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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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遺跡へ(4)

 後ろから髪を強く引っ張られて、悲鳴を上げながらマリーが振り返ると、彼女の髪を握って不敵に笑うゴルデの姿があった。その後ろには二人の装甲魔動機兵も控えている。

「マリー、同じ手が何度も通じると思うなよ?」

 ゴルデはその目を眩しそうに細めてはいるが、視力を失ってはいないらしい。どうやら光の球がはじけるのを予測して、間一髪で目を塞いでいたようだ。また、マリーは知る由もなかったが、魔動鎧は外部から受けた刺激を制御結晶を通じて鎧の装着者に伝搬するが、その刺激が強すぎる場合は制限がかかるようにできている。つまり、装甲魔動機兵はいくら眩しい光を見たところで、視力を一時的に失うという事はまずありえないのだ。

 立っているとゴルデの身長はマリーより頭一つ以上高い。そのゴルデが左手で強く髪を掴み上げるので、マリーは踵が浮いてつま先立ちの状態になった。

「よもや、実の兄を殴って逃げるとはな。とんでもないじゃじゃ馬だ」

 忌々し気に言うゴルデをマリーは睨みつけた。そのマリーの反抗的なまなざしに、ゴルデは舌打ちをすると、片手で剣を引き抜いた。バドの肩を刺したものと同じ剣で、切っ先には拭いきれない血の曇りの跡がまだ残っていた。

「もう逃げられんぞ。逃げようとするならば、足の腱を切らせてもらうことになる。兄にそんなことをさせないでおくれ、妹よ」

 ゴルデは恐ろしさを感じるほど優しい声でそう言うと、一層強くマリーの髪を引いてこれ見よがしに刃をマリーの眼前に示した。

 マリーは恐怖で息をのんだ。

 だが、彼女の脳裏で、目の前の刃に刺されたバドの姿が蘇る。飛び散る鮮血、血の匂い、村人たちのどよめき、大地に膝まづくバドの姿。半日前の出来事が、つい先ほど起きた事のように鮮明に思い出された。それは、恐怖を怒りへ変えるのに十分なものだった。

 マリーは右手の拳を強く握りこんだ。

 今度は手加減は無い。する必要もない。

 マリーの灰色の瞳が闇の中で淡く光った。

 マリーは自分自身の腕力を魔術で強化すると、勝利を確信してほくそ笑んでいるゴルデの顔に拳を叩き込んだ。

 鼻柱を殴りつけらたゴルデはマリーの髪を掴んでいた左手を離すと、二、三歩後ろによろめいてから尻もちをついて仰向けに倒れる。

 倒れたゴルデの鼻は完全に折れ曲がっていて、皮膚を破って鼻の骨の一部が覗いていた。マリーは瞳に怒気を宿らせて、泡を吹いて倒れるゴルデを見下ろした。

「こんな事、本当はしたくないのに! どうして放っておいてくれないの!?」

『ゴルデ様!』

 二人の装甲魔動機兵は、自分たちの主が伸されたのを見て声を上げた。騎兵たちも視力が戻ってきたらしく、マリーの背後に回って彼女の退路を断とうとする。

 マリーは踵を返して走り出した。騎兵の包囲が完成する前にその隙間をすり抜けて、包囲の外に飛び出す。

『追え!』

 装甲魔動機兵の一人が声を上げる。その声を背後に聴きながら、マリーは塔に向かって走り続けた。

 マリーは光源の術に代わって、同じくサキから教えられた暗視の術を使って辺りを見る。この術は、完全な暗闇の中でもある程度周りの様子を知ることが出来る。雨降る闇夜の中で、唯一の光源である騎兵のランタンの光すら届かない場所でも、何があるか見ることが出来た。

 一方で、騎兵たちはランタンの明りが届かない範囲はほとんど見ることが出来ない。再び闇に溶け込んだマリーに悪態を吐くと、ランタンを高く掲げて追ってくる。

―どうしよう? どこへ逃げよう?

 塔を目的地としてここまで逃げて来たのである。しかし、マリーが勝手に決めた目的地へ到着したからと言って、問題が解決するわけでは無い。

――これが、建物ならば、入り口くらいあってもよさそうなものなのに。

 中央の大きな塔に駆け寄ってその表面を撫でたが、入り口のようなものは見当たらなかった。そうこうするうちに、暗闇でも周囲を見ることが出来る二体の装甲魔動機兵が地を滑るようにして彼女の背後に迫った。

――足を止めちゃだめ。一秒でも早く、一歩でも遠くに逃げないと。

 マリーは中央の塔から離れて再び走り出した。

 行く当てはない。

 ただ背後に迫った二体の装甲魔動機兵から少しでも遠ざかる様にと、北へ向かって走った。

 マリーの前方で雷鳴が轟いた。その稲光に照らされて、中央の塔よりは一回り細い塔の影が見えた。行く当てもないマリーはその塔に向かって走り続けた。背後から伝わる気配からは、二体の装甲魔動機兵が付かず離れず付いて来るのが分かった。

 北側の塔の傍にたどり着いたマリーは、塔の反対側に回り込んで壁に背でもたれかかった。身体強化の術を使っているとはいえ、限界を超えて走り続けた為かその息は絶え絶えで、膝は小さく笑っていた。二体の装甲魔動機兵が塔の陰に隠れたマリーに気づかずに通り過ぎるのを僅かに期待したが、そう上手くはいかなかった。

 装甲魔動機兵達は早々にマリーの居場所に気付くと、マリーの退路を塞ぐように左右に分かれて塔を回り込んで来る。

 左右から挟み撃ちにされたマリーは、塔の壁に手を突いて体を塔から離した。

――もうこれ以上走れない。お願い! 扉があるならば開いて‼

 マリーが塔の表面に触れながら心の中で強く願った時、何の前触れもなく突如として塔全体が淡く光を放った。

 マリーの傍にまで迫った二人の装甲魔動機兵は、あと少しでマリーに手が届くほど傍に近寄りながら、突然光り出した塔の様子に驚いてマリーへ向かって伸ばした手を引っ込めた。

 マリーは左右の魔動機兵の姿を交互に見た。そのマリーの普段であれば幼さのまだ残る人懐こい顔が一変していた。マリーの灰色の瞳が爛々と輝いていたのだ。身体強化や暗視の術を使った時の淡い光とは比べ物にならないほど強い光である。風雨に打たれながら双眸を輝かせるマリーの姿は、息を飲むほど美しくありながら、何処か怪しげでもあった。

『お前は……一体……?』

 魔動機兵の一人が絞り出すように声を発する。肉体の調子の影響を受けない人工声帯から発せられた声であるにも関わらず、その声は掠れていた。

 マリーの代わりに返事をするかのように、塔の壁のマリーが手をついた部分が青く強い光を放った。その光は、水面に波紋が広がる様に塔の表面を伝って広がっていき、塔全体が強く発光した。それに連動するように、マリーの触っている北側の塔だけではなく、七本の塔全てが光を発し始めた。

 マリー自身も驚き、塔の壁から手を放そうとしたが、突如としてその壁自体が初めから存在していなかったかのように消滅し、塔の側面に大きな穴が口を開けた。

「わっ」

 壁からの反発が無くなった事で体勢を崩したマリーは、その暗い穴の中に倒れこんだ。

――一体何が起こったの?

 マリーは身を起こして左右を見回した。周囲は外よりも一段と暗かったが、暗視の術をかけた目には無機質な壁に囲まれた空間だという事が分かった。塔の内側に入ったのである。

 塔の中は上下に吹き抜けた竪穴になっていて、四角い塔の壁に沿って階段が続いていた。階段もまた塔と同じ素材で作られているようで、塔の内壁と接する部分にもつなぎ目は見当たらない。マリーが倒れこんだのはその階段の踊り場らしい平らな場所で、右手には登りの、左手には下りの階段が見えた。

『こっ、これは……?』

 二人の装甲魔動機兵は塔の変化に驚いて後ずさった。捕まえようと思えばすぐに捕まえられる場所にマリーが倒れこんでいたが、塔に近寄るのを躊躇しているらしかった。

 その隙をマリーは見逃さなかった。殆ど直感に任せて左側に走り出すと、塔の階段を駆け降り始めた。

『とっ、止まれ!』

 片方の装甲魔動機兵がそう言ったが、そう言われたからといってマリーが止まることは無い。

『チッ』

 舌打ちを鳴らしてマリーの後を追おうとした装甲魔動機兵を、もう一方が止める。

『待て。勝手に中に入るな。……ここは城主様の判断を仰ごう』

 制止された装甲魔動機兵は、僚友の言葉を吟味すると頷いた。 

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