遺跡へ(9)
サキは村長の屋敷の食堂に居た村の女に左手の抜糸をしてもらい、屋敷の外に出た。外に出ると、家具や荷車、保存食をしまっておく壺や水瓶などあらゆるものがかき集められて防壁が石垣の外に作られかけていた。四輪馬車の車体や倒された小緑鬼の躯までもがその一部になっている。躯の数が増えているところを見ると、サキが屋敷の中にいる間にも数体が襲い掛かって来たようだ。だが、数体の小緑鬼が散発的に襲い掛かって来る程度では、装甲魔動機兵にとって脅威にはなりえない。
村の男たちの半数はまだ防壁に積むための家具などを付近の家から運び出していたが、残りの半数は手に手に狩猟用の弓や木こりが使う斧などを持って落ち着きなく体を揺すりながら闇を覗き込んでいる。
その村人たちに交じって、二人の装甲魔動機兵と馬から下りた四騎の騎兵も緊張した面持ちで防壁の外を睨みつけていた。騎兵のうち二人はサキが屋敷に着いた時には見なかった顔だ。どうやら屋敷の周りの哨戒から戻ったらしい。
村の周辺は不思議な事に静寂に包まれていた。先ほどまで闇の中から漏れ聞こえて来た魔物の息遣いはすでになく、リュードッグに打倒された魔物が上げたと思われる悲鳴にも似た声もまた聞こえなくなっていた。その静寂によって、殊更に闇の中から突然おぞましい怪物が襲い掛かって来る想像をせずにはいられなかった。
その静寂を破って、ガチャガチャと金属音が近づいて来る。
「止まれ! 誰だ!?」
サキがされたように、闇の中から姿を現した老兵もまた騎兵の誰何を受けた。
「それがしはリュードッグと申すもの。そこに居られるサキ様の護衛役を務めておる」
リュードッグへ声をかけたのは、サキと会話をした年かさの騎兵だった。この場の指揮はこの騎兵が執っているらしい。
年かさの騎兵が目で問いかけて来たので、サキは黙って頷いた。
「そうでしたか。……失礼ですが、この道の先から聞こえていた物音は、貴殿が立てていたものですかな?」
騎兵は念のため確認するように尋ねた。闇の中から現れたリュードッグの薄鈍色の鎧は、魔物の返り血を浴びて緑色のまだら模様になっている。その様子と先ほどまで聞こえていた悲鳴のような声を考えれば、彼が何をしていたか想像するのは難しくないだろう。
「左様。ざっと、十五、六体は倒しましたかな」
若い騎兵が、おぉ、と歓声を上げたが、年かさの騎兵を含めてほかの者は訝し気な表情を見せた。年かさの騎兵はリュードッグの異様に大きな右腕が血塗られているのをちらりと見てから口を開く。
「……にわかには信じがたい話ですな。生身の体で魔物を倒すとは……」
「ハッハッハ、ならば、この先に屍が転がっておる故、ご自分の眼で確かめて来てはいかがですかな? このリュードッグ、己の戦果を誇張するつもりはござらぬが、二、三体ぐらいならば数え間違えておるかもしれませぬからな」
哄笑してからそう告げるリュードッグに、年かさの騎兵は首を横に振って答える。
「いえ……先ほどの発言は忘れてください。今、躯の数を数えたところで詮無き事ですから」
『卒爾ながら……』
それまで黙っていた装甲魔動機兵の一人が声を発する。
『御身のお名前は聞いたことがあります。ハーケン戦役の七英雄の一人、魔竜殺しのリュードッグ殿。装甲魔動機兵ならば一度は聞く名です』
「ほう、それがしの名を知っておられるか」
『ええ、自分は大戦の際はまだ新兵でハーケン出征には加わりませんでしたが、帰還した先達から大戦で比類ない戦果を挙げた七英雄の話は何度も聞きました。大公様自身が七英雄の一人に選ばれてもいますからね。それ以外の方、特にリュードッグ殿、アルディン殿、ラズピ殿のお三方の名も我が国でも有名です』
「その連中と並べられると少々面はゆいですな」
普段は放っておいても自慢話を始めるリュードッグが、珍しく照れた様子でもごもごと話した。
「この方が七英雄の一人なのか?」
尋ねる年かさの騎兵に、装甲魔動機兵の男は『ええ』と答えた。その言葉には、少し侮るような響きがある。リュードッグの名を知らないことが信じられないとでも言いたげだ。
『リュードッグ殿と言えば、同じ七英雄のアルディン殿に並ぶ白兵戦の達人と聞きます。魔動鎧がなくとも、乙種二級程度は敵ではありますまい』
若い騎兵がもう一度「おぉ」と歓声を上げる。今度は訝しむものは誰もいなかった。
「それで、村の周りの魔物は駆逐したのか? 魔竜殺しのリュードッグ殿」
兵士達の疑念が解けた後、からかう様に話しかけるサキに、リュードッグは苦笑いをして答える。
「いえ……。連中、小出しに攻めて来ても埒が明かないと気づいたのでしょう。西の森の方へ下がっていきました。次は数をそろえて一挙に攻めてくる腹積もりでしょうな」
「なるほど。甲種とは違って頭が働くというわけだ」
「ええ。厄介な事です。今のうちに出来る限り守りを固めておくべきでしょうな」
リュードッグはまだまだ不十分だと言いたげな様子で、屋敷の周りに積み上げられた防壁を見る。
「うん。そいつはドグに頼むよ。オレはマリーを迎えに行く」
「一体どういうことですかな? マリー殿はこの村に居られぬのですか?」
「西の森の方に逃げ出したらしい。おそらく遺跡へ向かったのだろう。とにかく、オレはマリーを探しに行く。この場はドグに任せるよ」
サキは気軽に言ったのだが、それに対するリュードッグの言葉は鋭かった。
「なりませぬ!」
次回は7/16(土)に更新します。




