第14話:先輩
昼休み。
「護、購買寄ってこうぜ」
「また?」
「パン買いたい」
「さっき食っただろ。昼ごはん」
「食ったけど?」
何がおかしいんだ、みたいな顔で翔太が振り返る。
こいつの胃袋はどうなってるんだろう。
昼休みも半分くらい過ぎている。
俺たちは食堂から教室へ戻る途中だった。
このまま真っ直ぐ戻ればいいものを、翔太がパンを買いたいと言い出して、少し遠回りして購買へ向かうことになった。
「焼きそばパンあるかな」
「早く買わないと食べる時間ないぞ」
「へーきへーき」
「教室まで戻る時間は?」
一瞬の間があった。
どうやら計算に入れていなかったらしい。
「走れば余裕!」
「走るなよ」
「この間習った身体強化使えば速く走れるし!」
「もっと駄目だろ」
この前、身体強化を覚え始めたばかりのくせに、もう使いこなせる気でいるらしい。
というか。
「お前、失敗して一回壁にぶつかっただろ」
「失敗じゃない。あれは止まり方が分かんなかっただけ」
「それを失敗って言うんだよ」
実技の授業で身体強化を使い、そのまま勢い余って壁に突っ込んだ。
幸い大した怪我はなかったけれど、上里先生には放課後呼び出されてかなり怒られていた。
それでも翔太は懲りていないらしい。
むしろ、前より楽しそうなくらいだ。
身体強化を伸ばせば、雷属性の特性を乗せられる。
つまり速くなる、という話を聞いてからは特に。
「早く属性纏いやりてえなー」
「まず普通の身体強化ちゃんと使えるようになれって先生言ってただろ」
「もう使えるって」
「止まれてないけど」
そんな話をしながら角を曲がった時だった。
翔太が急に足を止めた。
「……おい」
返事がない。
翔太は俺の隣で立ち止まったまま、廊下の先を見ている。
その視線を追う。
窓際。
二年生の男子生徒が一人、壁に背中を預けていた。
ネクタイは緩い。
シャツの襟元も開いている。
制服の上着も着ていなかった。
見るからに真面目な雰囲気ではなさそうだった。
翔太が呟く。
「あれ、榊先輩じゃね?」
「誰?」
「二年の榊玲央先輩」
だから誰だ。
そんな顔をしていたらしい。
翔太が信じられないものを見るようにこっちを向いた。
「知らねえの?」
「知らない」
「雷属性ですげえ強いって噂の先輩」
「へえ」
「雷ならこの学校で一番じゃねえかって言われてる!」
それなら有名でも不思議はないか、と思った。
でもこの学園雷で一番の雷使いというのは素直に凄いことだ。
翔太の目はもう、完全にその先輩へ向いていた。
少し嫌な予感がした。
「翔太」
「ちょっと行ってくる」
「やめとけば?」
もう遅かった。
翔太がずかずかと先輩のところへ歩いていく。
「お前はほんとに」
仕方なく俺も後を追った。
近づいてみると、やっぱりあまり話しかけやすそうな人ではなかった。
少し長めの髪。
緩めたネクタイ。
気だるそうな顔。
窓の外を眺めながら、どう見ても暇そうにしている。
「榊先輩ですよね?」
翔太が正面から声をかけた。
先輩がこちらを見る。
「……あ?」
怖い。
ギロリと鋭い眼光がこちらを向く。
少なくとも、初対面の先輩に向けられたい顔ではない。
でも翔太は怯まない。
「俺、高峰翔太っていいます。一年です!」
「そうか」
榊先輩の目は、もうこちらを見ていない。
ものすごくつまらなさそうに、窓の外に視線を戻してしまった。
「先輩、雷属性なんですよね?」
「だから?」
「今度勝負してください!」
「しねえよ」
即答だった。
「じゃあ技見せてください!」
「なんでだよ」
「俺も雷なんです!」
「知らねえよ」
「身体強化も覚えました!」
「だから何だよ」
榊先輩の眉間に、だんだん皺が寄っていく。
それでも翔太は止まらない。
「先輩って属性纏いできます?」
「……お前さ」
「はい!」
「誰?」
一瞬、翔太が止まった。
さすがに効いたか。
そう思った。
「高峰翔太です!」
全く効いてなかった。
「さっき言いました!」
「覚えてねえ」
「じゃあもう一回言います。高峰翔太です!」
「二回言わなくていい」
「一年A組です!」
「聞いてねえ」
「雷属性です!」
「聞いてねえって」
「じゃあ覚えてください!」
「無理」
すごい。
ここまで嫌がられているのに。
翔太は全然めげていない。
榊先輩が面倒くさそうに頭を掻く。
「てかお前、何しに来たんだよ」
「先輩が強いって聞いたから」
「それで?」
「勝負してほしいなって」
「しねえっつってんだろ」
榊先輩は小さくため息をつくと、壁から背中を離した。
「じゃ、俺行くから」
「あ、先輩!」
「ついてくんなよ」
「次いつ暇ですか?」
「ずっと忙しい」
「今は暇そうだったような」
「お前から逃げるので忙しくなった」
「放課後は?」
「お前耳悪いのか?」
本気で面倒くさそうだ。
そのまま俺たちの横を通り過ぎる。
さすがの翔太も追いかけはしなかった。
ただ、諦めたようには見えない。
「また声かけよ」
「やめてやれよ」
「何でだよ。せっかく雷属性の先輩見つけたのに」
「嫌がってたじゃん」
「まだ初対面だからだろ」
「初対面であそこまで嫌がられることある?」
「次は大丈夫」
どこからその自信が出てくるんだろう。
俺たちも教室へ戻ろうと歩き出す。
その時。
「おい」
後ろから声がした。
翔太がものすごい勢いで振り返る。
榊先輩も、少し離れたところで立ち止まっていた。
「はい!」
さっきまで何度話しかけても面倒くさそうにしていた先輩の方から声をかけてきた。
それがよほど嬉しかったらしい。
翔太の顔が分かりやすく明るくなる。
榊先輩はそんな翔太を見て。
少しだけ、目を細めた。
「そういや」
頭の後ろを掻く。
「一年で、身体強化やって壁にぶつかった馬鹿がいるって聞いたんだけど」
「はい!」
「……お前?」
「俺です!」
何でそんなに嬉しそうなんだ。
榊先輩も同じことを思ったらしい。
「褒めてねえ」
「俺、有名になったってことっすか!」
「悪い意味でな」
「じゃあ名前覚えました?」
「覚えてねえ」
榊先輩が背を向ける。
今度こそ、そのまま歩いていった。
翔太はしばらくその背中を見送っていた。
「……よし」
「何が?」
「覚えてもらった」
「たぶん壁にぶつかった馬鹿としてだけど」
「最初はそれでいいだろ」
いいのか?本当に?
翔太は満足そうに歩き出す。
俺もその隣を歩く。
「次会ったら何教えてもらおうかな」
「教えるって一言も言ってなかったけど」
「雷の使い方かな」
「聞いてる?」
「属性纏いも見せてもらいてえな。あの感じ、絶対できるよな」
「だからさ」
俺の話なんて、もう聞いていない。
さっきあれだけ拒絶されたのに、翔太の中では、次に見かけたらまた話しかけるのは確定事項らしい。
やけに嬉しそうな翔太の後ろ姿を見ながら、榊先輩に少しだけ同情した。




