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星屑の瞬く夜に  作者: 鈴太
第一章
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10/17

第10話:男子寮の夜

入学してから三週間ほど経つと、少しずつ寮での生活にも慣れてきた。

最初の頃は、自分の部屋なのに、どこか借り物みたいな感じがしていた。

ベッドに寝転がっても落ち着かない。

机に座っても、なんとなくよそよそしい。

でも、一週間、二週間と過ごしていくうちに、少しずつ自分の物が増えていった。

机の上には教科書とノート。

棚には持ってきた本や小物。

クローゼットには制服と私服。

窓際には、まだ片付けきれていない段ボールが一つある。

ようやく、自分の部屋になった感じがした。


「なあ、いま暇?」


ノックもなしに扉が開いた。

見知った顔が、部屋の中を覗き込んでいる。


「ノックしろよ」


「した」


「してないだろ」


「心の中では」


「帰れ」


翔太が許可も取らないまま部屋に入ってくる。

止める暇もなかった。

無断侵入と言わざるを得ない。


「いやー、今日も疲れた」


そう言って、勝手に俺のベッドへ腰を下ろす。


「俺のベッドなんだけど」


「いいじゃん。俺と護の仲だろ」


「まだ知り合って二週間くらいだろ」


「もう親友みたいなもんじゃん」


「勝手に決めるなよ」


俺が段ボールから荷物を取り出している横で、翔太はそのままベッドへ倒れ込んだ。


「決めた、ここ俺の第二の部屋にする」


「断る。いいから帰れ」


翔太はガバッと音を立てて上半身を起こす。


「なんで!?」


「なんでって、自分の部屋あるだろ」


「いやあるけど、俺の部屋、なんか落ち着かないんだよ」


「知らん。俺はお前がいると落ち着かない」


「え、ひどくない?」


翔太はそう言いながら再びベッドに寝転んだ。

出ていく気は一切なさそうだ。

まあ、いいけど。

最近はずっとこんな感じだった。

翔太は放課後、何かにつけて誰かの部屋へやってくる。

俺の部屋だったり。

悠真の部屋だったり。

陸の部屋だったり。

特に陸の部屋にはかなりの頻度で出入りしているようだった。


「護、それ何?」


翔太がベッドの上から身体を起こす。

見ると、数日前にダンボールの中から発見したばかりの写真の束を指差していた。

荷造りをした時に自分で入れた記憶はない。

きっと、気を利かせた両親が、お守り代わりにと入れたのだと思う。

あるいは、写真を見てホームシックを落ち着かせるように、とか。

もうそんな歳ではないんだけど。

見れば、千咲との写真ばかりだった。

ますます意図が分からず、昨日の夜、一人で頭を抱えたことを思い出す。


公園で泥だらけになった写真。

千咲がブランコでありえない角度まで上がって満面の笑みを浮かべ、そんな千咲を俺が怯えた顔で見ている写真。

いろんな写真があった。

俺たちが三等身くらいの頃のものもあれば、つい最近のものもあった。

一番最近のものは、つい一ヶ月ほど前、中学校の卒業式の時の写真だ。

立て看板の横に千咲と俺が並んでいる。


写真は今度時間がある時にゆっくり見返すとして、いま翔太に見せたら面倒なことになる予感がした。

そして、こういう勘は大抵よく当たる。


「昔の写真」


「見せて」


翔太が食い気味に言葉を被せてきた。


「嫌だ」


「なんで!?」


「絶対何か言うから」


「言わないって」


「こういうときのお前は信用ない」


翔太は「なんだそれ」と笑っている。

俺は翔太が手に取らないうちに、写真の束を棚の奥へ押し込んだ。

コンコン、とドアがノックされる。


「はーい、誰?」


「陸だ。翔太を探してる」


低い声がした。


「いるよ」


「開けていいか?」


「どうぞ」


ガチャ、と音を立ててドアノブが回り、開いたドアから陸が顔を覗かせる。

そして、翔太を見るや否や。


「翔太、お前さ」


「ん?」


「これ」


陸が、手に持っていたものを高く掲げた。

タオル。

それも、濡れている。

翔太が少し考える。


「あ」


「あ、じゃない」


「俺の?」


「お前のだよ」


陸の額に、少しだけ皺が寄っている。


「なんで俺のベッドの上に置いた?」


「置いたっけ」


「置いた」


「覚えてないけど、ちょっと乾かそうと思ったのかな」


陸が呆れてため息をつく。


「ベッドの上で乾くわけないだろ。あとベッドが湿る」


「でも陸の部屋、風通しいいじゃん」


「だからって布団の上に置くな」


さすがの翔太も、少し申し訳なさそうにしている。


「わりい。気をつける」


「そうしてくれ」


翔太は陸からタオルを受け取ると、丸めて自分の膝の上に乗せた。


「それ、どうすんの」


ふと気になって聞くと、翔太は大きく伸びをした。


「あとで干す」


陸の大きなため息が聞こえる。


「どうせ忘れるから、貸せ」


陸は濡れたタオルを受け取って、廊下へ出ていった。


「……結局干してくれるんだ」


陸が閉めたばかりのドアを見つめて呟く。


「優しいだろ?」


翔太はなぜか誇らしげだった。


「お前さぁ」


いつか怒られたらいいのに。

というか、怒られてほしい。

眠そうにあくびをする翔太の顔を見ながら、そんなことを願った。


     ◇      ◇


それから少しして、俺の部屋の人口が増えた。


「狭」


思わず口から漏れた。


「狭くないだろ。あと二人くらい余裕余裕」


翔太が床に座りながら答える。


「余裕じゃない」


部屋にいるのは、俺、翔太、陸、智也、修也。

なぜこうなったか、俺にもよく分からない。

少し前に智也が廊下を通りかかって、翔太が声をかけた。

そのあと修也も来た。

陸は、タオルを干し終えてそのまま戻ってきた。

結果。

俺の部屋に五人。

体格のいい陸は、1.5倍くらいのスペースを使っている。


「護、これ触っていい?」


勉強机の上に置かれていた小型の時計を智也が指差した。

実家から持ってきた、簡単なアラーム機能のついたシンプルなやつ。


「いいけど」


「ちょっと見るだけ」


「いいよ」


智也が手に取る。

そして。


「…………」


嫌な予感がした。

智也は時計の側面をじっと見ている。

指先で継ぎ目をなぞる。

そして、時計を机の上に置くと、鞄から工具を取り出した。


「待て」


「何?」


「何しようとしてる?」


「開ける」


「なんで?」


「中見たい」


「駄目だよ」


「見るだけだって」


「開けた時点で見るだけじゃないだろ」


智也は少し不満そうに俺を見る。


「戻せるよ」


「壊さない保証は?」


一瞬の間。


「多分」


「多分じゃ駄目」


俺と智也のやりとりを聞いていた修也がペットボトルの蓋を閉めながらこちらを見た。


「護、けっこう細かいんだ」


「俺のだからな!」


翔太は俺たちの会話を聞いてゲラゲラ笑い、陸は少し呆れたように智也を見ていた。


「智也はね、いつも学校の備品とか勝手に分解してるよ」


「許可は取ってる」


修也の言葉を、智也が即座に訂正する。


「あ、そこはちゃんとしてるんだ」


「当たり前でしょ」


工具を持ちながら言われても、いまいち説得力がない。


「そんなに中見たい?」


「見たい」


「即答だな」


「だって気になるじゃん。構造」


「俺はならない」


「なんで?」


智也は本気で不思議そうだった。

そういえばこの前、第三区画で訓練用の機械に電流を流していた時もかなり楽しそうだった。

本当に好きなんだろう。


「じゃあ壊れたら開けていいよ」


智也があまりにも残念そうな顔をするので、智也の手から時計を取り返しながら言った。


「壊れたら?」


「うん」


「いつ壊れる?」


「知らないよ」


「早く壊れないかな」


「縁起でもないこと言うなよ」


修也はニヤニヤと不敵に笑っていたが、ふと真顔になる。

そして、何か思いついたような顔をして智也を見た。


「護のそれ開けるよりさ、寮の自販機分解した方が面白そうじゃない?」


「怒られる」


「怒られるで済むかな」


「済まない」


この二人、妙なところで冷静だ。


「てか」


翔太が床に置いてあった菓子の袋へ目をやった。


「これ護の?」


「そう」


「食っていい?」


「一個だけなら」


「やった」


翔太が嬉しそうに袋へ手を伸ばす。


「俺も一個もらっていい?」


修也も聞いてきた。


「どうぞ」


「さんきゅー」


二人がぽりぽりと菓子を食べ始める。


「一個って言ったからな」


俺が念を押すと、翔太が口を動かしながら、


「分かってるって」


と答えながら、二個目を口に押し込んだ。

陸が大きなため息をつく。


「そんなに腹減ってるなら何か持ってこようか」


「え、あるの?」


翔太がすぐ食いついた。


「あるけど」


「じゃあ食う!」


陸は「まったくお前は」とか何とか言いながらも、自分の部屋から菓子を一袋持って戻ってきた。


「ほら」


「おお、神」


きらきらした目で翔太が陸を見上げる。


「好きに食え」


「やった!」


「お前そんなに腹が減ってるなら……」


「美味い!これ美味いぞ修也!」


性格は全然違うのに、本当にこの二人はよく一緒にいる。

翔太は何でも勢いでやるし、陸は細かいところまで気がつく。

翔太が散らかせば陸が片づける。

陸が小言を言っても、翔太は大抵聞き流している。

それなのに。

結局、仲が良さそうに見える。

たぶん、こういうのを相性がいいって言うんだろうな。

いや、本当にそうだろうか。

まあ本人たちが楽しいならいいか。

なんだかんだと言い合いをする翔太と陸を見ながら、俺は残り少なくなった菓子をつまんで口に放り込んだ。


     ◇      ◇


しばらくして、騒ぎ疲れた俺たちは床に広がっていた。

翔太はベッドにもたれている。

修也は壁際の床に大の字になっている。

智也も寝そべりながら、俺に分解を止められた時計をまだ名残惜しそうに見ていた。

陸は一人立って、菓子のゴミを片付けている。


「なあ」


翔太が突然言う。


「ん?」


「三年間って長いよな」


「急にどうした」


翔太の方を見ると、いつになく真面目な顔をしていた。


「いや、なんとなく」


そして、天井を見上げた。


「ここで三年暮らすんだろ?」


「そうだな」


「ふと、長いなーって思ってさ」


窓の外を見ると、星詠学園が見えた。

もう夜の十時を回っているというのに、電気がついているのは職員室だろうか。

月明かりに照らされた学園は、昼間よりもどこか神秘的に見えた。


「感傷に浸ってるとこ悪いけどさ、翔太」


目をつぶったまま、修也が続ける。


「明日までの課題やった?」


「…………」


一瞬の間。


「やってないんだ」


「うるせぇ!今からやる!」


反動をつけて翔太が起き上がる。

どうでもいい会話。

でも、こういう時間が楽しかった。

これまでにも友達は何人もできたし、誰かと遊ぶことだってたくさんあった。

でも、寮生活は少しだけ違う。

学校が終わっても、みんなが近くにいる。

夜になっても。

次の日になっても。

同じ場所で生活している。

こういう何でもない時間が、これからも毎日、きっと少しずつ積もっていく。


「そろそろ戻れよ」


「うっそ、もうこんな時間?」


俺の声に、目だけを動かして時計を見た修也が、勢いよく起き上がる。


「なんだ、気づいてなかったのか」


陸はあちこちに散らばっていたゴミを拾いながら言う。


「全然気づかなかった。課題終わらないかも」


智也は大きなあくびを一つして、工具セットを持って立ち上がる。

あんなに騒がしかったのに。

男子会の終わりは案外、呆気ないものだった。


「護、今日は部屋貸してくれてありがとな」


部屋を一歩出たところで修也が振り返る。


「気づいたらお前らが集まってきただけで、別に俺は貸したつもりなかったんだけど」


俺が苦笑いすると、修也もつられたように笑う。


「まあまあ、細かいことはいいじゃん。じゃあまた」


そう言い残して、ひらひらと手を振りながら部屋を出ていった。

その後ろに陸と智也も続く。

そして


「じゃあな、護」


「おう」


最後に出ていった翔太が扉を閉めると、急に部屋が静かになった。

さっきまで五人もいたせいか、余計に広く感じる。

俺は床に落ちていた小さな菓子の欠片を拾いながら、小さく息を吐いた。


「ほんと、急に来て、嵐のように帰っていったな」


ぼやいた言葉は、自分で思うよりずっと明るい声色だった。


     ◇      ◇


消灯時間を少し過ぎた頃。

俺はベッドに入っていた。

部屋の明かりは消してある。

窓の外も暗い。

明日は朝から授業がある。

そろそろ寝よう。

そう思って目を閉じた。

少しして、廊下の向こうから、翔太の声が聞こえた。


「なあ陸」


「寝ろ」


陸の低い声が即座に返ってくる。

どうせ眠れない翔太が陸に絡みに行って、陸の部屋の前で喋っているに違いない。


「まだ何も言ってねえじゃん」


「どうせ長くなる。聞かなくても分かる」


「ひど!」


薄い壁越しでも、それなりに聞こえる。


「翔太」


壁越しに声を出す。


「お?」


「話があるなら明日聞くから、今日は寝ろ」


少しだけ間があった。


「……分かったよ」


珍しく素直だった。


「おやすみ」


「ああ、おやすみ」


「陸も」


「はいはい。おやすみ」


今度こそ静かになる。

俺はもう一度目を閉じた。


「……なあ、護」


数秒して、今度は廊下の方からじゃなく、隣の部屋から声がした。

きっと、俺の部屋と翔太の部屋を分ける壁に向かって喋っている。


「翔太」


「はい、すみませんでした」


思わず笑ってしまった。

それきり、本当に声は聞こえなくなった。

静かな寮の夜。

明日の朝になれば、また同じ教室へ行く。

授業を受けて。

昼飯を食べて。

放課後になれば、また誰かの部屋に集まるかもしれない。

そんな毎日が、これから三年間続いていく。

それはきっと、想像しているよりもずっと楽しそうだった。

俺は静かに目を閉じ、眠りに落ちていくのだった。

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