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星屑の瞬く夜に  作者: 鈴太
第一章
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2/17

第2話:はじまり

教室のドアの前で、千咲が足を止めた。

一年A組。

ドアの横に掲げられた札を確認してから、なぜか俺を見る。


「……どうした?」


「いよいよだなぁって思って、ちょっと緊張」


「さっき門のところでも似たようなこと言ってなかった?」


「あれは学校に入る緊張!今は教室に入る緊張」


「別物なのか」


「全然違うよ」


千咲はそう言ってドアを見つめ、手をかけようとはしない。

先に行けということだろうか。


「開けるぞ」


「どうぞ」


「自分で開けたらいいのに」


「まもるんが開けてよ」


なんで?と聞いたら、幼なじみだから、と返される未来が見える。

俺は静かに取っ手に手をかけ、教室のドアを開けた。

中は、思っていたよりずっと賑やかだった。

まだ入学式までは時間がある。

それでも半分以上の席はすでに埋まっていて、近くの席同士で話しているやつもいた。中学からの知り合いか、それとも、もう仲良くなったのだろうか。

一方で、自分の席に座って静かにスマートフォンを触っているやつもいる。

窓際では男子が二人、外を見ながら何やら話していた。

その少し手前では女子数人が集まっていて、時々笑い声が聞こえてくる。

新しいクラスの初日というには、少し賑やかだった。


「うわぁ……」


後ろから千咲の小さな声が聞こえた。


「なに?」


「もうグループできてる」


「別にいいだろ」


「こういうの、最初が肝心なんだよ」


「そうなの?」


「そうなの」


妙に力強く言い切る。

さっきまで「友達できるかな」と不安がっていた時の顔つきに戻っていた。

ふと、黒板に貼られた一枚の紙に目が止まる。

座席表だ。おそらく出席番号順か何かだろう。

荷物も置きたいし、ちょっと一休みしたい。

千咲に軽く声をかけて、一緒に座席表を確認することにした。


「俺、窓側の端っこだ」


「私そこ」


千咲が指差したのは、教室の後ろの方の席だった。天野護と桐原千咲なので、出席番号順にしてはやけに遠い気がする。


「隣じゃないね」


「そこまで一緒だったら逆に怖いだろ」


「たしかに」


千咲がくすりと笑う。


「じゃ、またあとでね」


「おう」


俺は再び座席表に目をやった。

よく見ると、違和感しかない。出席番号順でもなければ、男女別でもない。出身校別とかだろうか。いや、そうだとすると俺と千咲が離れているのがおかしいか。

特になんの法則性も感じられない奇妙な並びに違和感を覚えつつも、俺は自分の席へ向かうことにした。

鞄を机の横に置き、椅子を引く。

座ってみると、窓から校庭の一部が見えた。

そのさらに向こうには、訓練場らしき場所がある。

薄い灰色の壁によって囲まれた空間が、同じ形でいくつか横に並んでいる。

距離があるのでよくわからないが、一つでもかなりの大きさがあるように見える。

あそこで授業をするんだろうか。

窓の外を見ながらそんなことを考えていると、ようやく星詠学園に来たという実感が少し湧いた。


「なあ」


突然、後ろから声をかけられた。

振り向くと、隣の席の男子が、椅子をこちらへ少し傾けていた。


「天野護、だよな?」


「そうだけど」


「俺、高峰翔太たかみね しょうた


男子――高峰翔太は、そう名乗って笑った。

明るそうな奴。

第一印象としては、そんな感じだった。

やや短めのオレンジ色の髪をツンツンと立てている。

身長や体格は、俺と同じくらいに見える。

いわゆる、標準体型。


「よろしく」


「ああ。よろしく」


「お前、さっき一緒に入ってきた女子と知り合い?」


会話のテンポが早い。

自己紹介から二言目だというのに。


「千咲?」


「名前は知らないけど、あっちの……」


高峰が教室の反対側を指差す。

その指の先には、やはり千咲がいた。


「ああ、幼なじみだよ」


「幼なじみ!」


声が大きい。

何人かがこちらを見た。


「お前、声」


「悪い悪い。でも幼なじみって本当にいるんだな。しかも、あんなに可愛い子!」


「幼なじみくらいいるだろ、普通に」


可愛いかどうかは知らないけど。


「少なくとも俺の周りにはいなかったんだよ、これが!」


高峰は妙に感心した様子で、何度も頷きながら千咲の方を見る。

視線に気づいたのか、千咲もこちらに目を向けた。

高峰につられて千咲の方をぼんやり見ていた俺と目が合う。

千咲は、俺の隣にいる高峰を見て、少し首を傾げた。

それから、口だけ動かす。

――だれ?

たぶんそう言っている。

俺は隣を指してから、口だけで返した。

――高峰。

伝わったかどうかは分からない。

千咲は「ふーん」という顔をしたあと、隣の席の女子に声をかけられてそちらを向いた。


「何やってんの?」


高峰が不思議そうに聞いてくる。


「今ので通じるんだよ」


「えー!幼なじみってすげえ」


「たぶん」


「たぶんかよ」


高峰が笑う。

俺もつられて少し笑った。

どうやら悪いやつではなさそうだ。


「高峰は一人で来たの?」


「翔太でいいよ。俺も護って呼ぶし」


「そんな決定事項みたいに」


「だって名字で呼び合うのって固くない?」


言われてみれば、たしかにそんな気もする。


「まあ、別にいいけど」


「よし、護な」


距離の詰め方が早い。

でも、不思議と嫌な感じはしなかった。


「俺は一人。同じ中学からここ来たやつ、たぶんいないと思う」


「へえ」


「だから友達第一号が護」


そう言って、翔太は右手の人差し指を俺に突きつけてくる。


「記念すべき一人目だぞ。喜べ」


「はいはい」


「反応薄いなぁ」


朝から千咲にも同じことを言われた気がする。


「ところで護」


「今度は何?」


「お前、属性は?」


その質問で、少しだけドキリとした。

といっても、深刻な意味ではない。

今まで友達とそんな話をする機会がほとんどなかったから少し身構えてしまったが、これからはきっと、ごく普通の話題になる。

なにしろここは、魔法を学ぶ学園なのだから。


「火」


「マジ?」


翔太の目が輝く。


「俺、雷」


「へえ」


「なんだその反応。もっと来いよ。雷だぞ」


「雷だな」


「薄っ!」


どう反応するのが正解なんだ。


「火ってどんな感じ?やっぱ火力高い?」


翔太は椅子から身を乗り出している。


「普通」


「得意な技とか」


「まだ技ってほどのものはない」


「じゃあ何が得意?」


少し考える。


「……狙ったところに当てるのは得意かも」


「命中精度、みたいな?」


「まあ、そんな感じ」


「地味だし、火関係なくね?」


「お前それ初対面で言う?」


「悪い」


口にするものの、あまり悪いとは思っていなさそうだ。

翔太はけらけらと笑っていた。


「翔太は?」


「速さにはちょっと自信ある」


即答だった。


「それは雷関係あるの?」


「元々走るの得意な方だったんだけど、雷と一緒に走るともっと速く走れる感じがする」


なるほど、そういうものなんだろうか。


「ずいぶん自信あるんだな」


「ある」


今度も即答。

俺とはかなり違いそうだ。


「実技楽しみだなぁ」


翔太は、窓の外に見える訓練場のような場所に目を向けた。


「こういう学校来たんだから、やっぱ強いやついっぱいいるんだろ?」


「いるんじゃない?」


「護、戦おうぜ」


「嫌だよ」


「なんで!?」


翔太は心底驚いた顔でこちらを見る。


「火対雷。楽しそうじゃん」


そういう問題なのか?と思いつつも、俺とは価値観が根本から違っている気がする。

ここは疑問を口にするより、適当に話を合わせておくのが吉と見た。


「授業で機会あったらな」


「約束な」


「約束はしない」


翔太は聞いているのかいないのか、「楽しみだな」と笑っている。

随分と騒がしいやつが隣になった。

そんなことを思っていると、教室の後方で少し大きな笑い声がした。

何となくそちらを見る。

男子が何人か集まっている。

その中心にいた一人が、自分の机に片手をついて何かを話していた。


「お、あいつも火だって」


翔太が耳ざとく拾ったらしい。


「聞こえたの?」


「聞こえた。神谷……なんとかってやつ」


翔太の指差す先で、ちょうどその男子の声がこちらまで届いた。


「だから火力なら負ける気しねぇ。中学の測定じゃ上の方だったし」


なるほど。

神谷というクラスメイトも、俺と同じ火属性らしい。

ウルフカットの赤髪、鋭い目つき。

見れば、いかにもという見た目をしていた。


「火だから護と同じじゃん」


「まあ、珍しくないしな」


「でも同じクラスだし、どっちが強いか気にならない?」


「ならない」


「嘘だろ!?」


「なんでお前が驚くんだよ」


そんな話をしていると、今度は扉の方で椅子の脚が床を擦る音がした。

見ると、女子生徒が一人、自分の席に座るところだった。

長い紺色の髪。

姿勢がよく、周囲を気にする様子もない。

誰かと話そうともせず、鞄から本を取り出した。

妙に静かな雰囲気を纏っている。


「あの子、すげえ美人じゃね?」


翔太が声を潜めた。


「分からん」


「分からん!?分からんってなんだよ」


横顔しか見えないし分からない、という意味だったのだが、翔太は何か勘違いでもしたのか、面白そうに笑っていた。

やっぱり、ちょっとうるさいやつだ。

でも、入学初日に隣になったのがこいつだったのは、案外悪くないかもしれない。

教室を見回してみる。

初めて見るやつばかり。

当然、誰がどんな魔法を使うのかも、どんな性格なのかも知らない。

これから一緒に過ごすことになる二十人。

どんなクラスになるんだろう。

そんなことを考えていると、教室の扉が開いた。

話し声が少しずつ小さくなる。

入ってきたのは、30代後半くらいに見える男性だった。

教師だろう。

けれど、入学初日の新入生を前にしているとは思えないくらい、気負った様子がない。

男は教卓まで歩くと、持っていたファイルを置いて、教室を一度見渡す。


「全員いるか?」


誰に聞いたのか分からない。

当然、誰も答えなかった。

男は特に気にした様子もなく、ファイルから黒い表紙の何かを物を取り出して教卓に置いた。

見た目的にもタイミング的にも、たぶん名簿だ。


「まあ、今から確認するか。……と、その前に」


黒板へ向き直り、チョークを手に取る。

さらさらと文字を書いた。

 ――上里斗真。


「お前らの担任になった、上里斗真かみさと とうまだ」


チョークを置き、再びこちらを向く。


「細かいことは後で話すが、まあとりあえず」


そこまで言って、上里先生は少しだけ間を置いた。


「入学おめでとう」


思っていたより普通の挨拶だった。


「この学校に来たってことは、魔法について色々覚えたいやつも、強くなりたいやつも、将来仕事にしたいやつもいるだろう。まだ何も決めてないやつもいると思う。それでいい」


教室は静かだった。


「三年間ある。焦る必要はない。授業受けて、飯食って、友達作って、たまには喧嘩して、それぞれ好きにやれ」


ずいぶん自由なことを言う先生だ。

前の方の席で、誰かが小さく笑った。


「でも、これだけは覚えておけ」


急に声のトーンが暗くなる。


「魔法を使う時は、絶対にふざけるな」


教室の空気が一気に引き締まった気がした。

先生は一人ひとりの顔を見ながら話し始める。


「お前らが今までどれくらい魔法を使ってきたかは知らないが、ただの便利な道具じゃない。使い方を間違えれば人を怪我させるし、下手すりゃ殺しちまうかもしれない。自分もだ。そこだけは覚えとけ」


そこまで言うと、先生はまた元の調子に戻った。


「以上。真面目な話終わり」


そして、一つ咳払いをしてから、教卓に置いてあった黒く薄い冊子を開く。


「じゃ、番号順に出席取るぞ。呼ばれたら返事」


上里先生は、そこで一拍置いて。


「天野護」


「はい」


一番最初だった。

返事をすると、先生は一瞬だけこちらを見て、すぐにまた手元に目を落とした。


神谷蓮司かみや れんじ


「ち、ちょっと待ってください!」


先生の点呼を遮って、明らかに神谷蓮司ではない女子の声が割り込んだ。声がした方を見ると、くっきりとした目鼻立ちをした、活発そうな女子が手を挙げている。


「どうした?」


「番号順ですよね?名前順だったら、私、呼ばれてないです」


先程よりも声を落として、少し気まずそうに言う。

名簿を見ながらの点呼で、そんなことがあるだろうか。


「……名前は?」


「朝倉美月です」


「すまん。朝倉美月」


「え、あ、はい」


あったらしい。

名簿を見ながらの番号順の点呼で、一発目に読み飛ばしが。

いや、ないだろう、普通。


「では気を取り直して」


先生は気にする素振りもなく点呼を再開した。


「神谷蓮司」


「はい」


返事をした生徒に一瞬目をやり、すぐにまた名簿に目を落とす。

先程後ろの方で話していた、赤い髪をした男子だった。

切れ長の目で、じっと一点を見つめている。


如月悠真きさらぎ ゆうま


「はい」


点呼が続いていく。俺はぼんやりと教室全体を見ていた。

少しずつ覚えていこう。

なんせ二十人もいるんだ。

一気に全員覚えるなんて、きっと無理だ。

いつか覚えられるだろう、たぶん。

そんなことを考えながら窓の外に目をやると、道端に積もった桜が、風に吹かれて小さく渦を巻いていた。

俺が外を見ている間にも点呼は続き、一人、また一人と順番に名前が呼ばれていく。


「雪村春」


「……はい」


綺麗な声だった。

思わず声のした方を見ると、小柄で華奢な女の子が、小さく手を挙げながら返事をしていた。

綺麗な黒髪を肩より少し上で切り揃えている。

その黒髪が、風にさらさらと揺れた。

先生はぱたんと名簿を閉じて、全員に向き直る。

窓の外を見ている間に点呼が終わったらしい。

あっという間だ。


「これで全員だな」


「先生、一人足りません」


声のした方を見ると、一人の男子が手を挙げていた。


「どうした、えーと」


「早乙女です」


「早乙女。どうした」


「19人しか呼ばれていません」


どうやら点呼の人数を数えてたいたらしい。

先生は、「そんなはずは」などと呟きながら、先程閉じたばかりの名簿を開く。そして、


「あ」


数秒の静寂。


「相沢陽菜」


「……………………は、はい」


いかにも気弱そうな細身の女子が、申し訳なさそうに小さく手を挙げながら返事をした。

なんて不憫なんだろう。

絶対に自分から言い出せなさそうな子に限って、プリントが一枚足りなかったり、自分だけ名前を呼ばれなかったり。

具体的にいつだったか覚えているわけじゃないけど、今までにもこういう光景を何回も見たことがある気がする。

なんとなく気まずい雰囲気が漂う中、気まずさの張本人である先生はまったく気にしていない様子だった。


「……さて、この後は入学式だ。終わったら教室戻って、簡単に説明して解散。寮の案内はその後にするぞ」


そこで先生は時計を確認した。


「まだ少し時間あるな」


そして、教室を見渡す。


「せっかくだし、一人ずつ自己紹介でもするか」


途端に、教室のあちこちから小さなざわめきが起こった。

嫌そうな声。

楽しそうな声。

何を話そうかと相談しているやつもいる。

翔太はといえば、隣で妙に嬉しそうだった。


「きたきた」


「何で嬉しそうなんだよ」


「最初が大事だろ」


さっきも聞いたような気がする。


「千咲と同じこと言ってる」


「千咲ちゃん、分かってんなぁ」


ふと視線を感じた気がして振り返ると、こちらをじっと見ていたのは千咲だった。

たぶん翔太の声でも聞こえたんだろう。

呼んでないよ。

そういう意味を込めて首を横に振ると、千咲は不思議そうに首を傾げた。


「さっきの点呼順でいいか」


不意に、上里先生が言う。

そして。


「じゃあ天野。お前から」


「え」


いきなり俺だった。

クラス中の視線が集まる。

そもそも点呼順ってなんだ。

出席番号順にして立て続けに二回も間違えたから、どうせならさっきの点呼順でいいか、みたいなことなんだろうか。

隣では翔太が声を殺して笑っている。


「護、最初が大事だぞ」


「うるさい」


小声で返しながら立ち上がった。

えっと、何を言えばいいんだ。

名前。

あとは属性くらいか。

教室を見回す。

俺を入れて二十人。

基本的にクラス替えはないらしいので、これから三年間を共に過ごすクラスメイト。

その中には、隣で面白そうに俺を見ている翔太がいて、少し離れたところには千咲がいる。

俺は軽く息を吸った。


「天野護です」


「属性は火。あとは……」


何かもう一つくらい言った方がいい気がする。

でも、何も思いつかなかった。


「……えっと、よろしくお願いします」


結局、それだけだった。


「短っ」


翔太の声が聞こえた。


「うるさいな」


席に座ると、翔太がにやにやしていた。


「最初が大事なのに」


「自己紹介なんだから、こんなもんでいいだろ」


「まあまあ、俺が完璧なの見せてやるから」


そんな話をしている間に、次の生徒が立ち上がる。

自己紹介を聞きながら、俺はもう一度教室を見回した。

さっきまで、全員ただの知らない奴だった。

それが少しずつ、名前のあるクラスメイトになっていく。

まだ誰と仲良くなるのかも分からない。

どんな授業が始まるのかも。

どんな寮生活になるのかも。

でも。

とりあえず隣には、賑やかなやつがいる。

少し離れたところには、昔から知っている幼なじみがいる。

高校生活の最初としては、悪くない。

クラスメイトたちの自己紹介を聞きながら、俺はそんなことを思った。

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