2-13:アパートの朝 下
「……図星なの?」
「うぅぅ……恥ずかしい……フィオちゃんに知られるなんて……!」
アザレアはその場に膝から崩れ落ちた。その崩れ落ち方があまりにキレイ過ぎて、今の彼女の姿を辞書の「膝から崩れ落ちる」の部分に図として挿入したいくらいである。要するに、ハルトのことが大好き過ぎて、他の女性との可能性を――それが万が一であってすら――恐れているということか。それはさすがに想像力が豊かすぎるように思うのだが。
そもそも、ハルトは異性に対して一定の距離を置いている感じがする。自分は子供だからか、割と忌憚なく話せているが、そうでない場合は距離を置いているか、はたまた仕事の間柄な感じで――イリスやパントエールと接するときのような――そういう雰囲気は一切発生していない。
まぁ、自分も頭でっかちなだけで、異性間の心の機微というものを、実態として知っているわけではないのだが。それでもアザレアよりは現実が見えているようにも思うし、何よりもアザレアのこの態度こそ「好き」というものならば、それはハルトとパントエールの間にはないし、そしてこれからも芽生えないように思う。
ただ、先ほどの件に納得もした。アザレアはシュライクの「若さに」という部分に反応したのではなく、「嫉妬」という言葉に反応していたのだろう。幾分か考え事をしているうちに、ようやっとアザレアは我を取り戻し、顔を真っ赤にしながら唇を尖らせて人形をにらみ始める。
「というかシュライク、アナタ、余計なことは言わないでほしいのですけれど……!」
「はは、小娘の手前、大人としての体面は守りたいか? 貴様には無理だね。思っていることが全身に現れているのだからな。
それに、貴様の不安は取り越し苦労というものだ。何せ、主には既に愛する者がいるのだから」
「それは、そうなのだけれど……でも、ご主人様はとても素敵な方なので、パントエールさん側から何かってこともあり得なくはないと思います。私の勘って、結構当たる……」
「ちょっと待って、私、そこ、詳しく聞きたい」
自分が会話に割って入ると、三つの目線がこちらへと集中した。詳しく聞きたいというのは、アザレアが言っていたことではなく、シュライクがさらりと言っていたことの方だ。
「そう、ちょうどハルトがいない間に聞きたかったの。ハルトが、何故皇帝の命を狙っているのか……もしかして、その愛する人っていうのと、関係あるの?」
これが、昨日ハルトに質問しようとして取り下げた内容だ。皇帝を倒すと言っても、あの草原で見せたハルトの殺意は生半可ではなかった。それこそ、怖いと思ったほど――だから、理由を確認しておきたかったのだ。
ただ、本人に聞いてもはぐらかされるような気がしたから――ややもすると、またあの怖い顔が覗くのではないかと思ったから――こうして彼がいない間に、知っていそうな人に聞きたかったのだ。
だが、もう半分は答えが出たようなものだろう。「愛する人」という言葉が、点だった全ての疑問を線で繋いでくれる。力を求めていることも、女性と距離を取っていることも、そして皇帝に対してあれほどの殺意を向けたことも。
自分の推測が正しければ、ハルトの愛する人というのはきっと、もう――だが、予測は予測でしかない。きちんと裏は取っておきたい。そう思って二人を交互に見ていると、シュライクの方が首を――首というか頭全体だが――縦に振った。
「よかろう、我輩から話そうか。あくまでも聞いた話なので、事実かどうかは知らんがな」
「シュライク!? そんな勝手を……」
「別に、主からは話すなと口止めされているわけでもない。それに小娘だけ知らないというのも、のけ者みたいで可哀そうではないか」
「……アナタに本当に可哀そうだなんて感情があるか、疑わしいですけれど」
確かに、シュライクの場合は何か裏がありそうだ。いや、むしろ裏なんかなく、単純に「面白そうだから」くらいの理由での暴露なのかもしれない。どっちにしても自分が可哀そうという理由ではなさそうなのは確かである。
「……シュライクの本心は何でもいい。私、ちゃんと事情を知りたい」
先日アザレアが言っていたように、自分たちはお互いのことをあまりに知らなすぎるから。正直に言えば、今も自分は悩んでいる。本当はお父様のところに帰るべきなんじゃないかと。セスティナもスルトもそうしたいだろうし、お父様も二人がいなくて困っていると思う。だから、二人を連れて帰れば、認めてもらえるかも――などというのは、今更の部分もあるかもしれない。
ただ、同時に、こんな私に居場所をくれたこの場所のことも、どうしても気になり始めている。知れば知るほど悩むかもしれないけれど――それでも、知らずに後悔するよりはきっといいと思うから。
そう思いながら、シュライクの語る言葉に耳を傾ける。詳細は全て初耳だが、概要についてはやはり想像の通りではあった。
そして、考える。自分の力、アオートの胚としての力を、果たしてどう使うべきか。まだその答えは出ないけれど、ひとまずの結論としては――ハルトたちには、救ってもらった恩もある。だから、今は彼らの背中を見ていようと、そう思った。




