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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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双月、天穹に満つ(1)

 燐光して上昇する昇降機の上で、少女達は三者三様の表情で頭上を見上げていた。三人の表情をサキが出した白く光る光源が照らしている。

 サキは険しい表情で、マリーはまだ青い顔をしている。シアンだけは感情の無い表情のままだった。

 三人の間に漂う空気は重く、誰もが口を閉ざしていた。

 暫くそのまま時間が過ぎた。静寂を保ったまま目的地である塔の最上階部まで到着するかとも思われたが、くぅと小さな音が鳴って静寂が破られる。

 サキが音のなった方を見ると、マリーが先ほどまでは青かった顔を今度は赤くしてお腹を押さえていた。

「お腹が空いたの?」

 サキの問いかけに、マリーははにかんで遠慮がちに頷いた。

「無理もないね。もうすぐ真夜中になるっていうのに、夕飯を食べてないんでしょ?」

 マリーはもう一度頷く。ミノカ村へ来る途中のマゴダ村で軽く夕食を済ませたサキとは違い、マリーは一日二回の食事の朝食を取ったきりなのだ。

「ちょっと待ってて」

 サキはそう言うと、鞄の中から紙の包みを取り出した。包みを開くと中から乾燥イチジクが五、六個ほど姿を現した。それはサキが鞄の中に常備している保存食だった。

「こんな物しかないけど」

「でも、貰っちゃ悪いわ」

「食べるために持ち歩いてるんだから、遠慮する必要はないよ」

 遠慮がちなマリーに向けて、サキはずいと包みを差し出した。そこへ隣から白く小さな手が伸びる。

「では遠慮なく」

 そう言ってシアンは乾燥イチジクを一つ摘まむと、木の実を齧る栗鼠の様に果肉にかじりついた。

「あっ……まあ、いいけど。シアンもお腹が空いてたの?」

 サキの質問に、シアンはかじりついていた乾燥イチジクから口を離して答える。

「空腹か、と言われればそうですね。最後に物を食べたのは五百年前ですからね」

「良くそれで生きてられるね」

「休眠器は血液中に直接栄養を送り込むように出来ているのです。ですからお腹はすいても餓死はしないのですよ」

「すごいな。でも、それはそれで辛そうだね」

「休眠器の中にいる間は気になりませんけどね。一度目覚めてしまうと、体が無性に食べ物を欲するのです。体のつくりは人間とほぼ一緒ですからね。まったく不便なものです」

 そう言うとシアンは再びイチジクの実に齧りついた。どうやら味覚の嗜好は見た目の年齢相応らしく、素朴な酸味と甘みのある乾燥イチジクを齧る様子は満更でも無さそうであった。

「マリーも食べなよ。この分じゃ、全部シアンに食べられちゃうよ」

「そんなことはしません。ちゃんと一つは残しますよ」 

 イチジクにかじりつきながら、シアンはもごもごとそう言うって抗議した。

「だってさ。急いだほうが良いよ」

「うん、それじゃあ」

 マリーもイチジクを取っておちょぼ口で齧りつく。そうやって暫くイチジクの実を齧っていたが、半分ほど食べたところでポツリと言葉を漏らす。

「おかしいね。こんな時にもお腹が空くなんて……」

「仕方がないよ、生きてるんだから」

「うん、そうよね……。でも、あの人はもう何も食べられないんだわ……。あの人だけじゃない。私を追って来た兵隊さんたちも、皆死んでしまった。私が逃げたりしなかったら、誰も死なずに済んだんかもしれないわ……」

「それは……」

 サキはマリーにかける言葉が無く黙ってしまった。だが、その代わりのようにシアンがもごもごと口を動かして言った。

「その結果マリーさんがこの施設を訪れなければ、この施設の機能が完全に停止して周囲は敵性生物で溢れかえり、近隣住民は命を落とすことになるでしょうね」

 その言葉がマリーにとってどれほど慰めになったかは分からないが、彼女はシアンに向かって小さな笑みを見せた。

「ありがと、シアンちゃん」

「事実を言っただけです。お礼を言われるような事ではありませんよ」

 シアンは謙遜してみせるが、表情は少し嬉しそうに見えた。

 マリーは再びイチジクの実を齧り出したが、無言で何かを考えているらしかった。サキはそれとなくマリーの横顔を見ていたが、そのマリーが不意にサキの方を向く。

「ね、サキ。サキの髪を切った月夜の晩の事を覚えてる?」

 突然の質問にサキはちょっと戸惑ってから頷いた。

「もちろん忘れたりなんてしないよ」

 それは、二人の少女が出会って交友が始まった日の事なのだ。たとえ長い年月が経とうとも忘れる事の方がよほど難しかった。

「あの時、幼い頃に母さんを亡くしてよく覚えていない私と、お母様の事を覚えているあなた、どっちが幸せなんだろうって話をしたよね」

「うん、そんな話をしたね」

「私ね、思うの。幸せに、カタチがあったら良いのにって」

「カタチ? 幸せの?」

「そう。手で触ったら分かるようなカタチ。目で見て分かるような色でも、鼻で嗅いで分かるような匂いでも構わないわ」

「面白い発想ですねぇ。人間の言う幸福という物をわたくしは表面的にしか知りませんが、匂いで判定出来たら便利ですね。そうだとしたら、一体どんな匂いがするのでしょうか? やはり鮮やかな花のような匂いでしょうか? それとも熟れた果実のような匂いがするのでしょうか? はたまた爽やかな風のような匂いでしょうか?」

 シアンが面白がってあれこれというと、マリーも「どうかしらね」と言って笑った。

「そんな事、知ってどうするの?」

「それが分かれば、どうして人が満たされないかも分かるんじゃないかしら? あのゴルデっていう人、私のお兄さんだっていう人、ちっとも幸せそうじゃなかったわ。大貴族の御曹司として生まれ、何不自由なく育ったっていうのに。あの人が、自分自身の幸せのカタチを知っていたら、結果はまた違ったのかも知れないわ」

「……そうかもね。でも、幸せのカタチって、皆同じじゃないんじゃないかな? 同じ形にすればみんなが幸せになれるってわけじゃ無いと思うよ」

「花の匂いが好きな人もいれば、風の匂いが好きな人もいますからね」

 分かった様にいうシアンに、サキは「そういう事」と言って頷く。

「そっか、そうよね」

 マリーはサキの言葉に納得したように何度も頷いた。

「みんな求めてるものが違うから、それが当然なのよね」

「そう。だからアタシ達はたくさん言葉を交わして、お互いの事を知らないといけないのだと思う。無闇に傷つけ合わないためにね」

「そうだよね……きっと、そうできたら良かったんだわ……」

 マリーは納得したように頷いてから、また何事か考え始めた様だった。

「まあ、いくら話をしたところで人間同士が理解し合える保証なんてありませんけどね」

 三つ目のイチジクを齧りながらシアンがそう言って水を差したが、サキは暗い縦穴を見上げてただぼそりと呟いた。

「それでも、さ」

次回は10/9(日)に更新します。

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