2-19:スヴェルト鉱山 中
精霊魔術の起源を理解している者はほとんどいない。その起源は遥か神魔大戦までさかのぼる。大本は、先進的な武器を利用する塩の大地に対抗するため、神々が大陸の人々へ授けた術法だったようだ。
精霊魔術を扱うには二つの要素が必要になる。一つは単純に魔術書であり、これは書物というよりも精霊との契約書に近く、その見た目は必ずしも本である必要はない。石板や木簡なども場合によっては魔術書になりうるし、中には神器としての魔術書もある。
二つ目は――これが精霊魔術が没落した主な理由だが――エーテルである。精霊魔術は魔術書を介して精霊との契約を履行し、エーテルを触媒とすることで発現される。魔術書とエーテル、このどちらが欠けていても魔術を扱うことはできない。
魔術の没落は、エーテルが無限でなかった点に起因する。遥かの太古、神話に語られるような時代には、空気中に多くのエーテルが残存していた。支配者や神官職などは魔術書を占有し――これが今日の貴族の走りになっている部分はある――かつて絶大な力を振るっていた。しかし、空気中のエーテルは長い時間をかけて徐々に消費されていった。
とくにここ数百年の凋落は凄まじく、過去には山を揺るがすほどに強力だった魔術も、今日ではぼやを起こす程度のものにまで減退してしまっているようだ。それ故に、かつては戦場の花形であった魔術師は、今では銃と大砲に取って代わられたのである。
今でも精霊魔術を研究する者もいるようだが、どちらかといえば歴史的な背景を知るのが目的であり、かつてのような花形としての存在感を示すことはなくなっている。
なお、だからこそ鎖の魔術師には一定の存在感があったというのもある。神器を研究する鎖の魔術師は、その神秘を扱うのにエーテルの影響を受けないからだ。神器はその力を邪神そのものに求める――仮に今は存在しなくなった神であっても、神器にはその力が残っており、そこから力を引き出すことは可能だ。
さて、精霊魔術に話を戻すと、実学としての価値がないというのはあくまでも本来の生存圏での話である。たとえば人の生存圏でない海上や山奥などでは、今でもある程度の威力の魔術を放つことはできる。だから、一部の船員や、害獣の駆除手段として魔術を学ぶ者は一定数存在する。
つまり、エーテルさえ残存していれば、精霊魔術師は今もなお銃や大砲を超える火力として戦場に存在しうるのだ。人が一万年立ち入らなかった塩の大地には、今もなお豊富なエーテルが残っている。それ故に、魔術師は煉獄を攻略する上での主力職として影響力を持っている。
「……親には法律を学べとよく言われていましたが、私は歴史の方が好きでしてね。そのついでに、せっかく家に代々受け継がれていた魔術書があったので、埃をかぶっていたコイツを持ち出して解読していたのです。まさか、こんな形で役に立つとは思ってもいませんでしたがね」
「へぇ、解読が必要だったんだな」
「えぇ。この本には千年くらいの歴史があるようで、単純に読むのは難しいのです。重要なところは口伝で伝わっていたようで、それはこの三百年で失われており、使いこなせるようになるには歴代当主のメモや古代語の辞典と睨めっこする必要がありました。
そういう意味では、鎖の魔術師である貴方とは、近いことをやっていたといえるかもしれませんね」
そう言われて、急にこの男に親近感が湧いてきた。意外なところに同志がいたものだ――復讐のためというのが大前提だが、暗号や未解明文字の解読には割とこだわりがあるというか、自分にとって数少ないやりがいを感じる作業でもある。元々、虚空の鎖時代にも認められていた数少ない点でもあったし、断章ノモラスも無理矢理にだが解読したという自負もあった。
だから、今でも古語や暗号の解読に関する書物は大事にしているし、継続的に勉強も続けている。実は精霊魔術の魔術書というのも結構興味はあったし、できれば色々と情報交換をしてみたい。
「なぁ、その魔術書ってどんな言語で……」
「……お喋りはそこまで。来るわよ」
少しテンションが上がってきた傍らで、パントエールが小さく、低い声を上げる。耳を澄ませてみると、確かに通路の遥か奥から何か物音が聞こえる――というか、辺りを照らしているカンテラが振動で震えている。確かにデカい何かが、奥からこちらへ凄まじい速度で向かって来ているようだ。




