第9話:六つの属性
初めての実技から数日が経った。
俺たちは相変わらず、属性ごとに分かれて基礎的な課題を繰り返している。
火球を一定の大きさに保つ。
決められた位置へ正確に当てる。
出力を調整する。
先生の言っていた通り、まずは自分の属性を知るところから、ということらしい。
ただ、毎日同じクラスで過ごしていると、当然、みんなの様子も気になってくる。
教室では普通に話していても、実技になると属性ごとに分かれてしまうものだから意外と、他属性の様子を見ることはない。
今日は、課題が少し早く終わった。
「よし。もう片付けて戻っていいぞ。次の授業には遅れるなよ」
先生にそう言われた俺たちは、訓練用器具を片付け始めた。
今日は、半透明なボールのようなものを使った課題に取り組んだ。
内部に魔力の塊を練り上げ、ボールの外枠に触れないようにしつつ、できるだけ大きくするという練習だ。
蓮司はすぐに外枠に触れて苛立ち、大地は火を大きくしたり小さくしたりさせているうちに、何度か爆発させていた。
千咲は、相変わらず天才的な魔力コントロールの技術を見せ、一度も枠に触れることなく、枠ギリギリの大きさをずっと保っていた。
そして俺はといえば、まあ、可もなく不可もなく。
そんな感じだった。
「よーし終わり!さっさと戻ろうぜ」
片付けが終わるや否や、大地が足早に歩き出す。
ほぼ小走りだった。
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
千咲が水筒の紐を肩にかけながら、困ったように大地を見る。
「だって次の授業の準備あるじゃん」
「変なところは真面目なんだな」
「ちょっと待て!どういう意味だそれは!」
蓮司の小声の悪口をしっかりとらえて、大地が勢いよく振り返る。
「まあまあ。ほら、どうどうどう」
千咲に背中を押されながら、追い出されるようにして大地が第一区画を出ていく。
「俺は鹿じゃねぇ!」と騒いでいるが、それを言うなら馬だろう。
どういう勘違いだ。
二人に続いて、続いて、蓮司、俺も通路に出た。
第一から第六まである訓練区画は、番号順に横へ並んでいる。
俺たち火属性は第一区画。
水属性は第二区画。
雷属性は第三区画。
風属性は第四区画。
土属性は第五区画。
木属性は第六区画をそれぞれ使っていた。
もちろん課題によって別の区画を使うこともあるらしいけど、基本的にはこの割り振りだ。
内部の構造は少しずつ違っていて、それぞれの使用や習熟に適した環境になっているらしい。
例えば第一区画では、地面の大部分が熱や衝撃に耐えられる灰色の舗装で覆われている。
いわゆる耐熱設計ってやつだ。
校舎へ戻るだけならこのまますぐにでも戻れるが、今日はいつもより早く課題が終わっていたこともあり、他の区画はまだ実技訓練の途中だった。
「ねえ、せっかくだし、みんなの様子見てから戻らない?」
ふと足を止めて千咲が振り返る。
「あ!俺も見たい!」
大地がすぐに乗った。
「好きにしろ。俺は戻るぞ」
蓮司はそう言って、踵を返して去っていく。
「あ!なんだよあいつ」
大地は先程悪口を言われたことを引きずっているのか、小さくなっていく蓮司の背中に吐き捨てるように言った。
「じゃあ、ちょっとだけ見てから帰ろうか」
俺の言葉に、二人が頷く。
こうして蓮司を除く俺たち三人は、教室へと戻る前に、第二区画から順番にみんなの様子を見ていくことにした。
◇ ◇
「あ、美月だ!」
第二区画が近づいてくると、千咲が声を上げた。
中を見ると、俺たちが普段使用している第一とは違って、大小いくつかの水槽が並んでいた。
床には排水用らしい細い溝が何本も走っていて、多少水がこぼれても問題ないように作られているらしい。
美月の前には大きめの水槽が置かれていた。
そこから、ぐぐっと水が持ち上がる。
「うわ」
思わず声が漏れた。
多い。
俺が想像していたより、ずっと。
美月が両手を動かすと、大きな水の塊がふわふわと空中を進んでいく。
人の頭より二回りほど大きい。
それを、途中に置かれたいくつかの輪をくぐらせて、反対側の容器まで運ぶ課題らしい。
多少形は崩れているものの、落ちる水の量は少ない。
「美月ってあんなに水動かせるんだ」
火と水で属性が違うから、単純比較は難しいと思うけど。
それでも、俺が使える火よりは遥かに大きかった。
「魔力量多いみたい」
千咲が少し嬉しそうに言う。
友達のことだからかもしれない。
当の美月は、特に苦しそうな様子もなく水を動かしていた。
最後の輪をくぐらせ、水を容器へ落とす。
「よしっ」
そして、小さく握り拳を作った。
ああいうところは、普段の美月そのままだ。
少し離れたところでは、凛が細い水の帯のようなものを作っていた。
操作している量は美月よりかなり少ないが、かなり自由に動かせているように見える。
水の帯を訓練用の人形の腕に、丁寧に巻きつけている。
そして、そのまま数秒間維持。
「治療の練習かな」
千咲が言った。
凛は昔からそういう分野に興味があるらしい。
普段から、小さな怪我でも放っておけないタイプなことは俺も知っていた。
大地が紙で指を切った時もそうだった。
派手な魔法ではない。
でも、見ていると凛らしいと思う。
その少し奥では、未央がバスケットボールくらいのサイズの水の塊をふわりと浮かばせて、それを薄く、平たく伸ばすように形を変えていた。
薄く伸ばされた水の塊が次第に消えていく。
いや、目に見えないほど細かく分割している。
水の塊が粒になり、粒がさらに小さな粒に。
そして、次第に見えなくなっている。
「霧だね」
千咲は目を凝らして、霧の中の未央を探しているようだ。
未央の周囲は薄い霧に覆われ、もう姿は見えない。
広がりすぎないように範囲を保ちながら、どんどんと霧が濃くなっていく。
「あれ、見えてんのかな」
大地が小さく呟く。
「未央からも見えてなさそうな気がするけど」
何せ、こちらから未央が見えない。
向こうからも見えていない可能性の方が高いだろう。
「それはやばくない?」
大地が俺と千咲の方を見る。
「少なくとも、こっちからは見えないね」
千咲が話し終えた直後、少し離れたところから、ぱき、と小さな音がした。
音がした方を見ると、沙月が屈み込んでいる。
水を張った浅い容器に魔力を流しているようだった。
その表面に、ごく薄い氷ができているように見える。
沙月が指先で触れると、カシャン、と音を立てて簡単に割れてしまった。
沙月が氷の欠片を拾い上げると、すぐに溶けて水になった。
「まだ薄いか……」
小さく呟いて、もう一度やり直している。
俺は改めて、訓練中のみんなを見た。
大きな塊を操る。
細かくコントロールする。
霧にする。
冷やす。
同じ水属性でも、全然同じじゃない。
俺たちと同じだった。
美月がもう一度水槽から大量の水を持ち上げる。
その隣では凛が細い水を丁寧に操って人形に巻き付けたり、一部だけを小さな水の塊で包んだりしていた。
未央の周囲には白い霧が漂い、沙月が魔力を込める水面には再び薄い氷が張り始めている。
同じ一つの区画の中にいるのに、四人が目指すものはまるで違うようだった。
俺たちは少しだけ立ち止まってその光景を眺めてから、すぐ隣の第三訓練区画へと歩みを進めた。
◇ ◇
ぱちっと弾けるような音が聞こえた。
第三区画は、第二区画とは雰囲気が一気に違う。
ほとんど全面が硬い床で覆われ、一定の間隔で標的や小型の機械が並んでいる。床には直線や距離を示す数字も描かれていた。
「あ」
見るまでもなく、一人は分かった。
「っしゃあ!」
翔太が走っている。
速い。
足の裏に小さな雷光をまとい、一気に区画の端から端へと駆け抜けていく。
「相変わらず楽しそう」
千咲が笑う。
「翔太だからな」
自分が速くなることそのものを楽しんでいるように見える。
端まで行く。
戻ってくる。
また走る。
よく疲れないな、と思うくらい動き回っている。
その少し離れた場所では、智也が何やら機械を前にしていた。
手で触れて、雷を流す。
雷属性特有の弾けるような音が鳴らなかったので、きっと、ほんの少しだけ。
すると、回転していたパーツが速度を上げて回り始めた。
もう一度。
今度はランプが点滅する。
「智也は、訓練っていうより趣味で機械いじってるみたいだな」
大地の言葉に、千咲が返す。
「智也くん、戦いとかよりそっちの方が好きそうだよね」
実際、教室でも魔導具や機械を触っている時の智也はかなり集中していた。
雷を大きく出すのではなく、細かな電流で機械の動きを狂わせる。
これも立派な使い方だ。
そして、その少し横では、彩葉が近い距離の円型標的に向けて放電していた。
ぱちっ、と小さな雷が標的へ届く。
今度は少し遠くの的へ。
ちゃんと狙った場所へ当たっている。
でも、翔太が走るたびに彩葉の目はそちらに釘付けになっていた。
「…………」
また見てる。
翔太が一気に加速する。
彩葉の目が輝く。
「すご……」
声が漏れていた。
少しして、我に返ったように自分の課題へと戻る。
でも、翔太が走ると、また目で追ってしまう。
「ほんと好きなんだね」
千咲が言う。俺は少し驚いて千咲を見た。
「翔太のこと?」
「んーん、翔太くんの魔法」
「ああ」
たしかに。
この前も、彩葉は翔太に走り方を教えてほしいと頼んでいた。
同じ属性だからこそ、余計に憧れるのかもしれない。
翔太がまた床を蹴る。
ぱっと雷光が弾けたかと思えば、もう数メートル先にいる。
その軌跡を追いかける彩葉の目は、さっき自分の放電が標的へ当たった時より、ずっと輝いて見えた。
いつか自分もあんなふうに。
――たぶん、そんなことを考えているんだろう。
翔太の足音と大声と弾ける雷の音を背中に聞きながら、俺たちはそのまま第四区画へと向かった。
◇ ◇
第四区画には、大きな設備がほとんど置かれていない。
代わりに、地面や壁には細い布や風車のようなものがいくつも設置されている。
風の向きや強さを目で確認するためのものだろう。
結衣が目を閉じて立っている。
何をしているのかと思って見ていると、結衣は少しだけ顎を上げた。
風は、まだほとんど吹いていない。
「……あ、変わった」
ぽつりと呟く。
その直後だった。
右側から風が抜けて、結衣の髪をさらりと揺らしていく。
「やっぱりこっち」
結衣が目を開けて、楽しそうに笑う。
そして、また目を閉じる。
今度は両腕を身体の横へ少し広げ、全身で風を受けるようにしている。
少しして、結衣が半歩だけ横へ動いた。
「ここが一番気持ちいい」
千咲は結衣の様子を微笑ましく見ている。
「結衣ちゃん、楽しそう」
「授業っていうより、本当に風に当たってるだけに見えるけどな」
でも、適当にやっているわけではないらしい。
結衣が立っている場所に置かれた細い布を見ると、たしかに彼女が動いた方向へなびいている。
風向きを頭で考えているというより、身体で感じ取っているように見えた。
そういえば教室でも、結衣はよく窓際にいる。
昼休みに窓を開けて、その近くで眠っているのを何度か見た。
単によく寝るやつなんだと思っていたけど、もしかすると風の通る場所が好きなのかもしれない。
その少し離れたところには琴音がいた。
こちらも目を閉じている。
でも、結衣とは少し違う。
「……あっち」
琴音が遠くを指差す。
それから少しして、今度は別の方向を指した。
「何してんだろ」
大地が小声で言う。
「たぶん、あれの音聞いてるんじゃない?」
千咲が区画内の端っこの方を指差した。
目を凝らすと、小さな風鈴がぶら下がっている。
「え、こんな遠くから?俺全然聞こえないけど」
「琴音ちゃんすごく耳いいから」
入学してすぐの朝。
廊下の向こうにいた上里先生の声を、一人だけ聞き取っていた。
そして、あと一分ほどで先生が来ると予言めいた言葉を的中させていた。
超人的な耳の良さも、風の流れと何か関係があるんだろうか。
結衣が風そのものを身体で感じているなら、琴音は風が運んでくる音を拾っている。
同じ風属性でも、やっていることは随分違って見えた。
そのさらに向こうでは、春が両手を重ねて小さな風を起こしていた。
置かれている布をそっと持ち上げ、指定された場所まで運び、下ろす。
今度は、風属性の魔力をぎゅっと固めて、的を狙って撃ち出す。
色々なことをやっている。
一段落したのか、魔力を切った春は一度だけ大きく息を吐いた。
そして、結衣と琴音の方を見る。
ほんの一瞬。
そのあと、小さく目を伏せた。
「…………春ちゃん?」
千咲は心配そうな目で春を見つめていた。
「……どうしたんだろ」
俺にも分からなかった。
少しすると、春は何事もなかったように課題に戻っていった。
結衣の楽しそうな声が聞こえ、その向こうでは琴音がまた目を閉じて音に集中している。
その二人から離れた場所で、春は黙々と布を持ち上げたり、下ろしたりしていた。
さっきの目。
気のせいならいいけど。
少し。
ほんの少しだけど、苦しそうに見えた。
俺はもう一度だけ春を見てから、第五区画へと足を進めた。
◇ ◇
第五区画は、第一から第四区画までとは地面の様子が一気に違っていた。
舗装はほとんどなく、広い区画全体に土と砂が敷かれている。ところどころに大小の岩も置かれ、地面そのものを魔力で動かすことを前提に作られているような設計だ。
その中央辺りで、悠真が地面に手を向けていた。
土がモコモコと盛り上がる。
そのまま形を変え、壁になった。
「でかいな」
俺の胸くらいまである。
さらに魔力を流すと、厚みが少し増した。
悠真は完成した壁を見て、少し微妙な顔をした。
「……やっぱ地味だな」
近くにいた修也が聞き返す。
「何が?」
「俺の魔法ってさ、壁作ってるだけじゃん」
「守れるならよくない?」
「いや、まあそうなんだけど」
悠真は壁を軽く叩く。
「もっとこう、派手なのないかな」
修也は少し考えてから、
「壁倒して相手潰すとかは?」
「いいかもだけど、その後壁なくなっちゃう」
「じゃあ地味なままでいいじゃん。壁便利だろ。地味だけど」
悠真が笑う。
修也は思っていることは結構そのまま口にするタイプだ。
その修也はというと、悠真とは全く違うことをしていた。
修也が地面に手をついて魔力を流すと、地面の一部分だけが少し沈んだ。
靴が一足入るかどうか、という小さな窪み。
今度は、すぐ隣が盛り上がる。
ほんの数センチから、十センチほどの小さなへこみや段差。
「これは何をしてるんだろう」
大地が言った。
「なんだろうね。聞いてみたら?」
千咲は修也の様子を見つめたまま答える。
「なあ修也ー!それ何してんの?」
千咲が言い終わるのとほぼ同時くらいに、大地は第五区画のドアを勢いよく開け、中の修也に大声を浴びせた。
「うわ!なんだよいきなり」
「それ、何してんの?」
大地は、修也の周りの地面が小さく隆起したりへこんだりしている様子を見ながら言う。
「あーこれ?嫌がらせ」
「嫌がらせ?」
修也の答えに、大地は目を丸くする。
「全力で走っている時に、急に足元が沈んだり出っ張ったりしたら、それだけで体勢崩れるだろ」
「うわー!性格悪」
「言ってな」
修也は俺たちを順番に見た。
その視線が千咲で止まる。
「なに?お前らはもう終わり?」
「そう!少し時間あったから、みんなのとこ見てから帰ろうかなーって」
「なるほどね」
頷く修也に背を向けて、大地が物珍しそうに区画の中を見回しながら、こちらに歩き始める。
その後ろ姿を見て、修也が怪しく笑った。
そして、そっと地面に手をつく。
直後、大地の足元が僅かに隆起した。
大地は気づかない。
「あいたー!?!?」
綺麗につまずいて、漫画みたいな転び方をした大地が、そのまま地面を滑って帰ってきた。
「…………大丈夫か」
俺が差し出した手を掴んで勢いよく起き上がると、大地は勢いそのままに修也の方を振り向いた。
「あぶねえだろ!」
「足元にはお気をつけて〜」
ニヤリと笑う修也に何も言い返せず、大地は唇を噛んでいる。
人の魔法を性格悪いなんて言うもんじゃないな、なんて、大地の背中を見ながら他人事みたいに思っていた。
「ねえ、あれ」
隣で、千咲がふと何かに気づいた様子で区画の奥を指差した。
見ると、大きな岩石が、仁王立ちする陸を目がけて丘の上から転がり落ちてくるところだった。
「危ない!」
反射で声が出ていた。
しかし、俺の叫びも虚しく、岩は陸の体に直撃。
千咲が小さく悲鳴をあげて顔を背けた。
大地は呆気にとられてぽかんとしている。
いくら体格のいい陸でも、あんな岩が直撃しては無事では済まない。
急ぎ先生を呼びに行こうとすると
「あー、大丈夫。いつものことだから」
と修也。
「初めて見た時はびっくりしたけどな」
悠真も続けた。
よく意味もわからないまま、岩が転がり落ちてきた方を見ると、何事もなかったかのように陸が立っている。
「え?」
半開きだった口から、何とも間抜けな声が漏れた。
俺と目が合った悠真が笑いながら言う。
「あれ、訓練なんだよ。陸の」
◇ ◇
「いやーびっくりしたー」
大地の言葉に、俺も頷く。
「あんなでかい岩ぶつけて体鍛えてるなんてな」
「そうそう、死んだかと思ったわ」
そう言って、大地がひと笑いする。
悠真は大きな土壁を作って、修也は数センチ単位で地面を上げたり下げたりしていて。
その奥では陸が、転がってくる岩石を受け止めて体を鍛えていた。
恐らく何らかの魔法は使っていると思うが、だとしてもだ。
「私もやってみようかなー」
千咲は呑気に空を見上げながら、そんなことを言う。
絶対死ぬからやめろ、と言いかけた時、ちょうど最後の区画の前に到着した。
第六区画は、かなり自然の多い区画だった。
地面の半分ほどは土のままで、小さな草木がいくつも植えられている。
端には加工された木材や丸太が何本も並べられ、空いている土には、何かを植えるためなのか、いくつもの細い区切りが作られていた。
奈々は地面に生えていた小さな植物へ手をかざしている。
ゆっくり、でも確実に、茎が伸びていく。
葉が増え、茎の長さが奈々の背を超えた。
奈々が手を右から左に動かすと、動きに合わせて、植物も少しずつ横に曲がっていった。
「楽しそうだね、奈々ちゃん」
植物の話をしている時の奈々は、普段よりよく喋る。
今も伸びていく葉を見ながら、どこか嬉しそうだった。
その横では慧が木材を手にしている。
生きた植物ではない。
加工された木材。
表面へ魔力を流し、少しずつ形を整えていく。
折れやすそうな部分を補強しているらしい。
奈々とは同じ木属性なのに、使っているものからして違う。
慧本人は前に「木属性っぽくない」と言っていた。
きっと、本人にしか分からない悩みがあるんだろう。
慧の足元には、補強を終えたと思われる、綺麗な木材や盾のような物がいくつか並んでいた。
そして最後に、陽菜。
陽菜は小さな袋から種を取り出すと、ぱらぱらと地面へ撒いて静かに手を重ねた。
いくつかの芽がぽんっと一気に出て、めきめきと音を立てて太い蔓になっていく。
それが絡み合って、陽菜の周りに壁を作り始めた。
かなり速い。
正面と左右。
それから後ろも。
陽菜の姿が少しずつ見えなくなっていく。
そし、蔓が最後の隙間まで塞いだ。
密閉。
「……あれ?」
千咲が首を傾げた。
完全に閉じてしまった。
陽菜が見えない。
少し様子を見る。
中からは、何の声も物音もしない。
「……大丈夫?」
「…………はい」
千咲が声をかけると、中から小さな返事が返ってきた。
さらに少しして、蔓の一部がゆっくり開く。
陽菜が顔を出した。
「……出られます」
「よかった」
千咲が笑う。
陽菜も小さく笑い返した。
その向こうでは奈々が伸ばした植物の葉を嬉しそうに眺め、慧は加工した木材の表面を指で確かめていた。
生えているものを育てる奈々。
すでに木材になったものを扱う慧。
種から自分の身を囲う壁を作る陽菜。
木属性の区画にも、三人それぞれの形があった。
「そろそろ戻ろうぜ」
大地の声で、時計を見る。
「ほんとだ」
次の授業まで、もうあまり時間がない。
「まもるん、急ご!」
千咲が先に歩き出す。
俺たちも校舎へ向かった。
振り返れば、灰色の壁で仕切られた六つの訓練区画が番号順に並んでいる。
第一区画から第六区画。
名前を聞くだけなら、どれも同じような場所に思えるが、実際には違う。
熱や衝撃に耐えられる第一。
水槽と排水設備の並ぶ第二。
硬い床と機械設備の多い第三。
風を視認するための器具が並ぶ第四。
土そのものを動かせる第五。
草木や木材が用意された第六。
それぞれの属性に合わせて、場所そのものが作られている。
そして、その中で使われる魔法も、同じ属性だからといって同じではなかった。
火、水、雷、風、土、木。
六つの基本属性。
種類だけなら昔から知っている。
でも、こうして実際に見てみると、すごく曖昧な区分だと思った。
属性の種類だけではほとんど何も分からない。
同じ水でも違う。
同じ雷でも違う。
風も、土も、木も。
当然、火だってそうだ。
属性だけを見ても、何も分からない。
同じ属性の中に、それぞれの得意なことや苦手なことがある。
そして、その使い方には少しだけ、その人自身の個性が出ているように思う。
教室で話しているだけでは分からなかったことが、魔法を通して少し見えた気がした。
俺は歩きながら、さっきの春の横顔を思い出した。
思い詰めたような横顔。
何だったんだろう。
考えても答えは出ない。
そもそも、気のせいかもしれない。
「まもるん!」
千咲の声で現実に引き戻される。
見ると、少し先で千咲が手を振っていた。
「今行く!」
俺はもう一度だけ振り返ってから、教室へ向かった。




