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天穹の双月  作者: すだちなんてん
第一章
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古の塔(5)

 リュードッグは鼻を摘まみながら地に伏した単眼鬼の顔に近づくと、開いた瞳孔を覗き込んだ。確かに死んでいることを確認して、少し距離をとってから鼻から指を離すと一つ大きく深呼吸をして、サキの傍に歩み寄ってくる。

「お見事! 股の下を通ったのがよろしゅうござった。あれをやると大概の大型乙種は反応が遅れますからな。しかし、こんな場所で四級の魔物に出会うとは思いませんでしたな。それがしでさえ、これほどの大物を見るのは実に十六年前の戦役の時以来でござる」

 サキは、リュードッグの言葉を聞きながら、二、三歩後ずさって距離をとると、鎧を跪かせた。鎧の背部が開くと、黒髪の少女の後姿が覗く。彼女は着た時と逆の順番で鎧を脱ぐと、その傍らに立った。

 単眼鬼の巨体をしげしげと眺めると、腕を組んで小首を傾げた。

「こいつは一体何を食べてこんなに大きくなったんだろうね?」

「ふむ、牛の数頭食ったくらいでこれ程に発育するとは思えませぬな。試しに腑分けして胃の中身を見てみましょうか?」

 リュードッグは一度は収めた剣を再び引き抜く素振りを見せるが、サキはそれを手で制した。

「それは遠慮しておくよ。人間じゃないとはいえ、乙種、人型の解剖を見ると暫く食事ができなくなりそうだ。ドグがアタシの見えないところでやるっていうのなら止めないけどさ」

「ハッハッハ、ご命令とあらば腑分けの一つや二つ、するのはやぶさかではござりませぬが、ご命令でなければお断りでござる!」

 胸を張って答えるリュードッグにサキは小さく笑う。

「偉そうに言わなくて良いよ。そうするとこのデカブツは、ここで成長して大きくなったとは考えられないね。じゃあ、どこから来たんだろう?」

「国境沿いの山々を越えてハーケンから来たとは考えられませぬかな?」

 リュードッグはそう言って、東の方角を見る。マコク山の影が東側に長く伸びていて、山の麓に広がる平地もその影にのまれ、ミノカの村の家々には灯りが灯っていた。その向こうには、平地を取り囲むように山々が広がっていて、山頂はまだ西日を受けて煌めいていた。その山のさらに向こうにハーケン王国との国境があるはずである。

「わざわざ通りやすい街道を避けて人目を忍んでここまで来たって? ちょっと考えられないかな。お世辞にもこの連中にそれほどの知能があるとは思えないよ」

「乙種の中には、人間と同等に頭の切れる連中もいるという話を聞きますぞ。まあ、こ奴がその手合いとは思えませぬが」

「仮に人目を避けようとする知能があったとしてもこれだけの巨体だ。誰にも見咎められずに大雪原からここまで来られるとは思えないね。そうすると、こいつはここまで歩いて移動して来たとは考えづらいね」

「ふむ。やはり不思議な話ででござりまするな……」

「アタシはね、こいつは、いや、こいつに限らずあの魔犬たちもそうだけど、もしかしたら何者かが遠く離れた場所から送り込んできたんじゃないかと思うんだ。こんなふうに、空間魔術を使ってね」

 サキはそう言って、青い結晶を掲げた。跪いた鎧の足元に再び光る文様が現れると、黒い鎧は輪郭を失って黒い影の塊となりその中にずぶりと沈んでいった。黒い影がすべて沈みこむと、地面の光の筋が浮き上がり、刺繍を解いた時のようにバラバラになっていき、その端々がサキの掲げた青い結晶の中に吸い込まれていった。最後の光の一片が青い結晶に吸い込まれると、結晶は合図のように、風鈴のような高く澄んだ音を長く発して、同時に周囲に眩く青い光を解き放った。

 左手をかざしてその光の眩しさを凌ぎながら、リュードッグは驚いた様子を見せた。

「空間魔術!? 空間魔術と言われましたか? 空間に干渉する術はハーケン帝国の崩壊とともに失われたと聞きますぞ!?」

「でも、アタシの魔動鎧は空間魔術を使っているよ」

 ようやく青い光が収まると、もう光らなくなった制御結晶をサキは首に掛けた。

「サキ様の魔動鎧は、元をたどればクマシロ王家の秘宝でござりますぞ。輿入れの際に国王陛下――サキ様のお爺様が母君に持たせたものですからな。クマシロ王家の祖は、帝国末期に東方鎮守を任されたクレサ帝国の将軍の一人。空間魔術を操る魔動器が王家に伝わっていても不思議ではござりませぬ」

「それはそれで不思議な話だね。まだ見ぬアタシのお爺様はなぜ代々数百年も大事に守ってきた王家の秘宝を、他国に嫁ぐ母様に持たせたのだろう。使わせてもらっているアタシとしてはありがたい限りだけどね。まあその疑問は置いておくとして、さっきアタシが言ったのもただの仮説さ。今のところ裏付けは何もないからね。とはいえ、ほかに納得がいく説明はできないかな」

「なるほど。確かにそれはもっともな話でござりますな。しかし……」

 リュードッグは単眼鬼の躯をしげしげと眺めまわした。

「どうせ送り込んでくるなら、もう少し小奇麗な奴を選んで欲しいものですな」

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