第6話:火
「課題ってのは少し語弊があったな。今日は測定だ。まずは、これくらいの大きさの火球を作って、十秒そのまま維持してみろ」
そう言いながら、人差し指で空中に円を描く。
大きさは、握り拳より少し大きいくらいだ。
単純そうに見える。
でも、火は放っておけば形を変える。
強く出せば大きくなるし、弱めれば消える。
一定の大きさで留め続けるとなると、細かい調整が必要になる。
「一人ずつやる。天野から」
「はい」
また最初か。
俺は前へ出た。
上里先生に言われた位置に立ち、右手を前に出す。
「始め」
魔力を流す。
身体の内側を通った熱が掌へ集まり、ぽっと炎が生まれた。
指定された大きさより少し小さい。
ほんの少し出力を上げると、火球が膨らむ。
これくらいか。
先生が示した円を思い出して調整する。
少し膨らみすぎた。
体内の魔力の流れを保ったまま、絞るような感覚で抑えると、今度は形がわずかに崩れた。
すぐに戻す。
ちょうどいい大きさになった。
「そこだ。維持」
上里先生の声。
俺は魔力の流れを一定に保つことだけに意識を向けた。
炎の表面が小さく揺れる。
形もほんの少しだけ変わる。
それでも、指定された大きさから大きく外れることはなかった。
「十秒。止め」
魔力の流れをきると、火球もふわりと浮かび上がるようにして消えた。
まあこんなもんか、という感想だった。
自分でもそんな感想だった。
特別上手くできた感じはない。
でも、失敗したわけでもない。
「悪くない」
上里先生もそれだけ言った。
「次、神谷」
「はい」
蓮司が前へ出る。
俺と入れ替わる形で指定位置に立ち、手を前に出した。
「始め」
掌に火が生まれる。
その瞬間。
「でかい」
上里先生がすぐに言った。
俺が作ったものより、明らかに大きい。
倍までではないけど、先生が指で示した円からはかなりはみ出している。
「もっと小さくしろ」
蓮司が眉を寄せる。
火球を縮めようとしているらしい。
少し小さくなった。
けれど、そのまま勢いが安定しない。
そして、また膨らむ。
「もっと抑えろ」
「やってます」
「まだでかい」
蓮司の表情に苛立ちが滲む。
もう一度出力を絞る。
今度は一気に小さくなりすぎて、形が崩れた。
「くそ……」
蓮司は火を消す。
「もう一回」
先生の淡々とした声が、少し冷たく聞こえた。
きっと悪気はない。
蓮司が再び火球を作る。
今度はさっきより小さい。
でも、指定された大きさよりはまだ大きい。
「勢いがあるのは悪いことじゃない」
上里先生が言う。
「ただ、今の課題は大きく出すことじゃない。小さく保つことだ」
「……はい」
蓮司は短く返した。
納得しているというより、言われたから従っているように見える。
それでも、何度か調整するうちに、ようやく指定に近い大きさまで落とした。
完全な安定はしなかったが十秒はもたせた。
「次、城戸」
「はい!」
勢いの良い返事。
大地が前へ出る。
指定位置につくと、すぐに手を前へ出した。
「始め」
火球が生まれる。
意外とちょうどいいサイズだ。
と思ったのも束の間。
ぼっ、と音を立てて勢いよく膨らんだかと思えば、しゅん、と小さくなる。
「一定にしろ」
「やってます!」
「できてない」
「分かってます!」
大地は火球を睨みつける。
大きくなる。
小さくなる。
また大きくなる。
なんというか、火が呼吸しているみたいだ。
そして、少し安定したかと思った次の瞬間。
ぱんっ。
小さな音を立てて、火球が弾けた。
大地自身も少し驚いた顔をしている。
「あ」
「今のは?」
上里先生が聞く。
「勝手に……なりました」
「だろうな」
怒鳴るわけではない。
ただ、先生の声は少しだけ真剣だった。
「原因分かってるか?」
「わかりません」
「火が大きくなったところで一気に戻そうとしたせいで不安定になってる。火が大きくなったら、まずは大きな状態で安定させろ。安定したら徐々に小さくするんだ」
大地は、真剣な顔で自分の手を見ていた。
「もう一回やっていいですか」
「もちろん。今度は慌てるなよ」
「はい」
大地が再び掌に火を出した。
やっぱり、大きくなったり小さくなったりしている。
それでも、さっきよりはましだった。
「十秒。止め」
上里先生が言う。
大地は火を消した。
かなり緩く採点してくれたような気がする。
「次、桐原」
「はい」
千咲が前へ出て、指定された位置に立つ。
「始め」
千咲が手を出した。
火が生まれる。
一瞬だった。
最初から、ほとんど指定された大きさ通り。
俺や蓮司、大地のように大きさを合わせるために何度か調整することもない。
そのまま球体の形を保つ。
炎の表面は揺れているのに、火球全体の大きさはまるで固定されているみたいだった。
「……すげえ」
思わず声が漏れる。
蓮司も、大地も、黙って見ている。
上里先生も千咲の火球をじっと見ていた。
「十秒。止め」
千咲が火を消す。
「桐原」
「はい」
「もう一度だ」
「分かりました」
もう一回。
今度も同じ。
火が生まれた瞬間から、指定されたサイズ。
そこから全く変化しない。
十秒。
「……なるほどな」
上里先生が小さく呟いた。
千咲は「どうでした?」と聞く。
「かなり上手い。少なくとも今の四人の中じゃ一番安定してる」
「やった」
千咲が少し嬉しそうに笑った。
俺も素直に納得した。
同じ火属性でも、全然違う。
蓮司は火が強い。
大地は出力が揺れやすい。
千咲は明らかに制御が上手い。
俺は……まあ、普通。
上里先生が四人を見渡す。
「今ので分かっただろ」
俺たちは先生を見る。
「同じ火属性でも、全員が同じじゃない」
そのまま、俺たちの顔を順番に見る。
「天野は、今のところ全体的に平均的。大きく崩れもしないが、特別綺麗でもない」
「はい」
「神谷は出力が高い。その代わり、小さく抑えるのが苦手」
蓮司は黙って聞いている。
「城戸は瞬間的な出力変化が大きい。だから維持が安定しにくい」
「はい」
「桐原は制御がかなりいい。指定に合わせる速度も、維持も安定してる」
千咲がこちらを見て得意げに笑う。
「こういう違いを知るために、最初は同じ属性同士でやってる」
上里先生が続ける。
「次はもう少し分かりやすいのやるぞ」
先生は区画の端へ歩いていき、壁際の操作パネルに触れた。
そこに何かを入力していく。
低い機械音。
それまで静止していた人型標的のうち、一体が前へ出た。
「今度はこいつを使う」
上里先生がパネルをもう一度操作すると、パネルの近くに設置された二枚のモニターが点灯した。
片方には、大きく数字が表示される。
――3000。
「この標的は、設定した値以上の出力を受けると倒れるようになってる」
先生がモニターを指差す。
「今は3000に設定した」
俺は表示された数字を見る。
3000。
それが高いのか低いのか、今の俺にはまだよく分からない。
「入学してすぐでこれだけ出せれば、上出来ってくらいの設定だ」
「だから倒す気でやれ。だが、倒れなくても気にするな。今の自分がどれくらい出せるのか知るのが目的だ」
なるほど。
今度は制御ではなく、単純な出力。
一人一発。
壊れないから全力でいいとのことだった。
上里先生が俺たちを見る。
「順番はさっきと同じ。天野から」
「はい」
俺は前へ出た。
正面に人型標的。
さっきまでの火球とは違う。
今度は小さく保つ必要はない。
出せるだけ出せばいい。
「始め」
右手を向ける。
魔力の流れを確認する。
大丈夫。
そのまま掌に集める。
炎が生まれる。
これを、できるだけ大きく。
できるだけ強くして。
ここだ、というタイミングで、標的へ向けて放てばいい。
数回深呼吸をした。
吸って、吐いて、また吸って。
息を強く吐きながら、真っ直ぐに放つ。
直撃。
ぼん、と炎が広がる。
それなりの音がした。
でも、標的は倒れなかった。
「止め」
魔力を切ると、掌に残っていた残り火も消える。
モニターを見る。
設定値3000。
その隣のモニターに、俺の数値が表示されていた。
――1897。
ま、こんなもんか。
心の声は、さっきと同じ感想だった。
倒れなかった。
でも、これが今の自分の実力だ。
気にしたって仕方ない。
と言いつつも、やはり少し顔に出ていたのだろうか。
「入学直後なら普通だ」
上里先生が言う。
「気にすんな」
「はい」
「次、神谷」
俺と入れ替わるようにして、蓮司が前へ出る。
さっきとは明らかに表情が違う。
今度は、小さくしろとは言われない。
むしろ全力でいい。
火力に自信がある、と言っていた蓮司からすれば、一番の得意分野だろう。
蓮司が右手を構える。
「始め」
炎が生まれる。
大きい。
さっきの制御課題の時とは比べものにならない大きさだ。
空気が熱で揺れる。
俺は思わず目を細めた。
「はあっ!」
ウルフカットの赤い髪を風になびかせ、火球を飛ばす。
直撃。
大きな音。
衝撃で茶色い砂埃が舞い上がる。
すごい威力だ。
人体に当たったら、と思うとゾッとする。
微かに薄れた砂の向こうで、人型標的は後ろへ倒れていた。
振り向いた蓮司が、モニターを見て得意げに笑う。
――4735。
設定値を大きく超えていた。
「火力はかなりあるな」
先生も素直に評価していた。
蓮司の顔が少し明るくなる。
「次、城戸」
「はい!」
大地が前へ出る。
人型標的は、低い機械音を立てながら起き上がり、また直立状態になる。
大地が手を前へ出した。
「始め」
火が集まる。
蓮司ほど大きくはない。
ただ、火が膨らむまでの速度はかなり速かった。
「いけっ!」
放つ直前、火が少し萎んだように見えた。
火球が人型標的に直撃し、炎が広がる。
標的は大きく揺れた。
でも。
倒れなかった。
モニターに数字が出る。
――2106。
「くそ、もうちょいだった!」
大地は悔しそうにモニターを睨みつけたまま動かない。そして短く
「倒したかった」
と続けた。
「次、桐原」
「はい」
千咲が前へ出る。
俺はその背中を目で追った。
さっきの制御は、飛び抜けて上手だった。
出力はどのくらいなんだろう。
「始め」
先生の合図で、千咲が手を前に出す。
ぎゅん、と音が聞こえそうなほどの勢いで掌に炎が集まっていく。
蓮司ほどの大きさはない。
やっぱり、安定感は格別だった。
火球は大きさを変えず、微動だにしない。
ただ表面が揺らめいているだけだ。
千咲は一度大きく息を吸った。
そして、静かに照準を合わせて放つ。
直撃。
炎が広がった。
人型標的が、ゆっくりと後ろへ倒れる。
「お」
倒した。
モニターを見る。
――3002。
「……ぎりっぎり」
少し離れたところに立っていた大地が、小さな声で呟く。
俺もまったく同じことを思っていたところだった。
設定値は3000。
千咲は3002。
ほとんどぴったりだ。
「やったー!」
千咲は笑顔で振り返る。
でも、先生は何も言わなかった。
モニターを見つめたまま黙っている。
3002。
その数字を、ただ、じっと見ていた。
「先生?」
千咲が声をかける。
「……ああ」
上里先生はようやくモニターから視線を外して千咲を見た。
「上出来だ。倒せてる」
先生はそれ以上、何も言わなかった。
千咲が小走りで戻ってくる。
「倒せちゃった」
そう言って、俺の隣に腰を下ろしながらピースをしてみせる。
「すごいな。ほとんどぴったりじゃん」
「でしょ?」
千咲は嬉しそうに笑った。
肩が触れそうなくらいの、すぐ隣。
いつもと同じ距離だ。
だけど、千咲だけが少し先にいるような気がする。
ずっと隣にいた幼なじみを、初めて、ほんの少し遠くに感じた。




