2-20:スヴェルト鉱山 下
「パントエール、いつものように」
「えぇ……ただ、貴方の出番はないかもしれないわよ、セギュール」
パントエールは剣を抜き出して正面に構えて詠唱し、セギュールは分厚い本を持ち出してそれをぱらぱらとめくりだす。二人とも第六階層まで行けるほどの実力者であり、手出しは不要かもしれない。
ただ、それなら何で着いてきたのかもわからなくなるので、自分もいつでも戦えるように、銃をいつでも抜けるよう準備をしておく。
揺らめく灯火の下で、徐々に巨大な怪物のシルエットが露わになってくる。一言でいえばロブスターのような生き物で、それが巨大な鋏を前面に出し、猛烈なスピードでこちらへ突進してきている。
確かに、アレには弾丸などは効かなさそうだ。それどころか、近接戦闘でも厳しいといえるだろう。アザレアのように大質量で叩きつけたり斬りつければ問題ないだろうが、パントエールの持ち出した細剣などでは、その装甲を断てるイメージなどは湧きにくい。
しかし、あの細剣が神器であるのなら、やるだろう――予想の通り、いや予想以上か。パントエールは弾丸のごとき速度で駆けだし、突き出された鋏をすり抜けて懐へ入り込み、あの甲殻類の柔らかい部分であろう関節部に神速の斬撃を加える。あの剣自体の質量がほとんどなくとも、その速度と鋭さに関節は耐えられなかったようで、巨大な鋏が落ちて土煙をあげた。
「契約第六節……我が声を弦とし、我が掌を鏃とし、残る霊素を矢羽とせん……」
横からはセギュールが詠唱をしているのが聞こえ続ける。その間にも、モンスターは身体の一部分を失ったせいでバランスを崩すが、かといってそれは致命の一撃にはならない。パントエールはそのまま更に前進し、怪物の頭に刺突の一撃を加える。神器の加護による速度と力、それに鋭さが加わって、神器オリフラムはいとも簡単に殻を破り、刃は目と目の間に深々と突き立てられる。
しかし、それでも怪物は絶命しなかった。それどころか命の危機を感じたのか、残った手足と鋏で猛烈に暴れだす始末だ。
「ちっ……!」
「青白き雷精よ、我が前方を覆う一本の矢となれ……奔り、焼き裂け……パントエール!」
パントエールの舌打ちに、セギュールの叫びが重なる。女は甲殻類の頭を力強く蹴って、その勢いで剣を引き抜きながら後ろへ跳び、そのまま数回バク転しながら自分の隣まで後退してくる。
それと入れ替わるようにセギュールが一歩前へ出て、青く光り輝く魔導書を左手に、右手を身体の前へと突き出す。
「契約に従い、立ちはだかるものを撃ち砕け! フードゥルヴァーク!」
魔導書に集まっていた光が――アレはエーテルが凝縮している光だ――彼の右腕に集まり、それがそのまま轟音とともに疾走する稲妻の矢となった。一瞬だけカッと光って見えたその青い筋は、化け物の身体を丸々飲み込むほどの巨大さであり――それをもろに受けた甲殻類は、すぐに暴れることを止め、身体の節々から煙を上げながらその場に臥し、そのまま塵となって霧散した。
「ふぅ……パントエール、あまり無茶をしないでください。今のだって、ハサミを切り落とすだけで十分な時間稼ぎになっていたじゃないですか」
「……焦ったことは認めるし、言い訳もしないわ」
「最近、どうしたのですか? 以前はもう少し素直だったと思うのですが」
「問答をしている暇はない。先を急ぎましょう」
パントエールは剣を持ったまま、つかつかと坑道を進みだしてしまう。セギュールは溜息一つ、魔術書を畳んで、その後ろを少し距離を取りながら追いかけだし、彼が自分の横に並ぶと、眼鏡を押し上げながらもう一度溜息を吐いた。
「すいません、見苦しいところをお見せしまして……普段は、バルトンが前衛をやってくれているので、ちょっと無理をさせてしまったのかもしれません」
「そうなのか? 最近素直じゃないとか言ってたし、ずっとあんな調子なんじゃないのか?」
「ふぅ……そうですね。最近の彼女は何かに焦っているようで。以前から無茶をする子ではあったのですが、近頃は特に酷いのです」
「何か、原因はあるのか?」
「……雑談に興じるとは、随分と余裕ね?」
パントエールの冷たい声に、セギュールは「おっと」と言いながら口を塞ぐ。彼女としてはあまりされたくない話なのだろうが、セギュールの方は中々にふざけた――もとい、余裕のある感じである。
要は彼女のことを話さなければ問題ないのだろうし、精霊魔術に関しては興味があるし、できることを確認しておくのは決して無駄話にはならないだろう。
「得意なのは雷の魔術か?」
「炎と雷ですね。この魔術書の名は、コーデクス・イグニス・エト・トニトルス……炎と雷鳴の法典です。
この狭い空間で炎は酸素を奪いますし、爆発などを起こしたら崩落の危険性もありますから、稲妻の方を利用した形ですね」
「確かに……ちなみに、さっきのは上級な魔術なのか?」
「いえ、中級ですね。精霊魔術は詠唱の長さによって扱うエーテルの量が変わりますから。少人数で戦っている場合には、上級を撃つだけの時間を確保するのが難しいんです」
中級でアレほどの威力になるのか。この地でフェルノワールと戦うのなら、精霊魔術を学ぶのも良いかもしれない。もう少し、セギュールに話を聞きたい――そう思っていると、前方から痛烈な視線を感じたので、そこからは無駄口をなるべく抑えるざるを得なかった。




