遺跡へ(6)
「サキ様!」
騎乗のまま村長の屋敷へ近づくと集まっていた村人の中から声をかけられた。声の主を探すと見覚えのある青年の姿を見つけた。
「ヨナさん。これは一体何があったんだい?」
「それは……昼過ぎに城主様の一行がいらっしゃって……」
「貴様誰だ!?」
ヨナが答えている途中で、二騎の騎兵が近づいてきて誰何された。若い騎兵と年かさの騎兵の二人組だ。
「馬を下りてこちらに来い! ここでは我々の命令に従ってもらうぞ」
若い騎兵が、サキをくみしやすい若造と見たのか、居丈高に命じる。だが、無論それに応じるサキではなかった。
「そんなことを言っている場合か!! 状況が分からないのか!? 指揮官はどこにいる?」
思いがけないサキの剣幕に若い騎兵はたじたじとなって、年かさの騎兵を見た。
「城主様は今はここには居られぬ。我々はここを守るように命じられている」
年かさの騎兵が代わりに答えると、若い騎兵も黙って頷いた。実際には、ゴルデはミノカ村を守れとは一言も命令していない。しかし、この二人は少しはまともな職業倫理を身に着けていているらしかった。
「それならばなおさら、くだらない事で時を無駄にするな! 女、子供、老人は屋敷の中へ! 男達には荷車や家具を運ばせて、石垣の外側に積んでもう一つ防壁を築かせろ」
「きっ、貴様!? 我々に命令する気か?」
若い騎兵はいきり立ったが、年かさの方はそれを宥めた。
「まあ、待て。その人の言う事ももっともだ。今のうちに出来るだけの備えをしておいた方が良い」
年かさの騎兵は若い騎兵にだけ聞こえるように声を落として続ける。
「それに、血の気の多い村の男どもが馬鹿な真似を起こさないように、仕事を与えて気を逸らしておいた方が良い」
その言葉に若い騎兵も渋々頷く。
「他の者にも伝えてくれ。特に二人の装甲魔動機兵はこういう時に役に立つからな」
大人が四、五人がかりで持ち上げるような荷物も、魔動鎧を使えば軽々と運ぶことが出来る。装甲魔動機兵達にとっては名誉な仕事とはみなされなかったが、戦場では工兵を支援して野戦陣地の設営を行うことも少なくはない。
若い騎兵が傍を離れて別の僚友のもとへ向かうのを見送ってから、年かさの騎兵はサキの方へ向きなおした。
「さて、初めの質問に戻りますが、貴方がどなたか教えてくださらんかな」
最初に比べれば大幅に丁寧な物言いに変わった。サキの言動から、サキの生まれが卑しからぬ事が分かったのかもしれない。
もちろんサキは本当の身分を明かすわけにはいかないが、こういった場合の筋書きはあらかじめ考えてある。
「オレはサキ。東方のクマシロの出で、供を連れて諸国を回っている」
堂々としたサキの返答に、年かさの男はふむ、と頷いた。瞳の色こそハーケン人の様に青いとは言え、サキのさらりとした黒髪を見れば、東方の出身であるという事は納得できる話だろう。
「失礼ですが、どちらかの貴人の家系に連なる方ですかな?」
「まあ、そうだ。詳しくは言えぬが、母はクマシロでは十指に入る家の出だ」
実際は、サキの母親はクマシロの王女だったのだから十指どころではない。
「それはそれは……どうか先ほどの失礼の段、ご容赦ください」
「分かっている。こんな状況では仕方のないことだ」
サキのその言葉を引き出して、年かさの騎兵は安心したようだ。貴人に対して礼を失した事で、後で面倒な事にならないか心配していたらしい。
――こんな時に、失礼も何もないだろうに……。
そう思うサキではあったが、話を蒸し返しはしなかった。
「しかし、手際よく村人を一か所に集めたものだな」
「それは……城主様のご命令でして」
――キノハの城主、ゴルデという男か……。いけない、アタシがここに来た用事は別にあるんだった。
「それはそうと、村長の娘マリーを知らないか? それに、村長の姿も見えないようだが?」
サキには、バドという男がこんな非常事態に屋敷の中に籠ってしまう人物だとは思えなかった。
「そ、それは……」
言いよどんだ騎兵の代わりに、黙っていたヨナが答えた。
「マリーお嬢さんなら、昼頃に城主様に連れていかれてしまいました。その際に旦那様も城主様に刺されてお怪我をなさって……」
「なんだって?」
驚いたサキはじろりと騎兵に視線を向けた。
「一体どういう事か教えてもらえませんかね?」
「わ、我々は城主様の命令に従っただけです」
彼は彼で、後ろめたい事をしているという自覚があったのだろう。ムールン大公ならば決して行わないような非道を、嫡男とは言えゴルデが行った事に対する反感もまた、彼の歯切れを悪くしているに違いない。
「だから、出発する前にちゃんと副指令官殿に確認したほうが良いと自分は言ったんです。あのお坊ちゃまに付き合ったから、こんな目に会うんですよ」
「こら、止さないか。滅多なことを言うものじゃない」
どこから会話を聞いていたのか、若い騎兵はが文句を言いながら帰ってくるのを年かさの騎兵は窘めた。
「誰かマリーの居場所を知っているか?」
「お嬢さんを乗せた馬車が御者だけ乗せて戻ってきています。御者を捕まえれば何か分かるかも知れません」
馬を飛び降りながら尋ねるサキにヨナが答える。馬を彼に任せて、サキは急ぎ屋敷の中に足を踏み入れた。
屋敷の中は廊下まで避難した人で溢れていた。
疲れた様子で床に座り込んだ老人。
赤子を抱いたまませわしなく体を揺らす母親。
危機感がないのか、どこか浮ついた様子で羊皮紙が張られた窓の隙間から外を覗く子供たち。
サキは、それらの人をかき分けながら廊下を進み、応接室の扉を開ける。半分髪の薄くなった小男が応接室を占拠してふんぞり返っていた。
村の男たちは、毎日野良作業をしているので、その体には痩せていたとしても骨太さが感じられるが、サキの目の前にいる小男は小突いたら骨でも折れてしまいそうだった。
着るものばかりは立派で、上半身を包む紺のサテンのシャツは光沢があり艶やかで、御者の着るものとしては贅沢なものだった。しかし、中身はその上等な服装に釣り合っているとは言えそうにない。彼は廊下にまで人が溢れているというのに、十人以上は入れる部屋を一人で占領していることに何の疑問も感じなかったらしい。
「お前が御者か?」
御者の男は男装のサキを若造と見ると、鼻で笑っただけで何も答えない。
だがその態度も長くは続けられなかった。
サキは無造作に小男に近寄ると、彼女を笑った鼻をむんずと摘まんだ。その状態でサキが少しずつ手首を捻っていくと、男は悲鳴を上げながらサキの手首の動きに合わせて首を傾けて、痛みを少しでも軽減しようとした。
「もう一度聞くぞ。お前が御者か?」
「は、はい、そうです!」
男が鼻声で答えるのを聞いて、サキは手を離した。
「村長の娘が馬車を下りた後、どこへ向かったか教えてもらおうか?」
「に、西へ。遠目に森の中に駆け込むのが見えました」
「西の森、ね」
サキは嘆息した。半ば予測していたとはいえ、問題の西の森はいまや魔物の巣窟と化しているのだ。
「城主はどうしたんだ?」
「供回りを連れて、あの娘を追っていきました」
――マリーも城主一行もまだ戻ってこないところを見ると、マリーはだいぶ遠くへ逃げたのだろう。西の森の泉よりもっと遠く……。やはりあの遺跡かもしれない。
サキが「行け」とだけ言うと、御者の男は小走りに部屋を出て行った。応接室にはもう居場所がなくなっていたが、ずる賢そうな男だから代わりの場所を見つけるのは簡単なことなのかもしれない。
サキはマリーの居場所は遺跡に違いないと考え始めていたが、確証は得られなかった。
――それに、いまこの状況を見捨ててマリーの元に向かって良いものか……。
村は完全に魔物に包囲されつつあった。戦える者は一人でも多い方が良い。どこにいるか分からないマリーを探しに行く余裕はない。だが、だからといってマリーの事を後回しにする気にはなれなかった。
――村長殿の話が聞ければ、何か良い手が浮かぶかもしれない。
サキはそう考えながら応接室を出ると、廊下に溢れている人たちに向かって応接室を使って良いと告げた。来た時と同じように人込みをかき分けながら進み、村長の寝室の扉を勢い良く開ける。
暗い部屋の中には、鼻を突く独特の匂いと共に一本の獣脂蝋燭に明かりが灯っていた。その明かりの中に、裸の上半身に包帯を巻いた姿で寝台に横たわる村長バドと、その傍らで椅子に座る老婆の姿があった。老婆は黒い外套を着たままで、目深にかぶったフードからは彫刻のような鷲鼻に、深い皺が無数に刻まれた頬、油気のない乾いた白髪が覗いていた。サキは初めて会う老婆である。
「なんだいなんだい、ここにゃ怪我人が居るんだよ。静かにおし」
老婆はそう言うと、ヒ、ヒ、と笑った。




