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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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双月、天穹に満つ(2)

「もうすぐ塔の最上部へ到着します」

 上方を見上げながらシアンが言った。それから、サキの方を見て言葉を続ける。

「準備は良いですか?」

 サキが鞄に干しイチジクの入っていた紙包みをしまうのを見計らって、シアンが確認する。

「ああ、大丈夫だよ」

 サキは頷いて見せたが、シアンはもの言いたげな様子で、もう一度問いかける。

「本当に大丈夫なのですね?」

「……? もちろん」

「ま、そうおっしゃるなら行ってみましょうか」

「……引っかかる言い方だね」

「行けば分かると思いますよ」

 何かがあることを匂わせてシアンがそう言ったところで、昇降機が減速を始める。体が浮き上がるような感覚が数秒続くと、完全に動きを止めた。

 そこは塔の屋上のすぐ下の階らしく、昇降機の床の縁に届くように手すりのついた通路が壁から伸びていた。その通路に降りて進むと、壁に沿って傾斜のきつい階段が上へ伸びている。

 サキが先頭に立って階段を上っていくと、天井の部分に屋上へ出るためのものと思われる上げ蓋がついていた。

「ここの扉はおそろしく原始的だね」

 サキが地下で目にした壁の一部が消えて通路が現れる仕掛けは非情に高度な魔術によるものに違いないが、それに比べると目の前の上げ蓋はあまりにも単純な構造に思われた。

「先ほども言った通り、突貫工事で作られた物なので色々とちぐはぐな所があるのですよ」

 言いわけのようなシアンの言葉を背で聞きながら、サキはそっとその上げ蓋を押した。厚みのある上げぶたが小さな軋みを立てて開くと、その隙間から肺を焼くような熱気が吹き込んできた。

 外はまさしく地獄絵図だった。地面一面を粘度の低い溶岩流が覆い、弱まるどころか益々と勢いを増して雨は降り続け、それが溶岩に当たりジュウジュウと音を立てて蒸発している。そこから発した蒸気が渦を巻いて立ち込め、白い靄《もや》が一面に満ちて視界を塞いでいた。

 だが、その白くかすんだ視界の先で、黒く大きな影が蠢くのが確かに見えた。中央の塔を取り囲む六本の塔の一つの屋上で、竜が翼を休めながら長い首を四方に廻らせて周りを窺っている。

 サキは開けた時と同じように、そっと上げ蓋を閉めた。わずかな時間だったが、熱気を浴びたサキの上半身からは汗が噴き出して、男物のシャツがじっとりと体に張り付いていた。

「あいつが居るなら、はっきりそう言ってくれればよいのに」

 階段の下でサキを見上げている青髪の少女を見下ろすと、サキは少々恨みがましく言ったが、相手の少女には悪びれた様子はない。

「普段は施設の外のことも分かるのですが、今ははっきりとは分からないんです。特殊な状況ですからね。とはいえ、居てもおかしくはないと思っていました」

 サキはやれやれとため息を吐く。マリーは話が見えずに階段の途中で首を傾げている。

「ね、何が居たの?」

「……でっかいトカゲだよ……火を吐く、ね」

 マリーは「あー」と納得とも失望ともつかぬ声を発して頷いた。

「ここの復旧ってやつは、あの竜に見つからないように隠れながらそっと出来るものかな」

「見つからない確率を計算する事もできますが、まあ、一言で言うと無理ですね。魔力を受け取るときにビカビカって光りますから。ビカビカって。なのですぐに気づかれます」

「……分かった。いったん降りて作戦会議だ」

 サキの言葉に、階段を半分上りかけていたマリーは、あらあらと言いながら、もぞもぞと後ろ向きに急な階段を降り始める。マリーが降り終わったのをみて、サキは軽く跳ねてマリーの隣に着地した。

「じゃ、切り札、だしちゃいましょうか?」

 気軽に言うシアンの言葉にサキは内心驚いたが、表面上は平静を装って答える。

「シアンは一体どこまでアタシ達のことを知っているんだい?」

「先ほど言った通りですよ。普段なら施設の外の事も分かるのです。塔のすぐそばであれを使ったのもちゃんと見てましたよ」

――なるほど。単眼鬼を倒した時の事か。

 サキは納得したが、マリーは二人の会話について来れずサキとシアンを見比べている。

「切り札って、一体何の事?」

「……秘密にしてたわけじゃないけど、マリーにはまだ言ってなかったことがあるんだ」

 サキはそう言いながら、襟元から青い制御結晶を引っ張り出した。

「その制御結晶ががどうしたの? ここには魔動鎧が無いじゃない?」

「心配いりませんよ。ただの制御結晶ではなく飛び切りの年代物ですので、その点も問題ありません」

 サキに代わって何故かシアンが自慢げに言って小さな胸を張る。

「そんなわけで、ちゃっちゃとアレを出しちゃってくださいよ」

「何か調子が狂うな……」

 サキは苦笑しながら、鎖を首から外して制御結晶を宙に掲げる。制御結晶が青く光ると一面が青い光で満たされた。

「えっ? これは何……?」

 戸惑って不安げに周囲を見渡すマリーの手をシアンがそっと握って「大丈夫ですよ」と声をかける。その間にも、青い石は高い音を放ち、白い線を通路の床に照射し始めた。

 地面に複雑な文様が描き出される。シアンは目を輝かせ、関心した様子でその文様を観察している。

「クレサ帝国時代の末期に開発された物質記録術式ですね。特定の物質を魔力情報化したものを別の物質の中に保存しておくものです。注目すべき点は、魔力と物質の相互変換は膨大な魔力が喪失されて割に合わないのが常ですが、空間魔術を組み合わせることで、うまくその問題を回避している所です。美しいですねぇ」

「私には何が何やら……」

 シアンに手を握られたままマリーが床の文様を見ていると、描かれた六芒星の中心から黒い影が染み出る。その影が膨らんで人の形をとると、マリーは驚いてシアンの手を強く握りしめる。シアンは痛みに眉をしかめて非難の声を上げた。

「驚かしてごめんね。これがアタシの魔動鎧だよ」

 サキが制御結晶を首に掛けなおしながら言う。その言葉に少しは安心したのかマリーの手の力が抜け、隙を見て自分の手を引き抜く事に成功したシアンは、フーフーと手に息を吹きかけた。だがマリーはその様子に気づく事もなく、眼の前に現れた黒い殺戮人形をじっと見つめていた。

次回は10/15(土)に更新します。

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