↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
62/100

深き孔の底で(21)

「サキッ!」

 サキの後方で二人の戦いを見ていたマリーは、サキの不利を見て取ると男へめがけて掌から光の玉を放った。殺傷力は一切ない光源の術である。だが、相手を警戒させることは出来た。

 男はサキの肩を蹴り飛ばしながら、その反動で後ろに跳んで光の玉から距離を取る。

 その光の玉が、男がさっきまで居た場所にぷかぷかと浮かんでただ辺りを照らしているのを見て、男は嘆息した。

「おいおい、無断参加はお断りだぜ? 俺とそのお嬢ちゃんが楽しく遊んでるのを見て寂しくなったのか? 一緒に遊びたいのなら一声かけてくれれば、こっちは大歓迎だけどな」

「お前の相手はアタシだ。マリーに手を出すな」

 蹴飛ばされて地面にしたたかに背を打ち付けたサキは、肩で息をしながら立ち上がると、マリーを庇うように男との間に分け入った。

「おい、貴様。妹を傷つけるなよ」

 男の背後から、ゴルデもまた非難の声をあげた。男は興ざめした様子で肩越しにゴルデを顧みる。

「せっかく楽しくなってきたんだ、ちょいと黙っててくれないか」

「なっ!?  貴様、契約した以上は私に従ってもらうぞ。さっさとその女を始末しろ」

「あーそうか。じゃあ、契約は破棄するか。このお嬢さんはまだ生かしておいた方が面白そうだし、前金も貰ってないことだしな」

 あっけらかんと男は言う。あまりに落ち着いて言うので、ゴルデはその言葉の意味を理解するのに暫く時間がかかったほどだ。

「そんな勝手が許されるとでも思っているのか!?」

 男はサキに背を向けて完全に振り返ると、まだ地面にへたり込んでいるゴルデを見下して鼻を鳴らした。

「悪いな、元々あんたの言う事なんて聞くつもりは無かったんだ。そこのお嬢さんとちょいと遊びたかっただけさ」

 男は話しながらゴルデに歩み寄る。

「貴様……一体何を言ってるんだ?」

 唖然としてゴルデは男を見上げた。男はどこか楽し気にその視線を受けている。

「では、何故貴様はここに居る? 私を助けに来たのではないか?」

「ああ、あの方から命じられてね。首を貰いに来たんだ」

「首……? まさかあのお方は……」

 ゴルデが言い終わるよりも早く、男が凶刃を横一文字に振るった。己の状況が分からず呆けた表情をしたまま、ゴルデの首が血を吹きながら宙に舞う。首から下げられていた赤い制御結晶も鎖を断ち切られて放物線を描いて飛んでいき、床で跳ねて高い音を二、三度立てた。

「そ、あんたはお払い箱なのさ」

 ゴルデの体は首から血を噴き上げながら、意思があるようにビクリと痙攣し、ゆっくりと床に崩れ落ちた。その凄惨な有様にサキは息をのみ、マリーは言葉にならない絶叫を上げる。シアンだけが顔色を変えることもなく、人が死ぬ様を興味深そうに見ていた。

「一体……何のつもりだ?」

 サキの問いかけに、男は口元にわずかに笑みを浮かべながらゴルデの首に歩み寄り、髪の毛を掴んでその首を拾い上げると言った。

「こっちにも色々と都合があるってことさ。ま、ともかくこの首さえあればお嬢さん方には用はない」

 そう言うと、男はサキとマリーにはもう興味がないというように背を向けて歩き始めた。その様子を見てサキは気を緩め、青い顔をして異母兄の遺体を見つめているマリーへちらりと視線を向けた。

 だが、サキの一瞬の気の緩みを見越したかのように男は素早く振り向いた。

「なんてな」

 男は左手にゴルデの首を持ったまま地を這うように疾駆してサキに肉薄すると、下段から素早く切り上げた。すさまじい早業で繰り出された白刃を、寸でのところでサキの剣がはじき返す。

 サキは地を蹴って後ろに飛んで男との間合いを取ろうとしたが、男は足を送って追いすがった。

 間合いを空けないように動く男に対して、サキは向かえ打つように刺突を繰り出す。

 男はそれを首の動き一つで躱すと、左手の生首をサキの眼前に突き出して彼女の視界を塞いだ。

 サキは舌打ちを一つして、左手で自分の額に接吻をする程突き付けられた生首を払いのける。

 だが、その払った首の真後ろから抜身の刃が現れる。

 サキは体勢を崩しながら屈んで鋭い刺突を避けた。

 崩れた体勢のまま遮二無二剣を繰り出す。

 その剣の切っ先が、男の太ももを掠める手ごたえがあった。

 だが直後に、男が放った強烈な蹴りが深々とサキの鳩尾に食い込んだ。

 サキは鳩尾を抑えて床に倒れこんだ。男は足から流れる血も意に介さない様子で、這いつくばるサキを見下ろす。

「へぇ。まだこの間の傷が完治してないとはいえ、二度も手傷を負わされるとはね。お嬢さんを見くびってたよ。それとも、この間の晩はそっちのお嬢さんを守るのに気を取られていたのかな」

 呼吸も儘ならない状態で歯を食いしばってサキが立ち上がろうとしていると、マリーが傍に駆け寄ってきて庇うように男との間に体を割り込ませた。

「おいおい、あの時と違って今度はあんたを殺しても良いんだぜ、こっちは」

 男は剣の切っ先をマリーに向ける。マリーは首元に刃を突きつけられ、震えながらも男を睨みつけた。

 三人の間に静寂が満ちたが、それまで黙ってどこか興味深そうに成り行きを見ていた四人目の人物がその静寂を破った。

「取引をしましょう」

 サキとマリーの背後から、シアンがそう声をかける。

「取引だって? どういうことか言ってみな」

「あなたが侵入するのに使った通路は既に使えなくなっていますが、わたくしなら、別の出口を用意することが出来ます。その出口を使ってあなたは外に出ることが出来るでしょう。その代わり、お二人を傷つけないでください。そのお二人に死なれるとわたくしが困ってしまいますから」

 ふん、と男は鼻を鳴らす。サキとマリーを見下ろして考える様子を一瞬見せたが、すぐにシアンに向かって首肯して答えた。

「なるほど。悪くない」

 男は後ろに下がると剣を引いて鞘に納めた。マリーは大きくため息をついて、体の緊張を解いた。

「分かった、それで手を打とう。あまりゆっくりしていると大事な首が萎びちまうからな。な、城主サマ」

 男は左手を自分の顔の高さまで持ち上げると、その手に持った生首に対して話しかける。そうしてから、首肯させるように生首を揺らして裏声を発した。

「ソウダ、私ノ首ガ萎ビル前ニ、早クココカラ連レ出スノダ! コレハ命令ダ‼」

「……狂ってる」

 ようやく呼吸が整い嫌悪感をあらわにして呟いたサキに、男は「そうさ」と応じた。

「世の中ってのはみんな狂ってるもんだ。知らなかったのかい?」

「そんなもの、知りたくもない」

 サキはそう吐き捨ててよろめきながら立ち上がると、己の剣の切っ先を男に向けて構えなおした。

「おいおい、取引は成立してるんだ。あんたもさっさと物騒なもんを仕舞いな」

 サキは男の声を聞いても、剣を下げることなく無視した。男はぶつぶつと悪態を吐いて、一度離した手を再び剣の柄にかける。だが、サキと男の間の張りつめた緊張を打ち消すように、シアンがパンパンと手を叩いた。

「はいはい、二人ともそこまで。いま扉を開けますので、そちらの方はとっとと消え失せてください」

 シアンが壁に手を向ける。秩序の神が地に降り立つレリーフが書かれた壁だ。壁の一部が青く光ると、出口が口を開いた。湿った冷たい風がその先にの空間から流れ込んできたが、扉の向こうは明かりが灯っておらず、どうなっているかは室内から漏れ出た光が届く範囲しか見えなかった。遺跡の壁とは異なる岩肌が見えることから、どうやら洞窟になっているらしい。

「この洞窟は何処につながっているんだ?」

「途中で数か所分岐していますが、どこを通っても地上に出られるようになっています。お好きな道をどうぞ」

「そいつは助かる。俺様、こう見えて方向音痴でね」 

 軽口を叩きながら男は背を向けて悠々と歩き出す。その後ろ姿が闇の中に消えるまで、三人は一言も発せずに見つめていた。

 男が光も声も届かない場所まで遠ざかったとみると、マリーが大きく息を吐きだした。彼女はふらりと立ち上がると、ゴルデの遺体がある方へ僅かに視線を向けたが、すぐに顔を背けると嗚咽を漏らした。

 サキはマリーにかけられる言葉を見つけられなかったが、シアンは違ったようだ。青髪の少女は、惨劇など起こらなかったかのように足取り軽くマリーに近づくと、その顔を覗き込んで尋ねた。

「悲しいのですか?」

 マリーはゆっくりと首を振った。

「分からないの。あの人のことは嫌いだった。出来ればもう会いたくないと思ってた。鼻を折ったのだって、悪いとは思わないわ。……でも、死んでほしいと思う程憎んでいたわけじゃないの。おかしいかな? 父さんはあの人に刺されて大けがをしたっていうのに。あの人が死んだことをもっと喜んだ方が良いのかな?」

「さあ? 人間の感情がどうあるべきかなんて、わたくしには分かりません。分からないから聞いてみたのです」

「そっか……。そうだよね……」

 マリーはそう言って、シアンの頭をそっと撫でた。シアンは嫌がるでもなく僅かにくすぐったそうにして、はにかんだ。

「何もおかしくないよ。どんな理由があっても誰かの死を望むなんて、健全な精神状態じゃないよ」

 サキがそう言うと、されるがままにマリーに撫でられていたシアンが口を開いて疑問とも述懐ともつかぬ言葉を口にする。

「健全な精神状態という物があるとして、果たしてどのくらいの人間がその状態にとどまっているのでしょうか? 先ほどの人を見る限りは大いに疑問に感じますね。まあ、多くの人間が健全な精神状態にいるのなら、わたくしとしても模倣がしやすくて大変助かるのですが、実際には多くの人が不健全な精神状態にあるから真似るのが難しいのです」

「不健全な人が多いからって、それを真似する必要はないよ」

「なるほど。その意見は納得です」

 手を叩いて得心するシアンに対して、それよりも、とサキは話を変えた。

「さっさと上に行こう。時間が無いんでしょ?」

次回は10/8(土)に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。