双月、天穹に満つ(3)
「黒い……魔動鎧……?」
マリーは何かを考えながらサキの黒い魔動鎧を見つめ続けている。
「そう。シアンが言ったように、何百年も前の骨董品だよ」
サキの言葉に、シアンは違いますよと抗議の声を上げる。手の痛みはようやく引いたらしい。
「わたくしは飛び切りの年代物と言ったんです。その魔動鎧は、神遺十二領と呼ばれるクレサ帝国時代に作られた十二領の鎧の一つで、後世にそれらを模倣して作られた量産品とは一線を画す性能を持っています。その分、使いこなせる人の数は限られていますが、ただの骨董品ではありませんよ」
「へえ、詳しいじゃないか。アタシだってそこまでの由来は知らないってのに」
「まあ、知らなくとも無理はありません。今でもその時代のことが変わらずに伝わっているのは、大陸中央の聖王国か、南方のバイカスくらいなものです。どちらも情報を開示するよりは隠蔽するのが好きな人たちですからね」
バイカスは南海の孤島に住まう鱗持つ人々の国だ。彼らは竜と人の子孫である竜人を自称し、独特の歴史観と文化を保ち続けている。大陸に住む人間たちとは最低限の交渉を持つのみで、彼らから島の外へ出ることも人間たちが島の中へ入ることも好まないため、謎の多い民族である。一方で人間たちの世界では失われた古代クレサ帝国の優れた技術の多くが、いまだにバイカスでは守られているという。そのためもあって、地図上のバイカスは吹けば消し飛ぶような小国だが、人間たちから彼らへちょっかいを出すようなことは起こらない。正確にいえば、過去に何度かバイカスの優れた技術を武力で我が物にしようと目論んだ国はあったが、それらの国々がどんな末路を辿ったか歴史を知る者は同じ愚行を犯そうとは考えないのであった。
「とにかく、アタシはこれであの竜を何とかするよ。二人はそれまでここで待っていてくれる?」
「はーい。マリーさんもそれで良いですか?」
「……えっ? う、うん」
マリーは話を聞いていたのか聞いていなかったのか分からない様子で、頷く。
「マリー、大丈夫?」
サキはマリーの様子を機にかけながらも、跪いて主を待つ魔動鎧へと歩み寄る。
「ううん、なんでもないよ。……ちょっと疲れちゃったのかも?」
マリーはそう言って小さく笑う。その表情に翳りがあるのを見ながら、サキは無理はないのかもしれない、と思った。
――魔術で直したとはいえ一時は足が折れていたのだし、昼間から半日以上も走り続けてたみたいだしね。
サキはそう思ったが、途中で小休止したとはいえ前日から走り続けているサキも人のことは言えない。マリーは速度を調整しながら遺跡まで走って来たが、それを追いかけたサキの方は全力で走ったのだからなおさらである。
「そう? じゃあ、ちゃっちゃとあのトカゲをなます切りにしてくるから、座って待ってていいよ」
サキは努めて明るくそう言って笑いかけると、膝を着いて背中が開いた状態で持ち主を待つ魔動鎧へ手足を滑り込ませる。
『じゃ、行ってくるね』
「うん……気を付けてね」
黒い鎧を纏って階段へ向けて歩き出したサキにマリーは心配そうに声をかける。その後ろではシアンがにこやかな顔で手を振りながら見送っている。
サキは階段を駆け上がると上げぶたを押し上げて、塔の上に飛び出した。たちどころに熱気に包まれるが、魔動鎧を着こんでいれば額に汗することも無い。
頭上の空は相変わらず暗く、対照的に地面が赤々と光っている。まるで世界がさかさまになったかのような錯覚を覚える。その眩暈のような感覚を振り払い、中央の塔の上で辺りを見回すと、初めにその姿を認めたのと同じ南側の塔の上に、黒い塊が蹲っているのが見えた。
サキの視線に気づいたのか、項垂れていた長い首を起こすと赤く光る瞳をサキの方へ向けた。
一人と一頭は互いに声もなく見つめあった。
――この竜は、もしかしたらアタシが来るのを待っていたのかもしれない。
サキはそう思った。そうでなければ、翼をもつ竜がこんなところにいつまでも留まっているのが説明できないように思われた。噴石こそ落ち着いたものの、まだ火口からは赤々とした灼熱の溶岩が流れ続けているのだ。生あるものならば好んで居つくような場所ではない。もしかすると、火竜にとってはこの灼熱の世界こそが居心地の良い場所なのかもしれないとも考えたが、そうだとしてもやはり竜は自分を待っていたのだと、物言わぬ竜の眼の輝きがそう伝えているように感じられた。
――制御結晶と同じ色だ。
サキの制御結晶は青い色をしているため違うのだが、一般的な制御結晶は燃えるような赤い色をしているのだ。その色と、竜の瞳の色が同じだった。もちろん、それは偶然にすぎないのだろう。だが、制御結晶がその美しさで人の眼を集めるのと同じように、竜の瞳も一度目にすると目を離せなくさせる何かを秘めているようだった。その何かは、竜が持つ美しいまでの凶暴さなのかもしれない。人は凶暴な存在を忌み嫌うのと同時に、その凶暴さを目の当たりにしたいという欲求を感じずにはいられないものだ。
――もちろん、暴力を振るわれる相手が自分でなければ、だけどね。
だが、今回に関しては竜が暴力を振るう相手はほかならぬ自分なのだ。
サキは細心の注意を払って竜の動きを見守るとともに、音もなく手のひらの先に黒光りする大剣を出現させた。
その大剣が灼熱の溶岩が放つ光を反射して光ったのが合図だったかのように、竜は長い首を天空へ向けると咆哮した。その咆哮は大気だけではなく塔をも震わせ、地を覆う溶岩までもが振動して飛沫を跳ね上げた。
竜は長い咆哮を終えると、その巨大な翼を羽ばたかせ烈風をまき散らしながら飛び上がった。
『来い!』
サキが剣を大上段に構えて大喝する。だが、竜が人語を解するのか否かは不明だが、竜は飛来することなく、ただその大きな顎をサキの方へ向けた。その顎の奥が赤く煌めくのがサキの強化された視界に映った。
『チィッ』
舌打ちを一つ鳴らすと、サキは構えを解いて塔の上を東へ走り、全身をバネのように縮ませてから跳躍した。魔動鎧の足が塔の上を離れるのと、サキの背後を灼熱の吐息が薙ぎ払うのがほぼ同時だった。
サキが纏った魔動鎧は放物線を描いて東へ飛ぶと、中央の塔を取り囲む六本の塔の内の一本に降り立った。金属同士がこすれ合う高い音を発しながら魔動鎧は塔の上を滑り、その縁で動きを止めた。跳躍する向きと力加減を少しでも間違えていたら、彼女の体は溶岩の海へ真っ逆さまに落ちていただろう。
『正々堂々と来い! それでも男か‼』
サキは叫んだ。実際のところは、その竜が雄か雌かは分からないのだが。その言葉に反応するように、首をめぐらしてサキの方へ向いた竜は、再びその顎を大きく開いた。
『これは、思ったよりずっと厄介な相手だね』
サキは再び塔の上を駆けだしながら独りごちた。
次回は10/16(日)に更新します。




