双月、天穹に満つ(9)
リュードッグとガサキマ、そして四人の装甲魔動機兵は暗い通路の中を進んでいた。六人が進む通路は装甲魔動機兵がゆったり通れる程度の広さがあり、リュードッグを先頭にガサキマが続き、その後は四人の装甲魔動機兵第三小隊が続いた。最後尾はルカという女の小隊長だ。通路は白い岩肌で覆われ、濡れてじめついていた。よく見ると岩肌に掘削した時に付けられたと思われる跡があり、どうやら人為的に作られた通路のようだった。そう考えると、やはり遺跡へ続く抜け道である可能性が高そうだった。
さらに進んでいくと、装甲魔動機兵が数人横になって並べる程度の広い洞窟と合流した。どうやらそこから先は天然の鍾乳洞を利用した通路らしく、高い天井には雫を滴らせる氷柱石がならび、地面のいたるところからも石筍が伸びていた。
その天然の通路を進んでいくと、二股に分岐している場所にたどり付いた。そこで、先頭を行くリュードッグが足を止めて鼻をひくつかせた。
『どうした?』
後ろから声をかけたガサキマに、リュードッグは無言で地面を指し示した。暗い洞窟の中だが、魔動鎧によって視力を強化された装甲魔動機兵達の目には、地面に点々と続く赤い跡が映った。
『これは……血の跡か?』
「その様でござるな」
『一体何の血だ?』
「臭いからすると人間の血の様じゃな」
『匂いで区別がつくのか?』
「うむ。なに、慣れればすぐに区別がつく様になる。まあ、慣れないに越したことはないがの」
『そうすると、誰かが血を流しながらここを通ったって事か?』
「あるいは、負傷した誰かを担いでいった者がいるのやも知れぬな。血痕の形を見るに、遺跡がある方角とは逆に向かっている様じゃが、どうするかの? 血の跡を追うか?」
リュードッグの問いかけにガサキマは魔動鎧の太い指で顎をさすりながらしばらく思案した。
『いや、予定通り遺跡の方へ向かおう。血の主が誰か分からない以上、追っても無駄になるかもしれん』
『副指令、部隊を二つに分けてはいかがでしょうか?』
最後尾からルカが提案するがガサキマは即座に首を横に振った。
『却下だ。この洞窟の中じゃ、一度バラバラになったら再集合するのに時間がかかる。どんな敵が待っているか分からない以上、まとまって行動する』
最初に通っていた人工の通路とは異なり、今通っている通路は天然の洞窟を利用したものである。六人が立つ場所以外に分岐があってもおかしくはなかった。
『承知しました!』
ルカははきはきと答えながら、小指を唇に当てて聖印を結ぶ。
「では、行くとするかの」
リュードッグが再び駆け出すと、装甲魔導機兵達もそれに続いた。
六人は言葉もなく鍾乳洞の中を進んだ。鍾乳洞は途中で何か所も枝分かれをしていたが、赤い血の跡は常に遺跡の方向から続いていて、六人はその跡を遡る形で駆け続けた。
「この独特の臭気は……?」
何度目かの分岐地点でリュードッグが再び足を止め、鼻をひくつかせて洞窟内の空気を吸い込んだ。
『気づいたかい? 生身でよく分かるもんだ』
語り掛けるガサキマに、リュードッグは「ああ」と首肯する。
「ハーケンでの戦役のおりに何度も嗅いだ匂いだ。忘れもせぬ。……この匂いを嗅ぐだけで、灼熱の吐息に焼かれた大地と、そこへ倒れる僚友の躯を思い出す」
『……ああ、俺もだ』
『副司令、これは一体何の匂いなのでしょう?』
追いついてきたルカがガサキマにそう尋ねる。彼女も魔動鎧によって強化された嗅覚で、鍾乳洞に残る臭気に気づいたようだが、その正体には心当たりが無いようだった。
「……でっかいトカゲでござる……火を吐く、の」
リュードッグがガサキマに代わって答えた。
『それはもしかして……?』
ルカの再度の質問にガサキマは頷く。
『ああ、火竜だ。戦役後に入隊した連中は、小型の魔物ですらろくに目にしたことも無いからな。竜の匂いを知らなくても無理は無い』
『火竜……これが竜の匂いですか……』
何か思うところがある様子で呟くルカの後ろで、第三小隊の三人の隊員達は各々驚きの声を上げた。
『副司令、恐れながらこの人数で竜の相手をするのは危険ではないでしょうか?』
隊員の考えを代弁してルカが不安を口にする。ガサキマは『ああ』と頷くが、続けて言った。
『だが、だからといって上官を見捨てるわけにはいかない。そうだろ?』
『……はっ。副司令のおっしゃる通りです!』
言い聞かせるような口調のガサキマに、ルカを含めた四人は魔動鎧の腕を持ち上げると敬礼代わりに聖印を結んだ。
「急いだほうが良さそうじゃの」
リュードッグが声をかけるとガサキマは頷き、部下に付いて来るよう手振りで合図をして速度を上げて遺跡の方へ向かった。
暫く進むと、広い空間に出た。洞窟の闇の中でも、周囲とは異質な平らで金属質な壁が行く手に待ち受けているのが見えた。その壁の下部に開口部があり、白い光が漏れて闇を切り裂くように眩く地を照らしていた。その開口部から少し離れたところに、金属の残骸のような物が転がっているところを見ると、もともとはその開口部は閉ざされていたようだ。
六人がにそこへ近づこうとすると、その中から大地を震わせる低い轟きが聞こえてきた。
竜の嘶きであった。
次回は11/5(土)に更新します。




