‼』
ガサキマは後ろに続く部下と老兵にそう告げると、単身で開口部のすぐそばにまで近寄る。中を覗き見て彼は言葉を失った。リュードッグが隣に近寄って来て同じように中を覗き込んだのにも、すぐには気付かなかったようだ。
開口部から覗き込んだ中は明るく、金属の壁で覆われた広い部屋になっていた。光源は見当たらない。どうやら壁自体が光っているようだった。
部屋の中央には奇妙な螺旋を描く階段が浮かんでいて、そのすぐそばには四本足を床につき翼を大きく広げる、赤い鱗に包まれた首の長い巨大な生物の姿があった。絵物語の中で見る竜の姿そのままである。
だが、ガサキマはその竜の姿に言葉を失ったのではない。ハーケン戦役で竜を見たことがあるガサキマにとってみれば、それは忌避すべき存在ではあれ驚嘆で言葉を失う存在ではないのだ。
彼を驚かせたのは、その竜と対峙する青い髪の少女の姿であった。彼女は四体の魔動鎧に似た巨大な銀色の鎧を従えて竜と戦闘をしていた。どうやら彼女が鎧を操っているらしい。姿かたちは、いたいけな少女そのものだったが、瑠璃色の髪を振り乱して戦う姿は何処か妖艶さを秘めている。時折発せられる声もまた鋭いながらも鈴の音の様に澄んでいて、周囲の者の耳目を集めずにはいられなかった。
四体の鎧は片刃の長い剣を構えて竜を取り囲み、竜の荒々しい爪の攻撃を避け、一体が攻撃を受けている間にほかの三体はその尾や後ろ足に攻撃を加える。その攻撃は完全に連携が取れ、一部の隙も無いほど精巧だった。だが、竜の鱗には傷一つついた形跡も無かった。
『ありゃあ、何だ?』
半ば独り言のようにつぶやいたガサキマの言葉に、リュードッグには腕組みして答える。
「まあ、敵ではあるまいな」
『そりゃあ、そうなんだろうな』
「どうするかな? あの少女、形勢は芳しくなさそうだが、このまま見ているか?」
リュードッグの言葉をガサキマは寸時吟味した後に否定した。
『いや、あの竜を放っておいたら、公国は焦土にされちまうぜ。どのみち殺さなきゃならねぇなら、あの嬢ちゃんと協力したほうが勝ち目があるってもんだ。それに……あの嬢ちゃんには死なれちゃ困る。上官殿をあんな姿にした奴を知ってるかも知れないからな』
ガサキマの視線の先には、部屋の隅に寝かされた首の無い遺体があった。体型や身に付けている衣服から、それが誰の遺体かガサキマには分かったのだろう。部屋の中央付近に血だまりがあるところを見ると、誰かが竜に踏みつけられぬように遺体を部屋の隅まで動かした様だった。竜が遺体を動かすなんてことをするとは考えられないので、それをしたのは青い髪の少女と考えるのが順当だった。
『血の跡の正体が分かったぜ』
ガサキマはが吐き捨てるように言う。遺体の首と思われるものは部屋の中には転がっていなかった。その代わりに、血の跡が点々とガサキマ達がいる方向へ続いていた。
「血の跡を追うべきだったか?」
『いや、今は生きている可能性のあるものが優先だ。マリーとかいうお嬢様を保護しなきゃならん。そのためにもあの竜は邪魔だな』
「フム。ではそれがしも助太刀いたすかの」
『あんたは俺がやらねぇって言っても、一人でやるつもりだったんじゃないのかい?』
リュードッグはガサキマの問いかけに、ただニヤリと口角を上げただけで答えた。
『副指令、ご命令を』
ルカを含めた四人の装甲魔動機兵達がガサキマの側によってきて、指示を待つ。ガサキマは四人に近寄ると、先頭のルカの魔動鎧の肩に手を置いた。
『気負うなよ。気負うと死ぬぞ』
小声で語り掛けたガサキマの言葉にルカは頷く。
『分かっています。戦闘に私情は挟みません』
『よし。お前達は魔杖を使って距離を保って牽制しろ。常に奴の側背に回り込んで、決して正面には立つなよ。リュードッグ、あんたの武器じゃさすがに奴に傷を負わせるのは無理だ。遊撃を頼む。奴が隙を見せたら俺が突貫して奴に一撃食らわせてやる』
『突貫……ですか? それは危険なのでは?』
ルカの質問に、ガサキマはいいや、と首を振る。
『竜をやるにはな、これしかねぇんだよ』
ぶっきらぼうの答えるガサキマの言葉に、リュードッグも左様と頷いた。
「魔動鎧を用いても生半可な攻撃では竜は倒せぬ。竜を倒す方法はただ一つ。全力で突撃して体ごとぶち当て、喉元の急所に刃を突き立てるしかない」
魔竜殺しというリュードッグの二つ名はルカ達も知っているのだろう。彼にそう言われると皆黙って頷いた。
『……あの時もそうしたよな』
「……?」
何か言いたげなガサキマにリュードッグは怪訝な顔を向けたが、すぐにガサキマは何でもないと首を振った。
『そんな事より、あの嬢ちゃんがぺちゃんこにされる前に助けに行かねぇとな。お前ら! 手筈通りやれよ‼』
部下にそう叫ぶと、ガサキマは室内に躍り込んだ。
次回は11/12(土)に更新します。




