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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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遺跡へ(5)

 夜が更けたころ、サキとリュードッグの二人はミノカの村の入り口までたどり着いた。雨足は強く、時折雷光が闇を切り裂いた。

 前日の夜からほとんど走り通しだった二人は、さすがに夕刻にマゴダの村に着いた際に小休止をとって短い仮眠と簡単な食事を済ませていた。

 マゴダの村では、街道沿いに魔物が現れたという話が広がっていて、村人たちは不安そうに口々に噂話をしあっていた。また、城主の一行が少ない手勢を率いてミノカ村へ行くのも目撃されていて、サキは自分の推測に確信を強めた。

 サキが仮眠をとっている間、リュードッグは殆ど寝てはいない様子だった。付き合いの長いサキですら、リュードッグが熟睡しているところを見たことはない。普段から夜も寝台に入るという事はなく、椅子に腰かけて剣を抱いたまま、静かに息を立てて十分ほど俯いているだけで済ませてしまう。それでいて疲労を表情に見せるという事は殆どない。

 村の中に入ると、そのリュードッグが眉間にしわを寄せて、しきりに空気の匂いを嗅いだ。

「匂いますな……魔物の匂いが。これは、一体や二体ではありませぬぞ」

 強く振り続ける雨にも流されずに匂いが漂ってくるという事は、ただ事ではない。

「なぜ急に……? マリーは無事かな?」

 サキは村の中心を見やる。まだ距離があるため人の姿は見えないが、村長の屋敷と思われる建物に灯がともっているのが見えた。無人という事は無さそうだ。

「分かりませぬ、とにかく急ぎましょう」

 リュードッグが言い終わらぬうちに、暗がりから人型の影が道の上に躍り出て来た。

「乙種二級、小緑鬼しょうりょくき

 リュードッグが呟きながら、サキに目配せする。

 小緑鬼という名前は、たちの悪い冗談の様な物だ。鬼種きしゅと分類されることの多いほかの人型の怪物たちが皆大型であるのに比べると、小さいと言っているに過ぎない。その怪物の背丈は優に成人男性の二倍はあり、魔動鎧よりも高いのだ。だが、背が大きく曲がっているので並び立つと魔動鎧と視線の高さは同じほどになる。肩幅は広く、首がほとんどない。筋肉質な肉体を包む緑がかった皮膚の表面は、粘膜で覆われていて雨を受けてぬらぬらと光っていた。どこかカエルを連想させる風貌であったが、その背中にある外見的特徴を見てしまうとただのカエルとは言えなかった。背中には、蛭の様な湿り気を帯びた長く白い突起物が無数にひしめき合い、蠢いていた。遠目に見る分にはさながらみのを被っているようだが、気の弱い者が近づいて凝視したならば卒倒しかねない様な醜怪な姿だった。

「気を付けろ、まだ来る」

 サキが馬上から鋭い声を上げる。暗闇に目を凝らせば、道の周囲の大麦畑の向こうに大きな人影がいくつも蠢いているのが見えた。両手の指では数えきれないほどの数だ。さらに遠方、西の森を見れば、森の中からぞろぞろと同じ影が歩き出て来るのも見える。

「ざっと見て、百体は下りますまいな。……まだ増え続けておりまする。大陸広と言えども、ハーケンでの戦役以来最大級の襲撃と言えましょうな」

「うん。しかもそれがハーケン領ではなく、大雪原から遠く離れたこんなところで、ね。偶然とは思えない」

「左様ですな。何者かが送り込んでいるというサキ様の説が俄然説得力を増したように思えますな」

「ふーん、その言い方だと今まで信じてなかったみたいだね」

「いやいや、まさか。サキ様の言葉を疑ってかかるようなこと、父母の名に懸けてあるはずがございませぬ」

 父母の名など知りもせぬリュードッグが真面目腐って言う。

 軽口を叩きあう二人を取り囲むように、周囲から小緑鬼と呼ばれる魔物が集まって来た。

「それがしがここで敵をひきつけまする。サキ様は道を急いでくだされ!」

 その言葉とともに、リュードッグは空高く跳躍した。空中で右腕を大きく振りかぶって、道を塞ぐ小緑鬼の頭に叩きつける。小緑鬼は反射的に左腕で攻撃を塞ごうとしたが、リュードッグの剛腕はその腕をへし折って、更に小緑鬼の額を打ち砕いた。

 つぶされたヒキガエルのよう声を立てて、緑の血をまき散らしながらその小緑鬼は倒れこんだ。その躯の傍を通って、サキが乗った馬が駆け抜ける。

「ハッハッハ、どうした化け物ども。このリュードッグの首が欲しければまとめてかかってこい」

 サキはリュードッグが大音声を上げるのを背後に聞きながら、馬を走らせる。

 闇の中で無数の怪物が蠢く気配がした。その多くはリュードッグに引き付けられていく様だが、何体かは目ざとくサキの姿を見つけて近づいて来るのが分かった。

 道の途中、円柱状の巨石の陰からとびかかって来た小緑鬼の腕を、馬上から抜き打ちの刃で斬り飛ばす。

 その時、サキの視界の縁に何か光るものが映った。初めは稲光かと思ったが、その光が稲光の様にはすぐに消えずに光り続けるのを怪訝けげんに思って視線を向けると、降り続ける雨の向こうで何かが青白く光っているのに気付いた。

――あれは……遺跡のある辺りか?

 サキが光る何かの場所を脳内の地図に照らし合わせると、それは間違いなく前日いた遺跡の塔に違いなかった。

 一体いつから塔は光っていたのだろうか。嵐に遮られて気付いていなかっただけで、サキとリュードッグが村に入る前から光っていたのかも知れない。

――あの遺跡で何かが起きているのか? もしかして、塔の隠された扉が開いたのかも知れない。

 何の確証もないがサキは直感的にそう感じた。それと同時に、マリーが遺跡に居るのではないかと予感した。キノハの城主がマリーを連れ去ろうとしていたことは、最早疑う余地がないとサキは考えている。そのマリーの身に危機が迫った日に、遺跡が光り魔物の大群が現れるというのは偶然とは思えなかった。

 胸中に不安を抱えながら脇目も振らずに馬を駆けさせ続けると、村の中心部にたどり着いた。

 村の中心では、村長の屋敷の石垣の外に小緑鬼の躯が数体、折り重なるように倒れていた。多数の村人たちが肩を寄せ合って、不安げに躯を見つめている。その村人の周りに、二体の装甲魔動機兵と二人の軽騎兵たちの姿があった。装甲魔動機兵たちが手に持つ大剣が血塗られているのを見ると、小緑鬼を屠ったのはこの二人らしい。

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