2-15:レジスタンスのオフィス 下
それだけ言い残し、イリスは会議室から出て行った。壁に掛けられている時計を見ると、予定の時刻までは十分ほど時間がある。カップに口を付けて待っていると、五分前には会議室の扉が叩かれて、返事をするとパントエールとセギュールの二人が入って来て――今日は二人ともオフィシャルな服装をしている――自分の前に腰掛けた。
「意外だったわ。時間にはルーズなタイプだと思ってたのだけれど」
「ご挨拶だな。少し早かったか?」
「いえ、ちょうど一段落ついたところ。問題ないわ」
「今日はあのおっさんはいないんだな」
「えぇ。貴方一人なのに、またぞろ三人だと威圧的でしょう? まぁ、バルトンは別の仕事があるからっていうのが一番の理由だけれど……貴方こそ、本当に一人で来たのね。危険があるとは思わなかったの?」
「むしろ危ないことがあるんなら、俺一人で来た方が良いだろう?」
「それもそうね……それじゃ、始めましょうか。こちらを」
パントエールが差し出してきた何枚かの紙を受け取り、それにさっと目を通す。一言でいえば契約書で、参加した場合の条件であるとか、規約だとかが何枚にもわたって書かれている。
「大丈夫よ、突然署名しろなんて言わないから。それで、考えてくれた?」
「あぁ、一応な。アンタには恩もあるし、ひとまずは協力しようと考えている……が、確認しておきたいことは何点かある」
「待遇の詳細かしら? それなら、書面に……」
「いや、それも重要だが、それより聞きたいのはアンタらの展望だ」
「展望……帝国を降した後、何をしようと考えているか、ということかしら? 意外ね、シャルトリューズ女史の話を聞く感じだと、そういうことには興味がなさそうだと思っていたのだけれど」
「アイツ、どこまで話している?」
「元鎖の魔術師で……恋人の敵討ちのために、フェルノワールの命を狙っていると」
「はぁ……まぁ、それ以上でもそれ以下でもないんだが、勝手に自分のことを話されるってのは、あんまり気分のいいものじゃないな」
「そこについては私から謝罪するわ。私たちが貴方の経歴を色々と聞いたから……シャルトリューズ女史に落ち度はない」
「そうかい。ともかく、アンタらは俺のことをよく知っているわけだ。それなら、今度はもう少し自分たちのことを話すのが筋ってもんじゃないか?」
「そうね。共に戦うのなら、相互理解は大切だわ」
パントエールが目配せをすると、セギュールは立ち上がり、室内にある黒板の前に立つ。そしてそのままチョークを走らせながら――白墨も黒板も使い慣れている様子だ――何かを図示しつつ、説明を始める。
「我々王党派の目的は、フェルノワール帝国の解体と、ソルヴェーニャ王政の復権です」
「まぁ、王党派って名前なんだからそうなんだろうさ……それで、革命前の旧体制に戻すつもりなのか?」
「そうですね。我々王党派が結成されたのは、何もフェルノワール帝国ができたからではありません。革命が勃発したときから存在している……そういった意味では、そのように思われても仕方ないでしょう」
「その言い方だと、違うのか?」
「我々王党派も一枚岩ではない、ということです」
そこでセギュールは黒板に一本の縦線を引き、右に「急進派」、左に「穏健派」という文字を刻む。
「大まかに言えば、王党派も二つの派閥に分かれます。一つは完全な旧体制の復活を目論む急進派。こちらは大物貴族であるアルトワーニュ伯の主導の下、主にソルヴェーニャ本国で活躍しており、ソルヴェーニャの地から革命で生まれた全てのものを排除しようと動いています。
対して、ソルヴェーニャの地からフェルノワール帝国の影響を排し、ひとまずソルヴェーニャの主権を貴族たちの主導で取り戻そうとしているのが穏健派です。あくまでフェルノワール体制の瓦解が目的であり、革命の遺産を全て排そうと考えているわけではありません……そのため、このように塩の大地に集まり、フェルノワールの打倒を目指しているのです」
セギュールはそう言いながら、急進派の下に多数派、穏健派の下に少数派と記載する。そうなると、王党派と呼ばれる派閥全体の長はアルトワーニュ伯であり、全体の決定権はそちらにあるかもしれない。そして、塩の大地に潜伏しているという先ほどの説明から察するに、この二人は穏健派になるのだろう。
穏健派側のトップはこの二人のうちどちらか、あるいはこの場にいないバルトンなのかもしれない。ひとまず、腕を組んでいる女は相応の立場にある可能性が高い――そうなれば、この二人の考えが見えれば、少なくとも穏健派の性格は理解できるに違いない。




