2-16:パントエールの目的 上
「要するに、お前らは穏健派ってことになるんだろうが……別に主権を取り戻すのに、王政だとか貴族政だとかは必要ないんじゃないか?」
こちらの質問に対し、セギュールが頷く。
「仰る通り。別に主権を回復するだけなら、王政の復活など必要ありません。ただ、ソルヴェーニャの民衆は、まだ共和政に耐えられるほどの見識がない。
これはあくまでも私見ですが、革命や帝国に対する国民の熱狂は、そのときどきの社会的な雰囲気、いってみれば世論によって醸成されたものです。
彼らは自らの人権や財産権を重視しており、そのときどきでそれを守ってくれる者に対して熱狂し、それがダメになりそうになれば、次の拠り所に対してまた同じ熱狂を繰り返す……まだ彼らには共和政は早いのです。
なので、革命によって生じた人権や財産権は保証しつつ、まずは政治を貴族階級に戻し、民衆の政治参加は段階的に認めていこうというのが、穏健派の展望です」
『ノブレス・オブリージュか。特権階級の傲慢だ』
唐突にシュライクの声が脳裏に響く。ただ、自分の違和感を端的に表現してくれたとも思う。確かにセギュールの言うことも一理あるだろう。ソルヴェーニャ革命については詳しいわけではないが、一応簡単な流れは理解している。
その感想は「よく分からない」の一言に尽きる。その原因は恐らく絶妙な「一貫性のなさ」にあるのだろう。
憲法を作ることを目的に議会が作られたかと思えば、各地で混乱が起きて貴族が逃げ出し、政治が民衆におりたかと思えば、断頭政治が始まったり、仕舞いには軍事クーデターが歓迎され、フェルノワール台頭のきっかけになった――これを「民衆の熱狂」の一言で片付ければ、セギュールの言う通り、ソルヴェーニャの民衆には一貫性がないというのは事実だ。
だが、だからといって、民衆にはまだその資格がないという上から目線には違和感が残る。穏健派の貴族は啓蒙を自らの使命とするが、それこそが傲慢であると――シュライクはそう言いたかったのだろう。
『実際のところ、現状のソルヴェーニャの民衆にとって、共和政は早すぎると思うか?』
『早いも遅いもないさ。政治体制というものは、一部の天才の思想によって変更が断行されるか、圧力によって変わらざるを得なくなるか、そのどちらかによって変化するものであり、自然な段階を踏んで発展していくものではないからだ。
そして、変わったら変わったなりに人々は適応していくものだ……同時に、完璧な共和政などというものも、君たちのような人間の間にあり得ない。万人が政治に対して十全な興味と知識を持っている国体などあり得ないのだからな』
『君たちのようなっていうところ、引っかかるな。お前らは違うってか?』
『ふっ……それならば一万年前に戦争はしていないだろうな』
ふと、セギュールが訝しむような表情でこちらを見ていることに気づく。少しシュライクとの念話に気を取られすぎていたかもしれない。
「ハードロック殿?」
「あぁ、すまん。王党派のことは分かった。だがあと一点、腑に落ちてない点がある。王党派というからには、そのための旗手が必要だろう。しかし……ソルヴェーニャの王族は、革命によって根絶やしにされているはずだ」
もちろん、これについては予想はついているのであり、一応の確認ではある――セギュールはパントエールの方を見る。
「貴方の疑問はもっとも。勘づいていらっしゃるかもしれませんが……旗手はここにいます。
この方こそ、先王であるフィリップ・ド・ソルヴェーニャ様の兄君、ガストン・ド・ラトゥール様の忘れ形見、コンスタンツ・ド・ラトゥール様なのです」
政治について詳しくない自分に対し、シュライクからの補足が入る。シュライクにして曰く、先王フィリップとガストンの兄弟は、王位継承を懸けて争ったとのこと――とはいっても表向きの武力衝突があった訳ではなく、政治的な闘争である。
国民的な人気はガストンにあったのだが、貴族からの人気はフィリップにあったらしい。というのも、フィリップの方が傀儡にしやすかったから。とくに、膨れ上がった官僚主義の是正や戦時国債の返済に貴族にも税を負担させることを考えていたガストンのことを、良く思っていなかった貴族は多かった。
それ故に兄はありもしない罪で貴族に告訴され、国外追放の憂き目に遭った――むしろ、ガストンの追放こそがソルヴェーニャ革命の引き金になったといっても過言ではないとのこと。共和派の貴族や市民たちが、ガストン追放をきっかけに革命を起こしたのだから。
忘れ形見という表現から、ガストンは故人であることがうかがえる。つまりは、パントエールというのは偽名であり――確かにコードネームっぽくはあった――偉大なる王族ガストンの遺志を継ぐ者として、大陸に混乱をもたらしている邪悪な帝王を倒し、そして善政を敷くと、そういう筋書きなのだろう。
確かに、民衆の人気の高かった兄の遺児ならば、それこそ先ほどセギュールの言っていた新たな「熱狂」のもとに歓迎され、王政も受け入れられそうである。革命の成果がある程度は保証されるというのなら、なおさらだろう。




