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星屑の瞬く夜に  作者: 鈴太
第一章
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3/18

第3話:魔法のある日常

自己紹介は、その後もしばらく続いた。

最初に当てられた俺はもう自分の番を終えているので、あとは座って聞いているだけだった。

とはいえ、全員の名前と顔を一度で覚えようという気にはならない。

さっきの点呼でも何人か名前を聞いたけど、既にかなり怪しい。

二十人もいるんだから、毎日顔を合わせていればそのうち覚えるだろう。


朝倉美月あさくら みづきです」


聞き覚えのある名前に、何となく顔を上げた。

先程の点呼で、上里先生にいきなり飛ばされていた女子だ。

美月は、教室をぐるりと見回してから明るく笑った。


「属性は水です。楽しいことが好きなので、みんなと仲良くなれたら嬉しいです。あと……」


一度言葉を切って、教卓の方を見る。


「先生には、次からちゃんと名前を呼んでもらえるように頑張ります」


教室のあちこちから笑いが起こった。

上里先生はというと、特に動じる様子もなく名簿を見ている。


「俺が頑張る方じゃないのか、それ」


「あ、たしかに」


美月が笑う。


「じゃあ先生、頑張ってください」


「善処する」


また笑いが広がる。

点呼を飛ばされた時は少し気まずそうにしていた気がするけど、あまり引きずる性格ではないらしい。

美月が座る。

その後、何人かが続いて千咲の番が来た。


「桐原千咲」


上里先生に呼ばれ、教室の後ろの方で千咲が立ち上がった。


「はい」


俺にとっては聞き慣れた声だ。

けれど、ここにいる俺以外のやつにとっては、今日初めて会った人間なんだと思うと、少し不思議な感じがする。


「桐原千咲です。属性は火です」


千咲は少しだけ教室を見回した。


「寮生活は初めてなので、楽しみな気持ちもあるけど、ちょっと不安です。でも、せっかく三年間一緒に過ごすので、みんなと仲良くなれたらいいなって思ってます。よろしくお願いします」


そう言って、ぺこりと頭を下げる。

なんというか、ちゃんとしている。

俺が「天野護です。火属性です。よろしくお願いします」で終わらせたのとは大違いだ。

千咲が顔を上げて、ちょうど目が合った。

そして、俺の視線の先で、少しだけ得意そうに笑った。

……はいはい、俺よりちゃんとしてましたよ。

そんなことを考えながら見ていると、千咲は満足そうな笑顔で席へ座った。

その後も自己紹介は続いた。

趣味の話をするやつ。

得意な魔法の話をするやつ

緊張しているのか、本当に名前と属性だけで終わるやつ。

俺より短い自己紹介をするやつもいたので、やっぱりあれくらいでよかったんじゃないかと思う。


「次、高峰翔太」


「はい!」


隣の翔太が勢いよく立ち上がった。


「高峰翔太です!属性は雷!」


さっき俺に「完璧なの見せてやる」と言っていたくらいだ。

何を話すのかと思って聞いていると、


「走るのが得意です。実技も楽しみにしてます!」


そこまでは、確かに悪くなかった。


「あと、購買のパンを全種類食べるのが卒業までの目標です!」


教室が一瞬静かになり、その後あちこちから笑い声が上がった。


「よろしくお願いします!」


本人はとても満足そうな顔をしていた。

翔太は席に座るなり、すぐに俺を見る。


「どうだった?」


「パンの話しか残ってない」


「え、嘘だろ?」


「完璧な自己紹介するって聞いてたけど」


「完璧だったじゃん」


「どこがだよ」


思わず笑う。

翔太もつられて笑っていた。

まあ、印象には残ったと思う。

そういう意味では成功なのかもしれない。

自己紹介はその後も続き、最後の一人が座ったところで上里先生が名簿を閉じた。

教室の空気が少し緩む。


「一回で全員覚えろとは言わねえからな。どうせこれから毎日顔合わせるんだ。嫌でも覚える」


上里先生は壁の時計を見る。


「そろそろ時間だな。廊下に出ろ」


椅子を引く音が一斉に重なった。

俺も立ち上がる。

前を見ると、先生はもう教室を出ようとしているところだった。

俺たちもその後を追って、廊下へ出た。


     ◇      ◇


上里先生を加えた、計二十一人で校舎を歩く。

綺麗に二列になって、なんてことはなく、何となくまとまって移動しているだけだった。


「お前ら、広がるなよ」


前を歩く先生が振り返りもせずに言う。

横に広がりかけていた何人かが、慌てて端へ寄った。

俺の近くには翔太がいる。

千咲は少し前で、一人の女子生徒と話していた。

たしか名前は、朝倉美月。

本人は正門の前で「友達できるかな」なんて心配していたけど、たぶん俺よりその辺りは大丈夫そうだ。

千咲は昔からこういうところがある。

なんだかんだと上手くこなせるのに、本人には自覚があまりない。

そういうやつだ。

廊下を進んでいる途中、開け放たれた窓の向こうに中庭が見えた。

花壇の前に、上級生らしい二人の男子生徒がいる。

一人はじょうろを持っていた。

もう一人はしゃがんで土を触っている。

じょうろを持った生徒が奥の花へ手を伸ばした時、掌から細い水が伸びた。

水は緩やかな弧を描いて、花壇の奥へ落ちる。

ほんの数秒。

奥への水やりが終わると、またじょうろを持って、手前側の花へと水をやり始めた。


「水、便利だよな」


翔太も見ていたようだ。


「そうだな」


「雷はああいうのないんだよ」


たしかに、言われてみればイメージしづらいような気がする。

何かないかと考えていると、ふと思いついたように翔太が振り向いた。


「花に雷でも落としてみる?」


「枯れる」


「だよな」


何を言い出すんだこいつは。

階段を下りて、別棟へ続く渡り廊下に入る。

そこにも何人か上級生がいた。

壁にポスターを貼っているところのようだ。

そのうち一枚の上端が浮いていた。


「あ、そこ」


一人が言う。

脚立の上にいる生徒が手を伸ばすけど、あと少し届かない。

すると下にいた女子生徒が、指先を軽く動かしてそよ風を起こした。

浮いていた紙が壁へ押しつけられる。


「そのまま、そのまま」


「早くして」


「はいはい」


脚立の生徒がテープを貼る。


「ありがと」


「どういたしまして」


そして、何事もなかったように、次の掲示物を貼り始めた。

俺たちはその横を通り過ぎていく。

魔法が使えるからといって、何でも魔法で済ませるわけじゃない。

蛇口を捻れば水は出るし、荷物は普通に手で持つ。

少し遠くのものを取ったり、重いものを持ち上げたりといった、日常の中の、ちょっとした苦労。

そうした場面で、必要なら使う。

その程度だ。

今見た光景も、それと同じだった。

そもそも魔法が使えない人も多くいる。

社会のシステムも、魔法が使えることを前提にしたものは何一つない。

魔法がなかった時代と、さほど変わらないと思う。


「ねえ」


少し前から声がした。

見ると、千咲が足を止めてこちらを振り向いていた。


「ん?」


「急ご。置いてかれる」


いつの間にか、前との距離がかなり開いていた。


「今行く」


少し歩調を速める。

翔太も隣についてくる。

俺たちが追いつくと、千咲の隣にいた美月がこちらを見た。


「あ、天野くん」


「どうも」


「千咲ちゃんから聞いたよ。幼なじみなんでしょ?」


そんなことまで話したのか。


「そうだけど」


「十五年くらい?」


「たぶん」


「すご。そんなに長い幼なじみって本当にいるんだ」


「だよな!」


なぜか翔太が食いつく。


「俺も同じこと言った!」


「あ、高峰くんだよね?自己紹介面白かった」


「だろ?」


「パンのところ」


「そこかぁ」


美月が笑う。

千咲も隣で笑っていた。

さっきまで名前すら知らなかった相手と、普通に話している。

そして、俺もその輪の中を歩いている。

新しいクラスって、案外こんなふうに始まるものなのかもしれない。


「ほら、着いたぞ」


前の集団に追いついたのと、上里先生の声がしたのはほぼ同時だった。

見ると、開かれた大きな扉の向こうに、体育館が見える。

俺たちは話をやめて、順番に中へ入っていった。

入学式。

いよいよ星詠学園での生活が始まるかと思うと、ほんの少しだけどきどきした。


     ◇      ◇


入学式は、思っていたより普通だった。

新入生入場。

開式の言葉。

校長先生の話。

新入生代表の挨拶。

在校生代表の挨拶。

そして、聞いたことのない校歌。

普通の高校の入学式を経験したことがないから比べようはないけど、たぶん大きくは変わらないと思う。

校長先生の話の中では、星詠学園の歴史や、魔法を学ぶ者としての心構えについても触れられていた。

最初の方はちゃんと聞いていた。

でも、ひたすらに長い。

眠気が一周して、全く眠くないところまで来てしまった。

この手の話は、どうしてこうも長くなるのか。

少しだけ視線を動かすと、同じ一年A組の列が見えた。

翔太は意外にもちゃんと前を向いている。

その少し先では、美月が真面目な顔で話を聞いていた。

千咲も同じだ。

じっと壇上を見ている。

俺も姿勢を戻した。

さすがに初日から注意されたくはない。

それからしばらくして、長かった校長先生の話がようやく終わる。

その後も順調に式は進み、閉式の言葉をもって式が終わった。

ようやくだ。

立ち上がり、拍手を背に受けながらクラスごとに体育館を出る。

廊下へ出た瞬間、翔太が小さく息を吐いた。


「長かったぁ」


「やっぱり?」


「途中から腹減ってきた」


「またパンのこと考えてんの?」


「俺を何だと思ってんの。今は普通に昼飯」


同じようなものだろ。

前を歩いていた千咲が振り返る。


「二人とも、式の間ちゃんと聞いてた?」


「聞いてたよ」


立ち止まっていた千咲は、俺たちが横を通り過ぎるタイミングで再び歩き出し、三人で横に並ぶ形になった。


「まもるんは?」


「俺も聞いてた」


「ほんとに?」


「なんで俺だけ疑うんだよ」


「なんとなく」


「なんだよそれ」


千咲が笑うから、つられて俺も笑った。

その後も何気ない会話を交わしながら、俺たちは教室へと戻って行った。

翔太じゃないけど、今日の昼ご飯は何にしようかな、なんて。

そんなことを考えながら。

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