2-21:坑道第十三区画 上
しばらく坑道を進んでいくと、来た道を含む四叉路にぶち当たった。分岐の中心は少し拓けた場所で、普段はここでトロッコの分岐などを行っているのだろう。先頭を進むパントエールも、流石に坑道の構造まで把握していないのか、そこで足を止めてセギュールの顔を見る。
「我々が間借りしているのは左側ですね」
「そう……確かに、怪物もそちら側から来たわね」
パントエールが左手側の通路を睨むと、確かに先ほど同様の気配がこちらへ近づいてくるのを感じる。今度は無茶をしなければ良いが――そんな風に思っていると、正面の坑道からも振動が伝わり、カンテラを揺らす。つまり、二つの方向から何かが近づいている。
「二体来る!?」
「アンタらは左側に集中しろ! 正面の方は俺が時間を稼ぐ!」
モンスターの突進を止めるなら、アトラク・ナクアを使うか。怪我が癒え切っていない現在、体力を持っていくミドガルズオルムは避けたい。もちろん、パンタグリュエルはいうまでもない。
ともかく正面の坑道にある取っ掛かりに手を掛けて――脳裏に響く甲高い声に頭を痛めつつ――そこを起点に漆黒の糸を張り巡らせる。そして銃を引き抜き、糸で動きを止めた巨大なロブスターの眼を目掛けてトリガーを絞る。
弾丸が当たると同時に爪が化け物の頭を裂く。巨大生物を絶命させるほどの威力にはならなかったが、神経を麻痺させることには成功する。あとは、二人がもう一体を仕留めるのを待って、残ったコイツもセギュールに始末してもらえば良いだろう。
そう思いながら視線を二人の方へ向ける。流石の緊急事態にパントエールも慎重になったのか、足止めに努めてセギュールの一撃を待ち、今度は危なげなく左側から来ていた一体を倒した。ついで糸の奥で痙攣している残りの一体も、先ほどと同様の男の魔術で始末することができた。
「ハードロック、今のは一体? 精霊魔術でもないし、神器を使った様子でもなかったけれど……」
「企業機密……と言いたいところだが、アンタらの手の内を見ているのにこちらだけ説明しないのもなんだな。進みながら話そう」
いつもならわざわざ説明したりはしないのだが、今回に関しては言える範囲で言うことにする。それは、彼女たちの手の内を見ているからというより、自分の中では彼女が王族であるということを知らされた返報的な意味合いが強い。
ただ、一応シュライクの存在は伏せておくことにする。アイツがこの煉獄の本来の主であり、そのことを話すと面倒なことになりそうだから――まぁ、ソルヴェーニャの敵どころか世界の敵を復活させるのに加担している可能性があるなどというのは、深刻を通り越して荒唐無稽とも思われるかもしれないが。
エヌの写本の仕組みと、その書に印される邪神のことについて説明しても、二人はにわかには信じられなかったようだ。そもそも、塩の大地に来るまでは、彼女たちはイグノートゥスという存在すら半信半疑であったのだから。
それこそパントエールなどはその手に邪神の下賜物を持っている訳だが、それでも普通の生活圏に邪神が姿を現すことは稀である。その力を直接使役すると言われてもぴんと来ないのも仕方ない。
「……でも、今のがデュランダルが欠けるほどの一撃だとは信じがたいわね。他もまだ何か隠しているのでしょう?」
「ご明察だが、あんまり威力のあるのを撃ったら、それこそ崩落の危険があるだろう?」
実際のところ、フィオナがいないのでそれほどの威力の一撃は出せないし、ノモラスを起動しようと思えばできなくもないが、怪我が癒えていないのに接近戦を仕掛けたいわけでもない。
何より、まだパントエールらのことを完全に信頼しているわけではないので――セギュールなどはかなり出し惜しみしているだろう――こちらだって何もかもを見せる必要はないだろう。
こちらの言葉にパントエールは素直に引き下がり、引き続き坑道の中を進んでいくことにする。セギュールの提言で、拓けている場所を通るときには細心の注意を払い、化け物をなるべく通路で迎撃をしようという方針で決まった。
先ほどのように挟まれ、しかも三体以上が同時に来たら、今のメンバーではかなり危うい。それよりは狭い通路なら、縦列を為してくる連中をまとめて魔術で叩ける。合理的な判断といえるだろう。
その後は怪物が来る頻度が上がってきて、あまり喋る余裕もなくなってきた。パントエールが迎撃し、セギュールがとどめを刺す。危うそうな箇所があったら、自分が麻痺弾で援護をする。そんな調子で進んでいく。
やはり気になる点としては、パントエールの動きだろうか。迅雷の如き速度と剣閃は間違いなく達人級だとは思うし、何なら何体かは確かにセギュールの魔術なしでも倒しているほどの凄まじい剣技を見せているのだが、何となくだが危うさが目立つ。
この感じは、最初のころにフィオナに感じていたものに近い。何かに焦っている感じ。今後彼らと組むならこうやって背中を預けることもあり得るので、そういった意味では彼女の危うさは不安要素とも思う。
まぁ、若いわりに――何歳かは知らないが少なくとも自分よりは下だろう――ひとつの組織どころか国の未来を託されているのであり、その責務を考えれば、自分にはあずかり知らないような苦労もあるのかもしれない。一応、自分より遥かにデカい化け物を相手に連続で戦って息一つ切らしていないのは流石といったところか。
逆に、セギュールは底が知れない感じがする。まだまだ手の内を隠しているだろうし、冷静だし、指示も判断も的確だ。恐らく、穏健派が何とか組織の体を保てているのは、この男の影響が大きいのだろう。




