第5話:属性を知れ
ホームルームが終わったあと、俺たちは上里先生に連れられて寮へ向かった。
星詠学園は原則全寮制だ。
もちろん入学前から知っていたし、荷物だってすでに送ってある。
それでも、これから三年間を過ごす場所だと思うと、校舎へ入った時とはまた違った緊張があった。
「女子はこっちだ。男子はそのままついてこい」
寮の前まで来たところで、上里先生が二つの建物の片方を指した。
並んで建ってはいるけれど、当然、男女で棟は分かれている。
さらに寮は学年ごとに分けられていて、俺たち一年生には一年生専用の棟が用意されているらしい。
「じゃあね、まもるん」
千咲が女子の列から手を振ってくる。
「おう。また明日」
「寝坊しないでね」
千咲は笑って、美月たちと一緒に一年生の女子寮へ向かっていった。
俺も、上里先生に続いて男子寮へ入る。
玄関を抜けると、中は思っていたより広かった。
一階には談話室や共同キッチンがあり、俺たちより先に到着していた他クラスの一年生たちの姿も見えた。
廊下の先には自動販売機も見える。
女子寮とは隣接しているが、建物内部は繋がっていないようだった。
先生について階段を上がったところで、部屋の鍵を渡された。
鍵にかかれた番号と、ドアの番号を確認一つずつ確認していく。
部屋はすぐに見つかった。
鍵を差し込んでドアを開けると、六畳から八畳ほどの空間が広がった。
「おお……」
思わず声が出た。
広い、というほどではない。
部屋に備え付けられていたのは、ベッドが一つ。
それから、勉強机に椅子。
収納棚、小さなクローゼットだけだ。
それ以外に必要なものがあれば各自買う必要があるらしい。
窓の近くには、入学前に送っておいた段ボールがいくつか置かれている。
それだけの、ごく普通の一人部屋だった。
でも。
ここが今日から、自分の部屋になる。
そう思った瞬間、なんだか急に楽しくなってきた。
実家にも自分の部屋はあった。
それでも、家族と暮らす家の中にある自分の部屋と、寮の部屋は、なんていうか、やっぱり少し違う。
机はこのままでいいか。
持ってきた本はどこに置こう。
服はクローゼットに全部入るだろうか。
休みの日はここでのんびりするのもいいし、談話室に行けば誰かいるかもしれない。
クラスのみんなと仲良くなったら、部屋に呼んで遊んだりもするんだろうか。
そんなことを考えながら、俺は窓を開けた。
四月の風が入ってくる。
校舎の一部も見えた。
朝になったら、ここから学校へ行くんだ。
授業を受けて、魔法を勉強して、終わったらまたここへ帰ってくる。
それがこれから毎日続く。
「護ー!」
廊下から大声がした。
この声はもう分かる。
部屋から顔を出すと、少し離れたところで翔太が手招きしていた。
「何?」
「俺の部屋こっち!お前の隣!」
「声でかいって」
「ちょっと来いよ!」
「まだ荷物開けてないんだけど」
「俺も開けてないから気にすんなって」
「先開けろよ」
「そんなんは後でいい!」
何がそんなに嬉しいのか、翔太は全身をそわそわさせながらドア付近の壁に張り付いている。
「わかったわかった」
返事をして、部屋を出る。
本当に賑やかなやつだ。
高校生活。
寮生活。
今日一日だけで、これから始まるものが一気に増えた。
まだ分からないことの方が多い。
それでも。
三年間ここで過ごすのは、結構楽しそうだと思った。
◇ ◇
そんなふうに始まった星詠学園での生活にも、一週間もすれば少しずつ慣れてきた。
朝、寮を出て校舎へ向かう。
授業を受けて、昼になれば飯を食べる。
放課後になれば寮へ戻り、次の日になればまた同じ教室へ行く。
最初は知らない人ばかりだった教室でも、話す相手は少しずつ増えた。
翔太とは席が隣なので、嫌でも毎日話す。
千咲とは今まで通り。
そして、美月はというと、入学初日の時点でそんな感じはしていたけれど、誰とでも気軽に話せるタイプらしい。
千咲とは特に気が合ったようで、二人で話しているところをよく見る。それ以外にも、気づけばいろんなやつに声をかけていた。
昼休み、俺と翔太が教室へ戻ってきた時もそうだった。
「雪村さん、それ何読んでるの?」
美月が机の横から本を覗き込んでいた相手は、雪村春。
肩にかからないくらいの長さで綺麗に切り揃えられた黒髪が、動くたびに小さく揺れる。
派手さはないけど、静かな雰囲気の彼女にはよく似合っている。
第一印象はといえば、綺麗な声をした大人しそうな女の子、という感じだった。
美月に突然話しかけられた春は、少し驚いたように顔を上げた。
「……これ?」
「うん」
「……魔法と植物の本」
「へー!そういうの好きなんだ?」
「……好きっていうか……ちょっと気になって」
そこで会話が止まる。
春は何か続けようとしたようにも見えたけど、結局そのまま口を閉じてしまった。
美月は特に気にした様子もない。
「面白い?」
「……うん」
「じゃあ読み終わったら貸してよ」
「え?」
春は僅かに目を見開く。美月が首を傾げる。
「駄目だった?」
「…………ううん。じゃあ、読み終わったら」
「やった!ありがと」
美月がにっこり笑う。
春も、ほんの少しだけ笑っていた。
そのまま美月が別の話を始めると、自分からたくさん喋るわけではないけど、聞かれたことには一つずつ答えていた。
「朝倉ってすげえな」
隣で翔太が小声で言った。
「何が?」
「誰とでも喋ってない?」
「たしかに」
入学してまだ一週間だ。
それなのに、美月だけはもう随分前からこのクラスにいたように見える。
千咲も人と話すのは得意な方だけど、美月は少し違ったタイプに見える。
相手がよく喋るやつでも、あまり喋らないやつでも、気にせず同じように話しかけている。
春も最初の頃よりは、少しだけ教室に馴染んできたように見えた。
そんなふうに、クラスの中でも少しずつ人間関係ができ始めていた。
授業も最初の数日は座学が中心だった。
魔力回路の基礎。
魔力を流す際の注意。
魔法を使用するうえでの法律や規則。
中学までに習ったことの復習も多い。
そして、入学式から一週間ほど経ったある日。
ようやくその時間が来た。
「やっとだ!」
更衣室を出たところで、翔太が嬉しそうに声を上げた。
「そんな楽しみだった?」
「当たり前だろ。実技だぞ、実技」
俺たちは実技用の服装に着替え、訓練場へ向かっていた。
俺も楽しみではある。
この一週間、魔法についての授業はいくつもあったけど、本格的に魔法を使う授業は今日が初めてだ。
校舎から外へ出る。
少し歩いた先に、広い訓練場が見えてきた。
「あ」
見覚えがある。
いつも教室から見えていた場所だ。
入学初日、自分の席から窓の外を眺めた時にも少し見えた。
薄い灰色の壁によって六つの区画に分けられた訓練場は、一つ一つがかなり広い。
縦も横も、四十から五十メートルくらいはあるだろうか。
それを囲む壁も、見上げるほど高い。
十メートルくらいはありそうだ。
そんな四角い空間が、同じ形で横一列に六つ並んでいる。
遠くから見た時も大きく見えたけど、実際に中へ入ってみると、その大きさがよく分かった。
地面も場所によって材質が違っていて、壁の一部には焦げたような跡まで残っていた。
「すげえ」
翔太が壁を見上げる。
「ここで魔法使うのか」
「そのための場所だろ」
「分かってるけどさ。なんかテンション上がらない?」
「ちょっと分かる」
「だろ?」
俺たちだけではない。
周りを見ると、みんなも訓練場の中を見回していた。
少し離れたところでは千咲が美月と話している。
壁際に立って腕を組んでいるやつもいる。
たしか、神谷蓮司だ。
「よし、集まれ」
上里先生の声が響いた。
散らばっていたみんなが集まってくる。
「今日は初めての実技だ」
上里先生は俺たちの前に立った。
「張り切りすぎんなよ。初日から怪我したら笑えないからな」
そう言って、上里先生は手元の名簿を開く。
「今日は属性ごとに分かれてもらう」
その言葉に、少しざわめきが起こった。
俺の横で翔太が手を挙げた。
「先生」
「なんだ」
「他の属性とは組まないんすか?」
「まだ組ませない」
上里先生は即答。
「なんで?」
「まず、自分の属性に何ができて、何ができねえのか覚えるところからだ」
翔太だけでなく、先生は俺たち全員に向けて言う。
「これから先、違う属性のやつと組ませることもある。複数人でどう魔法を使えばいいかも教える。けど、それは基礎ができてからだ」
上里先生が名簿を閉じた。
「自分の魔法もよく分かってないうちから、人の魔法の理解なんかできっこないだろ」
なるほど。
言われてみれば当たり前かもしれない。
「あと、ついでに一個」
上里先生が続ける。
「属性だけ見て、相手との相性を決めるな」
翔太が首を傾げた。
「相性?」
「火だから水に弱いとか、雷だから水に強いとか、そういう単純な覚え方はするなってことだ」
「でも先生」
翔太がまた手を挙げる。
「火に水ぶっかけたら消えません?」
「量によるだろ」
「あ」
「バケツ一杯の水を焚き火にかけるのと、山火事にかけるのが同じだと思うか?」
「たしかに」
「だろ」
先生は近くの地面を指した。
「魔法だって同じだ。魔力量、出力、操作の仕方、使う場所。その時の状況でも結果は変わる。どう使うかで、同じ属性でも全然違う」
そこで翔太を見る。
「だから『俺は雷だから水には絶対勝てる』とか言って突っ込むなよ」
「言ってないっす」
「言いそうだから言ってんだよ」
翔太が「俺ってそんなに信用ないかなぁ」と笑う。
「相性がないっていうより、固定されてないって考えた方がいいな」
「場所、量、操作、使い方。色んな条件で変わる。属性の名前だけ見て勝ち負け決められるなら、わざわざ三年間勉強する必要ねえからな」
それはたしかにそうだ。
「だから最初は、同じ属性同士でやる」
先生が俺たちを見渡す。
「同じ火でも、人によって得意なことは違う。同じ水でも違う。同じ属性のやつを見て、自分との違いを知れ。自分に何ができるのか、何ができないのかを覚えろ」
そして一度閉じた名簿を再び開いた。
「それができて、ようやく違う属性のやつと組む段階だ」
つまり、今日の班がずっと続くわけではないらしい。
まずは自属性への理解を深める。
そのための最初の授業ということだ。
「じゃあ呼ぶぞ。まず火属性」
上里先生が名前を読み上げる。
「天野護」
「神谷蓮司」
「城戸大地」
「桐原千咲」
四人。
「以上四名は、第一区画へ行け。ここが第六だから、悪いが一番奥だ」
そういって、通路の向こう側を指差す。
「じゃあ次、水属性」
俺は先生の声を背中で聞きながら、指示された方向へと歩き出した。
「まもるん」
数歩歩いたところで、後ろから聞き慣れた声に呼ばれて振り返る。
千咲が小走りで追いついてきた。
「一緒だね」
「そうだな」
「同じクラスで、属性も同じで、実技も一緒」
千咲は楽しそうだ。
その少し前を、蓮司が歩いている。
そういえば、自己紹介でも火力には自信があると言っていた。
翔太には勝手に俺のライバル扱いされたけれど、実際にどんな魔法を使うのかすらまだ知らない。
もう一人、大地も俺たちの少し後ろから歩いてきた。
城戸大地。
この一週間で、名前と顔はもうだいぶ一致するようになっていた。
濃い茶色の髪は翔太より少し長いくらいで、体格は俺より少し大きい。
ただ、見た目以上に分かりやすいのは性格の方だった。
たぶん、かなりのせっかちだ。
何かを聞いたら、考えるより先に身体が動く。
この前の昼休みもそうだった。
「校舎の裏に近道あるらしいぞ」
翔太がどこからか仕入れてきた話をすると、
「マジか。行こうぜ」
翔太が話し終わるより先に、大地は椅子から立ち上がっていた。
翔太は「でも本当に使えるか分かんねえけど」と続けている途中だった。
「いや、ちょっと待てって」
俺がそう言う頃には、大地はもう教室の扉のところまで行っていた。
結局、翔太まで面白がってついていって、二人とも少ししてから戻ってきた。
「普通に行き止まりだった」
翔太が笑いながら言う横で、大地は、
「でも途中までは行けた。惜しかった」
と何だかよく分からないが妙に納得した顔をしていた。
良く言えば行動が早い。
悪く言えば、考える前に動く。
本人はあまり気にしていないらしい様子だけど。
そんな大地も、俺や千咲と同じ火属性。
蓮司ともまた違いそうだし、俺や千咲ともきっと違った使い方をする気がした。
同じ属性が四人いても、上里先生の言う通り、実際に魔法を使ってみればきっと全然違うんだろう。
そんなことを考えながら、俺は第一区画へと入った。
大きさ自体は、先程入った第六区画と変わらないように見えた。
高い壁に囲まれた広い空間。
正面には人の形をした訓練用の標的が並び、正方形や円の形をした的も点々としている。
よく見ると、焦げ跡や傷が残っているものもあった。
「火属性組、こっちに一列」
他の属性の組分けを終えたらしい先生が、少ししてから入ってきた。
俺たちは言われた通り、入口付近の壁に沿うように一列に並ぶ。
千咲が隣で髪を軽く結び直している。高めのポニーテールだ。
蓮司はすでに標的を見ていた。
大地も標的を見ながら、今にも何か試したそうな顔をしている。
俺も正面へ向き直った。
「じゃあ、簡単なところから始めるぞ」
上里先生が、一番手前の標的を指差した。
「最初の課題だ」
ようやく始まる。
俺は標的を見ながら、無意識に右手を軽く握った。
星詠学園に入って約一週間。
俺たちの最初の実技が始まる。
ほんの少しだけ楽しみだった。




